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Execute.40:Perfume of the Death./その身に纏うは死の芳香①

 ――――アイン。

 独語で「1」を意味する単語だ。後に続くのはツヴァイ、ドライ、フィーア、フュンフ、ゼクス、ジーベン……。全てが数字を意味する無機質な単語。およそ人に名付ける名とは思えない、あまりに無機質で味気のない単語だ。

 そんな名を、アインという名を名付けられた謎の青年が、今まさに戒斗の目の前に立っている。明らかな敵対者として、そこに立っている。

 焦っていないかと言われれば、それを否定すれば戒斗にとって嘘をついてしまうことになる。それ程までに、彼の――アインの漂わせる雰囲気は並大抵のものではなかった。先程まで戦っていた戦闘員たちとは桁違い。間違いなく本物を垣間見た者にしか醸し出せない雰囲気を、彼は身体の輪郭から滲ませていた。

 例えるなら、それは死の芳香。こんな例え方をしてしまえば、嘗て共に戦ったあの男のことを思い出してしまう。思えば、アインの纏う雰囲気もどことなくあの男によく似ているような気がする。

「…………」

「…………」

 そんなことを戒斗が思う最中も、二人は睨み合っていた。互いに頃合いを見計らい、互いに自らが先に仕掛けることを躊躇い。そうして二人は少しの間だけ、戒斗はNZ-75の銃口を突き付け。アインは右手に持った日本刀の切っ先を突き付けて睨み合っていた。

「ッ!」

 しかし、その静寂も長くは続かない。最初の一手を打ったのは、他でもない戒斗の側からだった。

 唐突に引鉄を絞り、NZ-75を発砲する。撃ち放たれた9mmパラベラムのジャケッテッド・ホロー・ポイント弾は確実にアインの眉間を捉え、彼の頭を吹き飛ばすはずだった。

「ふっ――――」

 しかし、アインは半身を逸らすだけでそれを避けてみせ。そして更に深く一歩を踏み込むと、右手に持つ日本刀で鋭い刺突を戒斗に向けて放ってきた。

「っ……!?」

 戒斗はそれを咄嗟に避けるが、しかしその時になって初めて気付いた。今の刺突が戒斗の動きを誘う為の、単なる囮であることに。

(しまった……!)

 アインの左手の中で撃鉄を起こされたモデル586リヴォルヴァー拳銃の銃口が、クッと小さく向きを変えて戒斗を睨み付ける。ほんの一瞬だけ、銃口越しにシリンダー内の.357マグナム弾と眼が合った気がした。

「うおおおおっ!!」

 戒斗は無理矢理に身体を捩らせ、バク転でもするみたく強引に身体をモデル586の射線から逸らす。それから殆ど間を置かずのことだった。アインの左手に握られていたモデル586が火を噴いたのは。

 放たれたフラットノーズ弾頭の.357マグナム弾は本当にギリギリの所で戒斗の身体からは逸れたが、しかし彼の羽織るロングコートの縁を小さく掠めていった。超音速の弾丸に削られた灰色の繊維が、天井のスプリンクラーから降り注ぐ雨の中で宙を舞う。

 戒斗はそのままバク転をカマし、左手を地面に付くと肘からバネのように作用させ、片腕だけで更に飛び上がる驚異的な動きをしてみせた。更にもう一度、今度は高くバク宙をするようにアインから大きく距離を取る。

「…………」

 しかし、アインの眼はそんな戒斗の動きを冷酷に追っていた。伸ばした左腕でモデル586を連射すると、幾つもの.357マグナム弾が宙を舞う戒斗を襲う。

「ふっ……!」

 迫り来る五発の.357マグナム弾を、戒斗は空中で身を捩らせて全て紙一重の所で回避する。そうして無事に着地すれば、今度はアインへ向けて反撃の一手を打った。

 軽い反動(キック)を右腕一本に感じながら走る戒斗。NZ-75から放たれる9mmパラベラム弾の雨はアインを襲うが、しかしアインもまた走り出していて。モデル586を一旦右腰のホルスターに仕舞うと、刀一本で走りながら戒斗の弾を避け続ける。

