Execute.52:Very Mary X'mas./剣乱舞踏②
そうしてエマに付き合っての買い出しを一旦終えた後、それら買い込んだ荷物を全部積み込んで。そうして戒斗は乗って来たスバル・WRX-S4を地下駐車場から出し、凍える冬の街の中を走らせていた。
真っ赤なボディにトランクから生える巨大な同色ウィング。背中から奏でる獰猛な重低音は昔と比べて少し古ぼけたような具合だったが、しかし若かりし頃、C.T.I.Uのエージェントとして戦っていた頃から何ら色褪せていない。履き替えた積雪対策のスタッドレス・タイヤで冷え切ったアスファルトを切り裂き、エマをサイドシートに乗せ戒斗は懐かしの愛機を駆る。
「よっし、着いたぞ」
一〇分ほど走らせて、そして辿り着いた先は一件の小さな喫茶店だった。明らかに個人営業の趣で、駐車場も一応あるといった程度の小ぢんまりとしたささやかなもの。その駐車スペースですら珍しく一杯だったから、戒斗はその喫茶店の殆ど目の前といった路肩にWRX-S4を横付けして停める。
「久し振りだね、此処に来るのも」
そして、助手席の方に回りドアを開け、手を取りながら降ろしてやると。するとエマはその店の掲げた看板を見上げながら、何処か懐かしそうに言った。
「だな」と、戒斗もドアを閉めながら頷いてやる。店に掲げられた看板には、喫茶「楽園」と記されていた。
中々に洒落た店構えだ。煉瓦風の外壁は何処か隠れ家風な趣で、しかし窓は広く開放感にも溢れている。大通りから少し外れた街の隅にひっそりと佇んでいて、派手さはなく何処か落ち着いたような雰囲気だった。
その喫茶「楽園」の戸を開き、カランコロンという鈴の音と共に二人は店の中へ入っていく。柔らかな暖房の心地良い暖かさが、鈴の音と一緒になって二人を出迎えた。
「おう、いらっしゃい」
とすれば、カウンターの向こうに居た若い男の店員が声を掛けてきた。それに戒斗は「おう」と、そしてエマは「久し振りっ」とそれぞれにこやかに声を掛ける。
「へへっ、戦部の旦那にエマちゃんか。久し振りだなあ。元気してた?」
そうすると、その男はにひひ、と何処か人懐っこい笑みを浮かべて出迎えてくれる。その笑顔のせいで更に何処か子供っぽく見えるが、しかしこの男こそこの喫茶「楽園」の店主だった。
――――白井彰。
前にエマに連れられて、初めて此処に来た時に彼はそう名乗っていた。こんな若くして店を持ち、誰にでも愛想よく人懐っこい笑顔を振り撒いて。しかしその笑顔の裏に小さな影色も垣間見せる、戒斗の眼から見ても何処か不思議な男だった。
「あら、カイトにエマじゃない」
とすれば、カウンターの奥から顔を出してくるのはもう一人。今度は一八〇センチ越えの長身な女で、しかも見た目は明らかに白人の女だった。
「珍しいわね、二人揃って来てくれるなんて」
と、真っ赤に燃える紅蓮の焔のようなツーサイドアップの尾を揺らし彼女は小さく笑う。入り口の前に立つ戒斗たち二人を見る金色の瞳は、何処か穏やかな色をしていた。
彼女はステラ・レーヴェンス。此処のもう一人の店主で、白井の相棒のような立ち位置だ。籍を入れているのかどうかはあまり聞いたことは無いが、恐らくはそうだろう。この喫茶「楽園」は彼女と白井の手で回っている店なのだ。
「ちょっと、クリスマスの買い出しついでに近く寄ったからね」と、エマ。「お邪魔しても大丈夫かな?」
「あったぼうよ! 戦部とエマちゃんなら俺っちもステラちゃんもだーいかんげい! だろ?」
「はいはい、分かったからアキラはそのやかましい口、閉じなさい」
やはり人懐っこい笑顔を浮かべて手招きしてくれる白井と、そんな彼の方をチラリと見て呆れたみたいに肩を竦めつつ、しかし何処か楽しそうなステラ。二人のやり取りはいつもこんなもので、戒斗もエマも此処に来てこんな二人を眺める度、何故かホッとしてしまう。
「ささ、いつまでも突っ立ってないで。こっち来なさいよ、二人とも」
というわけで、ステラの手招きに従って二人は横並びでカウンター席へ。そこで白井が「で、何にするよ?」とカウンターから身を乗り出して訊いてきたから、戒斗は珈琲とサンドウィッチのセットを。エマはダージリン・ティーをストレートで頼み、そして食事の方は戒斗と同じサンドウィッチのセットを注文した。
「はいはい、ちょいと待ってて頂戴よっ」
注文を取った白井は最後ににひひ、と小さく笑うとエプロンを靡かせて奥の厨房へと向かう。その間にステラはカウンターの前に立ち、戒斗の珈琲を手早く注ぎ始める。
「二人とも、元気そうで良かったねっ」
そんな二人の姿を少し遠目に眺めながら、こっちに半身だけを寄せてきたエマが耳打ちするように笑顔で戒斗に話しかけてくる。戒斗もそれに「だな」と微かな笑みを向け返してやり、そしてもう一度ステラたちをカウンター越しにチラリと見た。
