Execute.42:Perfume of the Death./その身に纏うは死の芳香③
「ッ……!」
迫り来る、神速の居合い斬り。そのあまりの気迫に気圧されてしまい、戒斗は一瞬だけ反応が遅れてしまった。
戒斗は咄嗟に地を蹴り右後方へと大きくバックステップをして、迫り来る白刃に対して回避を図った。幸いにしてギリギリ紙一重かってぐらいの所を切っ先が掠めただけに留まったが、しかしロングコートの縁をアインの振るった日本刀の研ぎ澄まされた刃が斬り裂いた。
「弐之型――――」
大きく飛び退いた戒斗が着地しても、しかしアインの勢いは止まらない。右上方に腕一本で大きく振り上げた刃をすぐさまクルリと返し、そして更にもう一歩を踏み込めば戒斗に向け次なる一撃を放つ。
「――――天津風」
横薙ぎに振るわれる神速の二の太刀が、戒斗を襲う。着地の隙を狙われてしまったせいで、避ける間も無い。戒斗がその状態に陥ったこと自体が、アインにとって全て計算ずくでのことだった。
最初の一撃を避けられてしまうことは、今までの手合わせからして容易に予測できることだ。相対する相手――戒斗は並大抵の男じゃない。相当な量の修羅場を潜り抜けてきた正真正銘の腕利きだと分かれば、アインとしても最初からそのつもりで挑むのは当然というものだ。
初撃を避けさせ、そして隙を突き二撃目で屠る。それこそがアインの目論んだ必殺のプランだったのだ。
「チィッ!」
だが、予想外だったのはその状況下に立たされた戒斗の行動だった。大きく舌を打つ戒斗は何を思ったか左手に右手を添えさせ、そして迫り来る刃に対しガーバー・マークⅡのブレードの腹を見せる。
――――激突。
玉鋼とステンレス鋼、二つの研ぎ澄まされた金属同士が激しく激突する金切り音にも似た悲鳴が地下駐車場に木霊する。だがアインの振るった二の太刀は、戒斗を屠れてはいなかった。戒斗がブレードを立てたガーバー・マークⅡは、その強い衝撃でブレード自身に酷いヒビを差しつつも、しかし上手い具合にアインの振るった日本刀を受け流し。そしてその刃が戒斗の身体へと達する前に、斬撃のベクトルを斜め上方へと逸らしてしまったのだ。
これには、アインも己の眼を疑った。神速で振るわれる己の刀に対しナイフ一本で挑み、しかもそれをいなして見せた男なんて、今まで一人たりとて居なかったのだ。ある意味で大きすぎるカルチャー・ショックにも似た衝撃だった。
「らぁっ!!」
だが、アインが呆けている間にも戒斗の攻勢は止まない。無防備なアインへ向け、軽く振り上げられたガーバー・マークⅡの縦方向の斬撃が飛んでくる。
「ッ!!」
アインはそれを、ギリギリの所で刀を引き戻すことで防いだ。しかし完全には防ぎきれず、鍔の峰側で受けることになってしまう。
モロに喰らった強烈な衝撃に、アインの手が痺れる。ただでさえヒビが入っているところを硬い金属に正面衝突したせいで、戒斗のガーバー・マークⅡのブレードが今度こそ半ばからへし折れる。
そこに、戒斗の右拳が襲い掛かった。破れかぶれで斬撃を防いだアインに、そこまで気をやる余裕はなく。顎先に強烈な握り拳の一撃を貰えば、アインは仰向けになって激しく吹っ飛んでいく。
アインの手から吹っ飛んだ日本刀がカラン、と音を立てて床に落ちれば、アイン自身の身体もまたバタリと背中を床に叩き付けていた。
「禊葉一刀流、どっかで聞いたことある名だとは思ったが……」
そんなアインににじり寄りながら、折れたマークⅡを投げ捨てた戒斗が口を開く。
「残念だったな、アイン。その技はもう対策済みだ」
嘗て、アインと同じ技を使う男と出逢っていたことを思い出した。アインが持っていたモデル586を携えた、イケ好かない三枚目じみたキザな野郎を相棒にしていた男が、彼と全く同じ剣技を使っていたことを思い出した。
だからこそ、戒斗はアインの技を破ることが出来たのだ。過去に同じ技の使い手と出逢っているから。その時の使い手に比べれば、アインのそれは猿真似も良いところだった。
「アイツが相手だったら、俺も無事で済んじゃいないはずだ」
過去に出逢った、禊葉一刀流の使い手――――シノ・フェイロンとかいう女みたいな顔をした大男のことを思い出しながら、戒斗は思わずほくそ笑む。
「ッ…………」
しかし、アインの闘志は燃え尽きてはいない。切った唇の端から滴る血を手の甲で拭いながら立ち上がり、握り拳を作りファイティング・ポーズを取ってみせる。
「何処までもやる気か……」
それに戒斗は自然体で、スッと構えを取って応じる。
「良いぜ、ファイナル・ラウンドだ。さっさと決着を付けてやる」




