Execute.05:Just a often work./いつものお仕事
「……確認しますけれど、使用許諾はDクラス装備までです。良いですね?」
路肩に停車した黒いシボレーの前に立つ禅の確認に、「へーい」と鉄男と貴士の二人がやる気の感じられない間延びした声で返す。
とはいえ、やる気が無いのは口先だけだ。鉄男は愛用のシグ・ザウエルP226-E2自動拳銃に、貴士は会社から借りてきたナガンM1895リヴォルヴァー拳銃のネジが切られた銃口に、それぞれサイレンサーを取り付け始めていた。中でも鉄男の物は八角形をしたサイレンサーCo.社製の大柄な拳銃用サイレンサーだ。そして貴士のナガンM1895はロシア製の古い品だが、リヴォルヴァーの癖にサイレンサーが取り付けられる。それ故、貴士のようなリヴォルヴァー使いの変人向けに日々谷警備保障でも一定数を所有しているのだ。
「全く、貴方たちは本当に緊張感が無いというか、なんというか……」
そんな二人の様子を呆れ顔で眺めながら、眼鏡をクイッと指先で押し上げ。そうすると禅もまた自分の拳銃にサイレンサーを取り付け始めた。小さな小さな.22口径のコルト・ハンツマンだ。
「相手は現在、廃屋と化した雑居ビルの中を根城としていることまでは分かっています。周囲にあまり|
人気はありませんが、一応用心を」
「中に居る奴は、全員始末しちゃって良いんだろ?」と、禅に鉄男が確認する。
「ええ、そのはずです。イレギュラーが無いとは言い切れませんが、基本的にはそれっぽい人間ならば始末してしまっても構わないでしょう」
「ういうい、了解」
とすると、鉄男は突然くるりと踵を返し。途端に目標である無人の廃墟になった雑居ビルの方へと走り出していってしまう。
「あっ、おい!」
遠ざかっていく背中を貴士が止めようとするが、しかし鉄男はそれを意図的に振り払い真っ先に突っ込んでいく。
「全く、あの男はいつもいつも先走って……! 貴士さん、追いますよ!」
「お、おう!」
先に走って行ってしまった鉄男を追いかけ、禅と貴士もまた走り出す。
しかし、その頃には既に鉄男は雑居ビルの一階に滑り込んでいて。シャッターが開けっぱなしになった車庫部分へと踏み込んでいた。
「っ……!」
だが、一階の車庫には多数の暴走族風の改造が施されたバイクなどがズラッと並んでいるだけで、特にこれといって人の気配は感じられない。鉄男は車庫がクリアであることを確認するとすぐに脇の外階段を駆け上り、そして二階部分へと踏み込んだ。
立て付けの悪いドアをタクティカル・ブーツに包まれた鋭い蹴り一発で吹き飛ばし、思い切りその奥へと飛び込んでいく。ぐるりと床の上を前転し膝立ちに起き上がりながらP226を構えれば、しかし中にいた連中は皆が皆唖然としていて、飛び込んで来た鉄男の顔を見ても何が起こったか分かっていないような風だった。
「悪いが、仕事なんだ」
しかし、鉄男は容赦も手心も加えない。サッと冷静に素早く狙いを定めれば、静かにひとりごちてP226の引鉄を絞った。
サイレンサーに抑えつけられくぐもった銃声が、無秩序に散らかった雑居ビルの室内に木霊する。押し殺された低い銃声が響いた瞬間、そのサイレンサーに睨まれていたチンピラ風の派手な髪型の青年の眉間に9mmパラベラム弾が命中。ジャケッテッド・ホロー・ポイント弾が炸裂し、青年の頭が柘榴みたいに上半分が内側から弾け飛んだ。
グチャリ、と生々しい音が響き、その後でバタリと人間の身体が床に倒れる音が響く。しかしそれよりも早く鉄男は次の目標へと狙いを定め、そして引鉄を絞っていた。
