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Execute.46:Again/明日への誓い①

 アインが目を覚ましたのは、彼を乗せたポルシェ・911カレラが九龍方面から海底トンネルを潜り、香港島の方へと辿り着いて暫くした頃だった。

「此処は……」

「あっ、カイト」

「……眼が覚めたか」

「ッ!」

 と、一瞬振り返った戒斗の横顔に気付けば、アインは引き攣った顔で警戒しながら後ずさろうとする。しかし此処が車の後部座席であること、そして自分が気を失っている間に丸腰にされたことを知ると、途端にどうしていいか分からなくなる。

白帝(バイ・ダイ)は、リー・シャオロンは死んだよ」

「!?」

 戒斗が彼の方を見ないまま、前を向いたままで当然のように告げると。するとアインが眼を見開いて驚くのがバックミラー越しにも分かった。

「俺が殺した」

「……そうか」

 更に戒斗が告げると、するとアインは意外にもあっさりと納得して頷き、そして大きく息をついて座席の座面に頭を埋める。

「驚かないんだな」と戒斗が言う。するとアインは「当然だ」と寝転がったままで頷いて、そして続けてこうも言ってみせた。

「この俺を倒したお前だ、マスター如きが敵う相手とは思えない……」

「買い被るなよ、お前とはギリギリの戦いだった」

「買い被りじゃない、事実を言ったまでだ。……しかし、何故俺を生かした?」

「お前は奴の被害者だ、気絶したなら殺すまでの必要は無い。それに、俺はお前に訊きたいことがある」

「訊きたいこと?」

 戸惑ったような顔をするアインに戒斗は「そうだ」と頷けば、911カレラのステアリングを握ったままで続けざまに口を開く。

「お前、この男を知ってるか」

 そして、スーツジャケットの内ポケットから取り出した写真を彼の方に差し出した。アインはそれを受け取り、まだ焦点の合いにくい虚ろな眼でそれを見る。映っていたのは二人の男だった。片方はパーマ掛かったような茶髪に近い色の金髪の、三十~四十代ぐらいの男。そしてもう片方は比較的若い、濃緑色が混ざったような黒に近い長い髪の、そして紅い瞳をした男だった。

「浅倉悟志、そして戦部暁斗。……知っていれば、話してくれ」

「……この二人なら、見たことがある」

「本当か!?」

 アインの言葉に、戒斗はおろか隣のエマですら息を呑む。此処に来てあの二人の手掛かりが手に入りそうなのだ。互いに共通して復讐すべき相手の手掛かりともなれば、戒斗もエマもその鼓動を高鳴らさざるを得ない。

「前に、何度かマスターが逢っている。二人とも、確かに見覚えがある。若い方は名前まで分からないが、金髪の方は確かにミスタ・アサクラと呼ばれていた」

「……! いつ頃のことか、分かるか?」

「細かくは覚えていない」と、アイン。「頻繁に逢っていた。香港に来てからだって何度も」

「香港に、あの二人が……」

 エマがそうひとりごち、息を呑む。気持ちは戒斗とて同じだった。冴子は奴らの手掛かりが得られるかも程度なことしかい言っていなかったが、どうやら二人はとんだビンゴを引き当てたようだ。

「……そうだ。確か紅頭(ホン・タウ)を立ち上げる前後から、マスターはしきりに彼らと逢っていた」

紅頭(ホン・タウ)の立ち上げに、あの二人が関わっているとでも言うのか?」

「そこまでは分からない。俺はそういう所までは関わらせて貰えなかった。俺はあくまで、マスターの戦闘人形だったから」

「戦闘人形……」

 アインの放ったその言葉を聞いて、エマが少しだけ表情を曇らせる。

「君は、君はそれで――――」

「でも、俺にはヒーローが居たんだ」

 何かアインに言葉を掛けようとエマが口を開いたが、しかしその言葉も半ばにアインが虚ろな瞳でそう呟いた。

「いつか、俺を助けてくれた二人のヒーロー。俺は彼らが居たから生きていられた。運良く生きていたらいつか何処かで逢おうって、二人が言ってくれたから。だから俺は、今まで生き続けられたんだ……。例えそれが、マスターの道楽用の人形だとしても」

「……………」

 ――――アールグレイ・ハウンド。或いはグレイ・バレットと、そしてシノ・フェイロン。

 戒斗は、アインの言う二人のヒーローとやらが誰かを知っていた。彼らと逢ったこともある、何度だって互いに背中を預けて戦った。アインの拳銃を使った戦い方、そして刀を振るった時の太刀筋。そして何よりも彼が抜刀術を仕掛ける際、無意識の内に禊葉一刀流と口走っていたことで、彼ら二人とアインとの関係は戒斗の中で確信へと変わっていった。

 だが、敢えてそれをアインに告げようとは思わなかった。例え自分が彼らを知っていたとしても、それを彼に告げる必要は無い。あの二人が今何処で何をしているのか全く知らないといったこともあるが、しかし何よりも、それはアインにとって却ってマイナスだと戒斗は判断したからだった。

(思い出は、思い出のままにしておいた方が良い)

 とどのつまり、戒斗はそういう気持ちだった。

「…………カイト」

 そんな彼の横顔を見て、何となくを察したエマは案ずるような視線を戒斗に向ける。そして、出来れば理由を聞かせて欲しいとも思った。話してくれなくたって構わない。でも出来ることなら、彼の背負うものを少しでも一緒に背負っていきたいとも思っていた。

 でも、それを口に出したりはしない。彼が話す気になれば、自然と彼の方から話してくれるだろうと思っていたからだ。その時が来るまでは、ただ自分は彼の隣に居るだけで構わないと。

「……俺、あの人たちみたいになれたのかな」

 そうして車内に沈黙が訪れれば、アインがうわ言のように呟く。瞳の端から、一条の雫を滴らせながら。

「…………」

 戒斗も、そしてエマも。そんな彼の言葉に答える術は持たない。ただカーステレオから現地ラジオだけが流れる沈黙の中、それでもポルシェ・911カレラは走り続けた。


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