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Execute.37:Perfume of the Death./英雄本色①

 その後、ミリィ・レイスの指示のままに港を脱出した戒斗はエマの待つポルシェ・911カレラに飛び乗り。そして彼女に大まかな事情を手短に話しつつ、六気筒のボクサー・エンジンを再始動させた911カレラを爆発するような勢いで急発進させる。

「済まない、エマ。帰るのはもう少し先になりそうだ」

「大丈夫だよ」と、助手席にちょこんと座るエマが柔らかな表情で返す。

「それより、今度こそおしまいなんだよね?」

「おしまいにしてみせるさ、何としてもな」

 左耳のインカムより聞こえるミリィ・レイスの道案内に従い、911カレラを爆走させながら戒斗が低く頷いた。

 真夜中の香港に、リアマウントされた六気筒ボクサー・エンジンの獰猛な雄叫びが木霊する。時折タイヤの軋むスキール音を奏でながら、その平均速度は明らかに常軌を逸していた。それこそ、香港警察のパトカーと出くわしてしまえば、即サイレンを鳴らされ追跡されそうなぐらいに。

 しかし、戒斗はリー・シャオロンの追跡を優先した。此処で逃げられるわけにはいかない。それにこのポルシェ・911カレラと戒斗自身の類い希なドライヴィング・テクニックを以てすれば、確実に奴の尻を叩けると戒斗は確信していたのだ。

 だからこそ、夜の香港をお構いなく彼はブッ飛ばす。ハイビームに切り替えたヘッドライトで薄闇を照らし出し、軋むタイヤでアスファルトを切り刻みながら。その背後には六気筒ボクサー・エンジンの重低音とテールライトの赤い光跡だけを残し、戒斗の駆るガンメタリックのポルシェ・911カレラは気の狂ったような速度で駆け抜けていく。

「…………」

 平均時速が平気で三桁を越えているような、普通ならば怯えるか泣き喚くかして然るべきな戒斗のドライヴィング。しかしそんな状況下にも関わらず、サイドシートに身を埋めるエマは平静を保ったままだった。余程彼と、そして彼のテクニックを信頼しているのだろう。戒斗がチラリと横目に見た彼女の横顔には怯えも恐怖も何も無く、いっそ眠り姫のように安らかですらあった。

 これが、この二人の関係だ。強烈な共依存であり、互いを盲目なまでに信頼し尽くし。片方が欠ければもう片方も迷わず後を追うような、そんな関係性。それが戦部戒斗とエマ・アジャーニという二人だった。

「――――貴方を信じています、戒斗」

「っ……」

 そうすると、また戒斗の頭の中で過去の光景がフラッシュバックする。昔のことだ。東京で、サリア・ディヴァイン・アルスメニアとかいうどこぞの王女様を捜してた時。依頼主だったモーリヒ・シュテルンなんて胡散臭い男に裏切られカーチェイスと洒落込む羽目になった時にも、彼女は――遥は、黒い70スープラのサイドシートでそう言っていた。

 彼女もまた、最期まで己を信じてくれていた。そして今も、エマは自分を盲目なまでに信じてくれている。

 ならば、戒斗がすべきことはただひとつだ。彼女たちの信頼に応えることだけ。何をしてでもリー・シャオロンを仕留めた上で生還し、そして彼女とともにまた帰るだけのことだ。

「……エマ、掴まってろ。ちょっとペース上げていくぞ」

「うんっ、分かったよカイト」

 右足の先で触れるメタル仕様のアクセル・ペダルを、更に深く踏み込んでいく。獰猛な雄叫びとともに、ガンメタリックのポルシェ・911は閃光のような凄まじい速さで香港の街を駆け抜ける。





「待っててくれ、すぐに戻る」

 そして、辿り着いたのは九龍地区にある何処かのビルだった。その地下駐車場の中にリー・シャオロンの一団が逃げ込んだというところまでミリィ・レイスは突き止めてくれた。

 地下駐車場の出入り口から少しだけ離れた所の路肩にポルシェ・911カレラを停めれば、降りた戒斗は助手席の開け放った窓から顔を出すエマにそう言う。

「分かったよ、どれぐらいで戻れるかな?」

「すぐだよ、ほんの少しさ」

「ん、分かった……」

 軽く言葉を交わし、911から顔を出すエマの唇と最後に小さく一瞬だけのついばむようなキスを交わして。そして戒斗は踵を返し、213式拳銃を抜き放つと両手で二挺拳銃の格好になり、用心深く地下駐車場へと踏み込んでいった。

 コツン、コツンと靴音が地下駐車場の中を反響する。ロングコートを翻し、小さく掲げた両手には拳銃。そんな格好で戒斗は注意深く周囲を見渡し、そして肌で気配を探る。どんな微かなものも見逃さないよう、気を巡らせて。

「!」

 と、戒斗は振り向きざまに右手の213式拳銃を撃ち放った。強烈な殺気を背中越しに感じたが故の脊髄反射的な行動だったが、それが戒斗を救った。

 反響する発砲音。右手の213式拳銃が睨む向こう側で、車の陰から飛び出し拳銃を向けていた男がバタリと仰向けに倒れ伏す。それは明らかに紅頭(ホン・タウ)構成員の男だった。

「待ち伏せ、か……」

 明らかだった。リー・シャオロンは戒斗から逃げ切れないと悟り、此処に罠を張っていたのだ。

「まんまと罠に嵌まったって形だな」

 しかし、言葉とは裏腹に戒斗の顔に焦りの色はなかった。寧ろ、この状況を愉しんでいるように小さく不敵な笑みに満ちていた。

 戒斗がそんな独り言を口走っていれば、先程の発砲音を皮切りに次々と待ち伏せていた他の紅頭(ホン・タウ)構成員たちが顔と銃を出し、戒斗の前に現れる。

「歓迎しよう、そして後悔するがいい! この私の命を狙うなどという愚行を犯した、貴様自身の浅はかさを!」

 遠くから反響して聞こえる、芝居がかった男の声。口振りから察するに、それはきっとリー・シャオロンの声だろう。奴もまた、此処で自ら戒斗のことを待ち伏せていたのだ。

「後悔? それをするのは貴様の方だ」

 戒斗も戒斗でニィッと不敵な笑みの色を強めながら、ロングコートの長い裾を翻し213式拳銃を両手で構える。

「手前なんぞとは踏んできた場数も、潜ってきた修羅場の数も段違いだ。

 ――――さあ後悔しろ、そして踊れ。後悔しながら、無様に死んでゆけ……!」

 飛び出してきた数多の標的に、戒斗はまるで臆することなく。クロスさせた両腕でそれぞれ別の標的を狙い定めれば、戒斗は不敵な笑みでその引鉄を引き絞った。


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