それからは、文字通りの一方的な虐殺だった。一人につき頭に一発、胸二発を叩き込んで確実にその息の根を止めていく。正確に、次々と三途の川の片道チケットたる9mmパラベラム弾を叩き込んでは次の目標へと意識を切り替えていくその様は、正にプロフェッショナル。アクション映画のように次々と、しかしデルタフォースのように静かに的確に標的を屠っていく鉄男の姿は、普段の――少なくとも日々谷警備保障で黒沢鉄男を名乗っている時の彼からは、とても想像できないものだった。
「し、死ねぇ!」
と、標的の殆どを屠った時だった。最後の一人が漸く反撃の一手を見せようとテーブルの上に置いてあったリヴォルヴァー拳銃を手繰り寄せ、それを鉄男の方へと雑な構えで向けてくる。こんなチンピラの癖に持っているリヴォルヴァーはS&Wのモデル36"チーフス・スペシャル"と、中々に上等な代物だった。
しかし面倒なコトに、奴の前の標的を屠ったところでP226の弾は切れている。下がりっぱなしでホールド・オープンしたP226のスライドをチラリと見た鉄男は「チィッ!」と大きく舌打ちをし、左手を背中の方へと走らせた。
「うわああああ!!」
チンピラの青年が破れかぶれにチーフス・スペシャルを撃つのと、鉄男が後ろ腰から引き抜いたバックアップのリヴォルヴァー拳銃、スタームルガー・SP101を抜き撃ちするのとはほぼ同時だった。.38スペシャルと.357マグナム、格好こそ同じながら威力は桁違いな二種類のカートリッジの撃発音が重なり合い、派手な銃声の二重奏を奏でる。
だが、倒れたのはチンピラだけだった。奴の方は眉間に.357マグナムのフラットノーズ、ジャケッテッド・ホロー・ポイント弾を正確にお見舞いされ、そしてチンピラの放った.38スペシャル弾は、鉄男の右頬を小さく掠めただけだった。
頬の薄皮一枚をスルリと切られたほんの小さな切り傷から滲む微かな血を手の甲で拭いつつ、鉄男は周囲を警戒。敵が居ないことを確かめるとSP101を仕舞いながら立ち上がり、手首のスナップを利かせP226の空弾倉をポイッと投げ捨てる。左手で手繰り寄せた新しい弾倉を銃把に叩き込み、スライド・ストップを押し下げスライドを前進させて再装填。
「くぉらぁ!! 鉄男さんんん!!!」
とした時だった。外の方からドタドタとはげしい足音が聞こえたかと思えば、激昂した禅の凄まじい怒鳴り声が鼓膜を殴り付けてきたのは。
「あれほど! 銃声は! 厳禁と! 言ったじゃあないですかッ!!」
「あー、悪い悪い。不可抗力って奴」
「馬鹿ですか、貴方は馬鹿なんですかァッ!?」
「まーまー、日本なら三発までなら案外皆気付かないしぃ? それに俺が撃たなくてもさ、アイツがチーフ撃っちゃってたって」
ぐるるる、なんて唸り声でも上げそうな勢いでガミガミと説教をする禅と、その前でヘラヘラと言い訳を並べる鉄男。
「ンなこたあどうでもいいから! こっち、こっち来て! めっちゃ敵いる! めっちゃ居るって!」
なんてことをしていると、蹴破られた扉の向こう、外階段の方から貴士の焦った声が激しい銃声とともに聞こえてくる。
「なんだアイツら、チンピラの癖に随分と重武装じゃないのさ」と、鉄男。
「そんなこと言っている場合ですか。……話も詮索も後です。とにかく今は、通報される前にさっさと仕事をこなしてしまいましょう」
「へいへい、りょうかーい」
苛立ったようなシリアスな顔を浮かべる禅と、そしてヘラヘラと笑う鉄男が二階の部屋を飛び出し、外階段の貴士の方へと合流していく。