「甘いぜ!」

 しかし、一瞬だけ立ち止まった戒斗はそんな無防備なアインを狙い撃ちにした。引鉄を引き撃鉄が落ち、ズドンと鋭い反動と共にNZ-75の銃口から9mmパラベラム弾が吐き出される。

「…………!」

 それに相対するアインは逃げることもせず、しかし諦めもせず。ただ立ち止まり、迫り来る超音速のジャケッテッド・ホロー・ポイント弾に相対すると――――振るった日本刀の刃で、その9mm口径の弾頭を一刀両断してみせた。

「おいおい、嘘だろ……!?」

 そんな馬鹿みたいな光景を見せつけられてしまえば、幾ら歴戦の勇士たる戒斗といえども眼を見開く他にない。超音速の弾丸を空中で叩き落とすなど、とても人間業とは思えない。

「はっはっは! どうだ、見たか私の最高傑作を!」

 と、そんな矢先だった。いつの間にか遠くへ逃げていたリー・シャオロンの、歓喜の声にも似た高笑いが聞こえてきたのは。

「世界中から買い集めた戦闘用の孤児! その中でも選りすぐりがアインなのだよ!」

「なるほどね……」

 訊いてもいないのにベラベラと喋ってくれるシャオロンの言葉で、戒斗は相対するアインに対して一つの確信を得ていた。

「要は、野郎の変態趣味の賜物ってワケかい」

 彼もまた、リー・シャオロンの被害者なのだ。彼に買われた孤児、その中でも戦闘用として徹底的に鍛え上げられた個体。更に中でも最も優れた技術と戦闘センスを有する最強の子、それが彼――アインだというワケだ。

 だとすれば、アインという無機質なネーミングにも何となく納得がいく。元の名を捨て去った彼を示す個体名、識別番号、或いはコードネーム。そして全ての戦闘用孤児の中で最も優れた子だということを意味するなら納得というものだ。実に悪趣味だが、理由は理解出来る。

「冗談キッツいぜ、ホントに」

 戒斗はNZ-75の弾倉を、アインはモデル586に新たな六発の.357マグナムを補弾。互いに地下駐車場の太い鉄筋コンクリートの柱に身を隠しながらで睨み合う。

「こりゃあホント、エマにはとびっきりの土産話になるぜ」

 彼もまた変態野郎、リー・シャオロンの被害者だ。出来ることならば殺したくはない。彼は決して、自らの意志で戦いに身を投じているワケではないのだ。

 最初の一撃を仕掛けられた時、殺気はあっても戒斗に対しての敵意がまるで無かったのが良い証拠だ。彼はただ生きる為に、日々を生きていく為にシャオロンの命令に従っているだけに過ぎないのだ。シャオロンに飼われている限り、自分がどう足掻いても変われないことを悟り。しかしそれでも生きていく為に、彼は銃と剣を取った。

 いうなれば、リー・シャオロンが犯した罪そのものというわけだ。アインという彼は、シャオロンの罪そのものなのだ。そして、シャオロンの犯した罪によって何もかもを奪われた、最大の被害者でもあるのだ……。

 だからこそ、本音を言うなら戒斗は彼を殺したくはなかった。だがあくまで"出来る限り"、だ。

「エマ……」

 左手をそっと左胸に当てる。伝わってくる己の鼓動は、しかし既に己だけのものではない。既にこの身は彼女に譲り渡したも等しい。己と彼女の復讐を遂げ、そして彼女が望む限りに生き続ける。それが今の彼にとって、戦部戒斗にとって生き続ける唯一の理由だ。

 だからこそ、こんな所で死ぬワケには行かない。例えその末に彼を、最大の被害者たるアインを手に掛けることになってしまうとしても。それでも戒斗は、彼女の為に生き続けなければならないのだ。他の何者を踏みつけ、犠牲にしたとしても。それでも戒斗は、生き続けなければならない。全ては彼女の、エマ・アジャーニの為に――――。

「手加減、出来そうにないな」

 ホールド・オープンしていたNZ-75のスライドを左手で鋭く引き、ガシャンと前進させ。そして戒斗はその眼の色を完全に入れ替えた。

 ――――伝説に恐れられた最強のC.T.I.Uエージェント、A-9200の深すぎる闇を湛えた深淵のような眼の色へと。


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