Execute.04:Le Transporteur./運び屋
出払っていた社用車の内、一つだけ本社に残っていた黒いシボレー・エクスプレス4WDに乗り込み鉄男・貴士・禅の三人が朝も早々から仕事現場へと向かう。
ちなみにシボレーの運転担当は、謎の不文律で鉄男だ。作戦用としてガッツリ防弾加工が施されているシボレーは重くて仕方ない上に左ハンドル仕様だから運転しにくいことこの上ないが、しかし慣れてしまえば何てことはない。一度走り出してしまえば、鉄男にとってはどれも等しく手足のようなものなのだ。
開け放った窓枠に肘なんて突きながら、片手でぶらぶらと鉄男はシボレーを走らせる。カーステレオから流れるポップスは宮里久美の「さよならは絹のヴェール」。1985年の楽曲で、鉄男の趣味で流している。鼻歌なんて歌いながらぶらぶらとシボレーを走らせていると、何だか今から海にでも出掛けるようなウキウキ気分になってきてしまう。
が、現実として向かう先は楽しい楽しい海などではなく仕事現場だ。しかも、確実に血を流す類の。
「……ま、どのみち男三匹で海なんざ御免被りたいがね」
とまあそんな風に鉄男がひとりごちると、後方から「あーん? なんか言ったかテメー」と貴士の声が飛んでくる。それに鉄男は「うるせー、黙ってろ」とバックミラー越しに暴言を投げ掛けて、そして視線を前方へと戻した。
「そういや、海行きたいなんて言ってたっけ」
そしてシボレーを運転しながら思い出すのは、家に置いてきた彼女――エマ・アジャーニが前に言っていた言葉だ。夏になったら連れて行って欲しいと、そんなようなことを言っていた覚えがある。
(……毎度、心配ばっか掛けちまってるな)
彼女のことを思い出せば、自然と彼女に対する負い目のようなものを鉄男は感じてしまう。本当に毎度毎度、彼女には心配ばかりを掛けさせてしまっている。
――――エマ・アジャーニは鉄男にとって数少ない気の許せる相手であり、そして黒沢鉄男でない彼を知る数少ない一人でもあった。そして、互いに同じ相手への復讐を誓い合った仲でもある……。
そういうわけで、彼女と鉄男はある意味で運命共同体のようなものだった。男女の関係でないのかと言われれば否定はしにくいし、出来ないのだが、それ以上のモノといった方がきっと適切だろう。彼女もまた、鉄男でない素顔の彼と同じぐらいの重すぎる過去を背負っているのだ。
だからこそ、鉄男は彼女の願いを出来るだけ叶えてやりたく、そして出来うる限りは叶えてやるようにしてきた。既に人の何倍も苦しんできた彼女の願いならば、自分の出来うる範囲でその全てを叶えてやりたい……。それこそが彼の願いで、そして日々谷警備保障に身を起き続けている理由でもあった。
日々谷警備保障は危険といえば危険な仕事だが、しかし政府筋に黙認されている超法規的武装集団という性質上、他の裏稼業よりは断然ラクで安全だ。アシが付かないよう自分で一から十まで後始末をする必要も無いし、何より金払いが良い。黒沢鉄男を名乗って未だに入り込んでいるという負い目のようなものも感じないワケではないが、しかしもう暫くの間は此処に身を置いていてもイイかな、とも鉄男は思っている。
そうしていると、カーステレオの選曲がいつの間にか入れ替わっていた。次に流れてくるのは中原めいこの「What's going on」。これも1980年代のポップスだ。
「なーおい」
カーステレオから流れてくるポップスに耳を傾けながらシボレーを転がしていると、すると前方座席の背もたれに肘を掛けて貴士が身を乗り出し話しかけてくる。
「んだよ」
彼の方を見ないままで鉄男が反応すると、貴士が「前からオメーに言いたかったんだけどさあ」と話を切り出し、
「毎度毎度、鉄男に運転任せっとカーステの選曲めっちゃ古いんだけど」
「うるせえ。文句あるならこっから叩き落とすぞ」
「文句じゃねーっての。単純に気になっただけだって」
「趣味だよ、趣味。それ以外に適切な回答ってあるか?」
「……無いな」
「だろ?」と鉄男。
「まあでも、たまには俺っちに合わせてくれてもイイよなぁ?」
なんていう内に、いつの間にか貴士はインパネの方にまで手を伸ばしていて。鉄男が見ていない隙に自分のiPhoneとカーステとを直で接続すると、鉄男のiPhoneとのブルートゥース接続を切って勝手に自分の選曲で流し始めてしまう。
「あっ、おい!」
「へへっ」
戸惑う鉄男をよそにニヤニヤと笑う貴士が流し始めたのは、白人ヒップホップシンガー・エミネムの「'Till I Collapse」だ。
「嫌いじゃねーだろ?」と貴士。
「……趣味じゃないとまでは言わんが、勝手に弄るんじゃない」
「はいはい、運転手さんは運転に集中してくだちゃいねー」
「誰が運転手さんだッ!」
「はーい、鉄ちゃんいいこいいこー」
「ガキ扱いはやめろ! しばくぞ? 今すぐこっから叩き落とすぞ??」
とまあいつも通りの阿呆なやり取りを交わしている内に、シボレーはいつの間にか目的地の付近に到着していて。呆れ顔の禅に「……行きますよ、お二人とも」と促され、それで初めて二人は動き出す。