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Execute.49:a better tomorrow./喋血雙雄

「――――ッハッ!?」

 焦燥に満ちた目覚めと共に半ば無意識でベッドから上体を起こすと、しかしそこは先程まで居た美代学園の教室でなく、フォーシーズンズホテル・香港の客室だった。

「俺は、一体……?」

 身体中に滲む脂汗と、高鳴る胸の動悸。肩でするほどに荒くなった息を整えながら戒斗は周囲を見渡し、混乱した頭で何がどうなっているのかを必死に理解しようとする。

「……カイト、どうしたの?」

 そうすれば、隣で横になっていたエマも起き上がって、戒斗の左手に両手を重ねながら心配そうに彼を案じた。二人とも羽織るシーツ以外は何一つとして纏わず、肌だけが覗いていた。

「……夢を、視た」

「夢?」戒斗の身体を半ば強引にもう一度寝かせつつ、エマが首を傾げる。それに戒斗は「ああ」と頷いて、

「懐かしい、昔の……。でも、哀しい夢だった」

「……よければ、聴かせてくれないかな。悪夢を見たときは、誰かに話すと楽になるって聞いたことがある」

 そのまま戒斗は彼女の胸に抱き寄せられるようにして、結局は今まで視ていた夢の内容を覚えている限り話した。可能な限り、彼女に伝わるよう。

「そっか、そんな夢を視てたんだね」

 そして全てを語り終えると、彼女はぎゅっと戒斗の頭を抱き締めながら囁いた。まるで小さな赤子をあやすように、優しく、そしてゆっくりと。彼の髪をそっと指先に絡ませながら、落ち着かない彼を諭すように。

「僕は何処にも行かないよ。誰にも何にもされない。夢の中だとそうだったのかも知れないけれど、でも今の僕は。君の前に確かな現実として居るこの僕は、君の傍から離れないから」

 あやされながら、戒斗はいつの間にか彼女の胸の中で涙を流していた。安堵からか、それとも別の感情からか。少なくとも彼女はここにいる。抱かれた胸から伝わる彼女の鼓動を、そして彼女の温もりを感じながら、戒斗はいつの間にか涙を流していた。

「きっと、昨日のコトで疲れたんだよ。だから、そんな夢を視ちゃったんだ」

「……そうかな」

「そうだよ。うん、きっとそうだ」

 そんな彼を優しく撫でながら、エマが彼の耳元で囁きかける。

「大丈夫、僕はずっと君の傍にいる。カイトは優しいから、きっとそんな昔の夢を視ちゃったんだ」

「俺は、そんなに優しくなんか」

「ううん、君は優しいよ。優しすぎるほどに、君は優しいんだ……」

 エマに抱かれるがまま、されるがまま。そして彼が落ち着くまでの間、暫くの間を二人はそうして過ごしていた。カーテンの隙間から差し込む穏やかな夕陽を浴びながら、緩やかな時間の流れの中で。





 アインと別れた後、二人はその足で宿泊先のフォーシーズンズホテル・香港へと戻り。しかしそのまま疲れに任せて眠ることはせず、勢いのまま身体を重ね合っていた。

 あまりの疲れから、ということもあるのだろう。熾烈な鉄火場から生きて帰り、戒斗は吹き上がったアドレナリンによる興奮状態が未だ冷めやらぬまま。そして互いにとっては生きてまた逢えた安堵と喜びからのことだったのかもしれない。二人は互いの強烈な獣欲に身を委ねたまま、そのまま夜通し身体を重ね合った。

 基本的に二人とも、性欲は常人の十数倍といったレベルだ。いや、エマに関して言えば「そうなってしまった」のかもしれない。愛しさのままに彼と何度も重なり合う中、自然とそうなったというのが正しいだろう。

 ともかくそんなこともあり、そうして戒斗とエマが目覚めたのは夕刻になってからのことだった。シャワーを浴びて寝汗を流し、夕陽の街を眺めながらルームサービスで軽い朝食代わりの食事を摂って。そして本来ならば今日一日は部屋で過ごそうかとも思っていたが、エマの「折角だし、気分転換に少し散歩しようよっ」という提案に流される形で、戒斗は結局エマを連れて少しだけホテルの外を出歩くことになってしまった。

