Execute.39:Perfume of the Death./英雄本色③
スプリンクラーから雨のように降り注く水に視界の遮られる中、強力な銃火器を携えた紅頭戦闘員の本隊たちは見失った敵の姿を追い求め、幽鬼のような足取りで地下駐車場を歩いていた。
「何処だ……?」
焦燥に顔をしかめ、額に滲む脂汗をスプリンクラーの雨に洗い流されながら、M16-A1自動ライフルを携えた戦闘員がボソリとひとりごちる。あれだけ派手に、それこそ古き良き香港ノワール映画のように二挺拳銃で暴れ回っていた敵が突然姿を消したのだ。幾ら戦闘経験が多いといえ、彼ら戦闘員たちの抱く不安と焦りは並大抵のものではない。
足元に転がる仲間の死体から、敵がどれだけの実力を持った強敵であるかは自然と理解出来た。それだけに、ひょっとして死んでしまってくれていたら、とも思ってしまう。しかしそれが有り得ないことであることを自ずと理解しているからこそ、戦闘員たちは額に脂汗を滲ませているのだ。
「!」
と、ガラガラと台車のような何かが転がる音がする。そちらの方へ一斉に振り返ると、そこで戦闘員たちが見たものは。
「へへっ……!」
――――転がる台車に横たわりながらの男が構える、二挺の拳銃の銃口だった。
戒斗は目星を付けた台車に横たわり、そして丁度良い具合にあった柱を思い切り脚で蹴って台車ごと飛び出していた。
ガラガラと激しい音を立てながら、台車が地下駐車場のコンクリートの地面を結構な速さで転がっていく。音に気付いた多数の戦闘員たちは戒斗の方に振り向くが、謎の台車と、そしてそこに横たわる謎の男という意味不明な構図に一瞬呆気に取られ、動きが遅れてしまう。
戒斗はそこまで計算ずくだった。奴らの動きが止まっている間に右手のNZ-75、左手の213式とそれぞれの拳銃を撃ちまくる。ダンダンダン、と降り注ぐスプリンクラーの雨の中でも響く銃声が一つ増えるごとに、死体の数が加速的に増えていく。
斜め方向に滑っていた台車が車のバンパーに激突して停まるまで、五人近い敵を屠っていた。戒斗は台車が停まるとすぐに立ち上がり、飛び乗った車のボンネットを蹴って更に高く飛び上がる。
敵の一団の上を軽く飛び越えながらダンダンダン、とまた二挺拳銃を撃ちまくり、プラス四人の脳天を真上からブチ抜いた。くるりと空中で身体を捻らしてから着地すると同時に、両手の拳銃が弾を切らしホールド・オープンする。
「らぁっ!」
だが、戒斗は敵に反撃の機会を与えない。一番手前に居た奴の顔面目掛けて左手の213式拳銃を投げつけ怯ませると、身を低くし地を蹴って一気に奴の懐へと潜り込む。
顎下をホールド・オープンしたNZ-75の銃口でド突き、怯ませてから銃把の底で右の眼球近くの側頭部を殴り飛ばす。力なく倒れていく男の手からUZIサブ・マシーンガンを掠め取り、左手で握り締めたソレを腰溜めの格好でブッ放す。
UZIからフルオートで撃ち放たれた9mmパラベラム弾は新たに二人の戦闘員を屠ったが、半ばでUZIが弾詰まり(ジャム)を起こし。戒斗は舌打ちと共に左手のUZIを投げ捨てると、そのまま次なる敵に向けて距離を詰めていく。
「畜生! 来るなぁっ!」
男が叫び、M16-A1自動ライフルを戒斗目掛けてフルオートで撃ちまくった。.223レミントン弾の豪雨が戒斗を襲うが、しかし右へ左へヒラリヒラリと避ける彼には一発たりとて命中しない。
そうして距離を詰めながら、戒斗はいつの間にかNZ-75の弾倉を新しい物へと入れ替えていた。親指でスライドストップを押し込み、スライドも元の位置へと戻してやる。
M16を構えていた男の懐へと潜り込み、顎先を掴んで顔を強制的に上へ向かせながら腹にNZ-75を叩き付ける。引鉄を絞り、何度も発砲。9mmパラベラム弾で腹をぐちゃぐちゃに引き裂かれた男の身体から力が抜けていくと、戒斗は倒れていくその男の手からM16-A1自動ライフルを掠め取った。