――――この店は、エマが最初に見つけてきたものだ。確か日本に戻ってきて、嘗てリサが使っていたあのセーフ・ハウスに住み始めて間もなくといった頃だろうか。戒斗が浅倉たちの行方を追う為の調査に出ている間、夕食の買い出しに出ていたエマがふらりと何かに導かれるように寄った場所。それがこの、白井とステラが経営する喫茶「楽園」だったのだ。
それからエマは此処がよほど気に入ったのか、暇を見つけては何度も通い。そしてとある機会で「美味しい珈琲を出してくれる喫茶店があるから」と戒斗も一緒に連れて来た。それからは戒斗も「楽園」の味に嵌まり、今では彼もまた此処の常連客というワケだ。
「ふぅ……」
戒斗にとっても、この喫茶「楽園」は異様なまでに居心地の良い場所だった。それこそ、自分が自分であることを忘れてしまうぐらいに。店主の白井とステラとも一瞬で打ち解けてしまったぐらいだ。まるで、知り合うずっと前から腐れ縁のような仲の戦友だったみたいに。
「はい、まずはカイトの珈琲ね」
そんな思い出に耽っていると、ステラが戒斗の前へカウンター越しに湯気の立つコーヒーカップを差し出してくれる。戒斗は「ありがとう」と一言礼を言い、それに口を付ける。
「……美味いな、相変わらず」
一口飲んで率直な感想を告げてやれば、ステラは「なら良し」と満足げに笑った。
「ほい、んでこっちがエマちゃんの紅茶ね。熱いから気を付けてな?」
すると、それから間もなく白井がカウンターから出てきて、エマの傍へダージリン・ティーのセットを置いてくれる。カップとガラスのティーポットが別になっていて、しかもティーポットの方は固形燃料の火で温められ続けているといった小洒落たものだ。
「ん、ありがとねアキラ」
エマもカップにまずは軽く注いで、それに口を付ける。小さく喉を鳴らした彼女が「……うん、美味しいよ」と言うと、カウンターの向こうに戻った白井は「にしし」と満足げな笑顔を浮かべる。
「……それにしても、なあ」
とすれば、白井は何故かカウンターの方からまた身を乗り出し、珈琲を啜る戒斗の顔をじろじろと眺めてくる。流石に怪訝に思った戒斗が「俺の顔に何か付いてるか?」と訊けば、
「いやあ、毎度毎度言って悪いんだけどさ。戦部とは何つーか、どうにも他人とは思えねえっつーか……」
「またそれか……」白井の口振りに肩を竦める戒斗。「ホントに毎回言ってないか? それ」
「だってさ、ホントに思うんだよ。最初にエマちゃん見た時もそうだけど、特に戦部が来てくれるようになってからはずーっと思ってるんだわ。何というか、ホントに大昔からの知り合いみたいな?」
「気持ち悪いことを言うな、男と運命のシンパシーを感じる趣味は無いんだ」
「俺だってねぇよ!?」
「はいはい、そこまで」
ヒートアップしそうになった所を、ステラが後ろから白井の襟首を掴んで引きずり下ろす。引きずり下ろすというより、長身の彼女がやると何となく持ち上げているような感じだ。白井も白井で「はい」と途端にしおらしくなる。尻に敷くタイプと敷かれるタイプというわけだ、この二人は。
「まあでも、変な縁みたいなの感じるのは分かるわ」
そんなしゅんとした白井を厨房の方へ雑に放り投げた後、ステラも割と真面目な顔でそんなことを言い出すもので。戒斗は「……ステラ、お前もか」と呆れ、エマは「あはは……」と苦笑いを浮かべる。
「何ていうか、アタシもカイトやエマに対して、初めっから何か他人じゃないみたいな感じするのよね。何ていうの? ホントにアキラじゃないけれど、昔馴染みの戦友みたいな。そんな感じがするのよ、アンタたち二人を見てるとさ」
「うーむ、そんなものか……」
困ったように戒斗が唸っていると、横でエマが「まあ、僕も分かるかな」と苦笑いしながらステラに同意する。
「カイトは、そんな風に感じない?」
「……まあ、感じないってことは無いが」
確かに、そんなシンパシーみたいなものを感じないかと訊かれて、それを否定すれば嘘になってしまうのも事実だ。どちらかといえば、強烈なデジャヴに近いぐらいに。それぐらいに、白井やステラに対して戒斗は最初から強烈な何かを感じていた。
前世の縁だとか、そういうオカルティックな概念で訴えかけるつもりは戒斗には毛頭無い。戒斗はどちらかといえばプラグマティストに近いような感じだ。全く信じないかと言われれば嘘になるが、しかし傾向としては自分の眼で見た物だけを信じていくようなタチだ。
しかし、そんな戒斗をしても、この二人からは強烈な何かを感じてしまう。その正体が何なのか、エマにも戒斗にも……そして白井とステラの二人にも分からないのだが、でも強烈な物をお互いに感じているのは事実だった。
「まーまー、とにかくまずは腹ごしらえってことで。話はそれからで良いだろ?」
そうして三人揃って悩むように唸っていると、厨房の奥から飛んでくるのは白井のお気楽な声。それはコツコツとした足音と共に近づいてきて、そうすればカウンター越しに二人の前へ幾らかのサンドウィッチがズラリと並べられた皿がコトン、と彼の手で置かれた。