「ふんふんふーん……♪」

 そして、場所はセントラル地区のとある歩道橋の上。手すりに肘を突きながら街並みを眺めるエマの横顔をサングラスの隙間から眺めつつ、戒斗は独り小さな笑顔を浮かべていた。

 そんな彼の格好は、昨日とは違うスーツだ。黒を基調とした奴で、その上から更に黒いロングコートを羽織っている。双眸の前にはサングラスを掛け、そして口にはキザっぽくマッチ棒なんか咥えている具合だ。

 エマもエマで私服の出で立ちで、黒いブラウスにワインレッドのジャケット、そして下はスカートと黒いオーヴァー・ニーソックスにブーツ、そして上にはファーが縫い込まれたフード付きのジャケットを羽織っているといった具合だ。勿論、胸元には相変わらず小さな金のロザリオが揺れている。

 そんな格好のエマが、摩天楼そびえ立つセントラル地区の合間から眼下に通る広い大通りを眺めている。二階建ての路面電車(香港トラム)がゆったりとした速度で走る左右を忙しなく行き交う、幾つもの車たち。茜色の夕陽に染まるセントラル地区の街並みを眺めているエマの横顔は、至極楽しそうだった。

「…………」

 そんなエマの隣で、吹き込むビル風に髪とロングコートの裾を靡かせながら、マッチ棒を咥えつつ戒斗は傍らに携えていた新聞を広げた。近くの店で買い求めた、今日の新聞だ。

 バッと戒斗が開いた新聞、その一面には大きな見出しとともにこう記されていた。



『――――昨晩、香港島と九龍の二箇所で大規模な抗争が発生。死者も多数発生しており、警察は反社会的組織の犯行と見ている模様。

 尚、現場となった九龍の地下駐車場では新興の反社会的組織「紅頭(ホン・タウ)」の首領、リー・シャオロンと見られる遺体も発見されている。シャオロンの遺体は酷く損壊しており、警察は関与が疑われる組織への一斉摘発を――――』



 とまあ、こんな所だ。昨日の一件が大々的に報じられている。香港のマスコミは大騒ぎだ。これから先、どんどん紅頭(ホン・タウ)の残党は摘発されていくだろう。奴らの壊滅はもうすぐ目の前だ。

「……言った通りだろ、アイン?」

 そうすれば、脳裏に過ぎるのは昨日出逢ったあの青年――――アインのことだ。小さく表情を綻ばせた戒斗は彼の無事を祈りながら、ポトリと手の中の新聞を足元へと落とす。

「カイト、そろそろ別の所行こうよっ」

 とすると、直後にエマは戒斗の手を取って歩き出す。何度か足をもつれさせながら戒斗は「おっ、おい!」と戸惑うが、しかしその顔に浮かぶのはやはり笑顔だった。

「次は何処に行こうかなぁ……。まだもう少しは香港に居られるんだよね?」

「まあな。本来ならもう少し時間掛けてやってくつもりだったし、後三日ぐらいは余裕あるかな」

「なら、色んなとこに行けるねっ。連れてって欲しいな、カイトにっ!」

「何処へ行きたい? エマが行きたいところ、何処へだって連れて行くよ」

 歩道橋の上を走りながら振り返り、笑顔の横顔を向けてくれるエマ。そしてそんな彼女に手を引かれながら、サングラス越しの優しい笑顔を向け返す戒斗。忙しないセントラル地区のド真ん中にあっても、そびえ立つ摩天楼たちの足元にあっても。しかしエマと戒斗は変わらない。そこが何処だって、どんな時だって。二人は変わらないのだ、何があっても。

 こうして、香港での一日がまた幕を閉じていく。事件の幕引きの共に、しかし暗幕はもう少しだけ開いたままで。香港での一日は、夕陽と共に終わっていくのだ。

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