すぐさまNZ-75を一旦右腰のホルスターへ収め、構えたM16の銃床を左肩に肩付けさせる。セレクタはセミオートに切り替え、男の身体が視界から消えた途端には撃ちまくっていた。
走りながら、しかし正確に撃ちまくる。M16――AR-15系統の自動ライフルは、戒斗にとってこの世で最も使い慣れたライフルのひとつだ。例えこれが古いA1モデルであっても、身体の奥底にまで焼き付いた感覚は揺るがない。動くトリガーメカ、激しく前後するボルトキャリアとバッファー、そしてガスチューブから通る高圧の発射ガスの動きでさえもが、まるで手に取るように銃把越しで伝わってくる。
M16-A1の二十連発STANAG弾倉から弾が尽きるまでに、戒斗は残っていた全ての敵を屠ることに成功していた。足元に死体の山を築き上げれば、戒斗は小さく息をつきながらM16を投げ捨てる。こういう時なら煙草でも吸いたくなるものだが、生憎と戒斗には師匠と違い、煙草を吹かすような趣味はなかった。
「――――はっはっは、やるじゃないか」
そうしていると、拍手とともに近づいてくる足音が一つ。あの顔を戒斗が見紛うことはない。少しだけ横に太いような壮年の男は、何処からどう見てもあのリー・シャオロン本人で間違いなかった。
「ご自慢の軍隊はこの通り全滅だ。辞世の句を詠むぐらいの時間はくれてやるぜ、リー・シャオロン」
再びホルスターから抜いたNZ-75自動拳銃を構えた戒斗が、照門越しに睨むシャオロンにキザっぽい決め台詞を投げ掛ける。しかしシャオロンはくっくっくっ、と妙な引き笑いを上げるのみで、一向に臆する気配が無かった。
「何がおかしい」
諦めたにしてはあまりに不審すぎる奴の反応。それを怪訝に思った戒斗が苛立った語気で問いかければ、するとシャオロンは「何」と言い、
「これから最高のショウが見られそうなんだ。これほどまでに愉しいことはそうあるまいよ」
そう、あまりに奇妙なことを口走った途端のことだった。
「っ!?!?」
――――背中がぞわつくほどの、強烈すぎる殺気。
動物的なまでに研ぎ澄まされた第六感で感じ取った戒斗が脊髄反射的な反応速度で飛び退くと、一瞬もしない内に戒斗が立っていた場所を白刃が斬り取った。
「おいおい……」
飛び退いた戒斗が、苦い顔で再びNZ-75を構え直す。しかしその銃口が睨む先はリー・シャオロンでなく、何処からか唐突に現れた第三者――謎の、青年だった。
「…………」
無言のままに立ち尽くす青年の右手が握るのは、スプリンクラーの雨を切っ先へと滴らせる済んだ一振りの日本刀。そして左手にはアメリカ製の六連発リヴォルヴァー拳銃、S&Wのモデル586の銃把が握り締められていた。
あまりに、奇妙な出で立ち。何処か記憶の奥底とデジャヴを感じるようなそんな出で立ちの青年は、しかし敵意のようなものはあまり感じなかった。だが敵であることには間違いない。現に戒斗は、あと一瞬反応が遅れていたとしたら、確実にその生命を刈り取られていたのだから……。
「……マスター、この男が」
青年の静かな声に「ああ」とシャオロンは満足げに頷く。
「今日の獲物だ、しかもとびっきり極上のな。好きに戦ってくれて構わんよ。そして私を愉しませてくれ。
――――アイン、私の最高傑作」
子供のような無邪気な笑顔を浮かべるシャオロンの言葉に、青年は「了解しました」と無機質なほどに抑揚のない声で頷けば、戒斗の方へ向き直る。
「…………そういうことだ、悪く思わないでくれ」
「タチの悪い冗談だぜ、コイツは。エマに良い土産話が出来そうだ」
機械のように冷酷な顔で日本刀の切っ先を突き付ける青年と、そして彼に相対し顔を苦くする戒斗。後から振り返れば、これはある種運命のようなものだったのかもしれない。アインと戦部戒斗、二人が此処で出逢い、そして刃を交える羽目になってしまったのは。
これこそが、彼――――アイン。そして後の畑貴士と戦部戒斗の、あまりに衝撃的で冗談みたいなファースト・コンタクトだった。




