Execute.55:Very Mary X'mas./凍えそうな白、舞い散るは白雪②
「ごめんなさいね、私ったら時間を読み違えてたみたいで」
玄関に出た戒斗が戸を開けると、そんな開口一番の言葉と共に現れたのは、凄まじい美貌を振りまくうら若き乙女だった。
――――西園寺香華。
数々の企業連を束ねる世界的な大財閥・西園寺財閥のご令嬢にして、戒斗の古い友人だ。彼が美代学園に学生として潜入している頃を知っている、今では数少ない一人。嘗てC.T.I.Uの護衛任務やらで彼女の警護任務に就いた際、豪華客船"龍鳳"の占拠事件に遭遇し彼女の護衛を完遂。結果として今まで付き合いが続いている、というワケだ。
「いいさ、気にするな」
そういうワケで、そんな相手だが戒斗の対応は実にフランクだ。手招きをしてやると、香華はサラッとした腰まであるストレートの金髪をサッと手で払い。蒼いドレスの裾をつまみ上げた彼女て「お邪魔するわ」と恭しく挨拶をすれば、煌びやかなヒールを脱いで家の中に上がる。
「えーと……?」
香華がリビングの方まで上がっていくと、すると彼女の姿を見たエマは何とも言えない困惑した顔で彼女の顔を見上げる。そんな彼女を見て戒斗はザッと紹介しようと口を開きかけたが、しかしエマの方に近寄っていく香華がご機嫌そうな瞳で話しかける方が早かった。
「あっ、貴女がエマちゃんね!?」
「えっ? あ、はい」
「戒斗からよーく話は聞いてるわ。私は西園寺香華、彼とはエージェントだった頃からの古い友人よ。貴女の彼には昔、何度も命を拾われたわ。……よろしくね、エマちゃん?」
香華はまるで愛くるしい子犬でも見るようなキラキラとした瞳でエマに軽い自己紹介をすると、エマにスッと片手を差し出す。握手をして欲しいという意図なのは明らかだった。
「カイトの古い友達なんだ。……僕はエマ・アジャーニ。カイトから色々聞いてると思う」
そして、一応は納得した様子のエマは途端に顔色を柔らかな笑顔に変えると、差し出された香華の手をスッと握り返した。
「よろしくね、えーと……」
「香華で構わないわ」と、香華。「貴女とは良いお友達になれそう」
ニコニコとした超ご機嫌な顔でエマと握手を交わす香華と、それに柔らかな微笑みで返すエマ。予想通り二人は上手いこと仲良くなれそうで、内心で戒斗はホッとしていた。これであまり二人の相性が良くなかったりしたらどうしようかと、実のところは内心ヒヤヒヤだった。
(……良かった、本当に)
香華を呼んだ理由は、単に彼女が戒斗に残された数少ない旧知の仲であるということもあるが、それとは別にエマと友達になってやって欲しかった、ということもあった。
何せ、エマは何もかもを棄てて此処に居る。家族を亡くした彼女は、昔の友達も、そして国ですらもを棄てて戒斗に付いて来てくれた。だからこそ戒斗としては、こっちで楽しく気兼ねなく話せる友達を作って欲しかった。一応ミリィ・レイスなんかは彼女とも何度か顔を合わせて楽しげに話してはいたが、しかしミリィはあくまでも仕事上の仲だ。香華のように、殆ど戒斗の稼業と関わりが無いような人間というワケで無い。
戒斗としては、そんな後ろ腐れない人間にエマの友達になって欲しかったのだ。自分たちのような後ろ暗い人種では、いつ何がどう転ぶか、そんなのは分かったものじゃないから……。
だから、二人が無事に友達になれそうな雰囲気で、戒斗は心底ホッとしていた。戒斗もエマも互いに強烈な共依存の関係ではあるが、それでも彼女には他の友達も持っていて欲しい。仮に自分がいなくなっても、何とかやっていけるように……。
「…………」
でも、エマのことだ。きっと自分が死んでしまえば、迷わず後を追ってくるだろう。そんなことはして欲しくないが、しかし彼女はそういう女だ。
それでも、戒斗は彼女に友達を与えてやりたかった。"与える"という言葉だと少し恩着せがましいが、とにかく彼女に友達を作って欲しかった。だから今、戒斗は本当に心の底から安堵しているのだ。
「そういえば、今日は例のフェラーリで来たのか?」
そんなことを内心で思いつつ、しかしエマに悟られぬようポーカー・フェイスの奥底へと覆い隠し。戒斗は素知らぬ顔で香華に何気ない話題を振ってみた。
「ううん、違うわ」香華は首を横に振る。「今日は高野に送って貰ったの。帰りもまた、頃合いを見計らって迎えに来るはずだわ」
香華のコトだから、てっきりあの黄色いフェラーリ・F12ベルリネッタで豪快に乗り付けてくるものだと思っていた。顔に似合わずじゃじゃ馬を乗り回す彼女の昔の姿を思い出し、戒斗は小さく頬を綻ばせる。
「……なーにか、失礼なこと考えてない?」
すると、香華はそんな戒斗のニヤニヤとした顔から何か感じ取ったのか、ジトーッとした疑いの眼を向けてくる。戒斗はそれに「何でも無い、何でも無い」とわざとらしく首を横に振ってみせた。
「……ホントかしら」
しかし香華はまだ疑っているのか、暫くの間ジトーッと疑うような視線を戒斗に注ぎ続ける。しかし唐突なタイミングで「あっ」と何かを思い出したみたいにハッとすると、
「そういえばさ、先に戒斗へ伝えとかなきゃならないこともあるの」
と、すぐさま顔色をシリアスな色に塗り替えて告げてきた。
「俺に?」怪訝な顔で戒斗が訊き返す。
「……私の方に探りが来てね。A-9200に逢いたいって人が居るのよ」
「A-9200に……」
ロクなことじゃないだろうな、と戒斗はすぐに察した。
「断っておいてくれ、A-9200はもう死んだと」
「私も最初は断ったのよ。でもね……その人が言うのよ。「お逢いできれば、浅倉悟志と戦部暁斗の消息に関して、協力できることがある」ってさ」
「……あの二人のことで?」
「うん」頷く香華。「まあでも、詳しい話は年明けてから暫く後になるわ。今日はとりあえず、そのことを伝えておきたかった」
浅倉と暁斗のことで、協力できること。
そこまで調べ上げて来ている人間だ。あれだけ隙の無い情報偽装と証拠隠滅をどう潜り抜けたのかは知らないが、只者ではないだろう。だが香華の表情を見る限り、少なくとも悪い人間には思えなかった。もし悪意があって接触するような人間であるのならば、戒斗に伝える前に香華の方が勝手に判断して始末してしまっているだろう。香華はこう見えて、意外に肝が据わっている。決断力も高い、正に西園寺財閥を継ぐに相応しい逸材なのだ。
そんな彼女がわざわざこんなタイミングで戒斗に言ってきたのだから、きっと何か意味があるのだと思う。長い付き合いの彼女への信頼から「……そうか」と頷いた戒斗は、とりあえずそのことを頭の隅に置いておくことにした。




