Execute.35:Perfume of the Death./チャイナ・ブルー②
「どういうことだ、これは!」
数十名の部下に護られ港からの離脱を図りつつ、老体に鞭打って港の中を走るリー・シャオロンが激昂した声を上げる。
「分かりません」
傍らに控えた、UZIサブ・マシーンガンを携える部下の言葉に「奴らが仕掛けてきたのか?」とシャオロンが問うた。
「いえ、その可能性は限りなく低いかと。連中にとって我々と、紅頭と敵対するメリットはほぼありませんから」
「では、例の第三者ということか?」
「可能性として一番高いのは、それです」
「クララ・ムラサメが追い掛けてきたとでも言うのか、この香港にまで……!?」
顔色を焦燥で見たし、シャオロンが顔を青白くさせる。
――――リー・シャオロンが米国を離れ、香港にまで出向いてきた理由。それは組織の規模拡大という理由も勿論あったのだが、それ以上に彼が米国内でとある殺し屋から執拗に付け狙われていたということの方が大きかった。
クララ・ムラサメ、西海岸では伝説とも謳われる現役の殺し屋だ。一四〇センチ台の体格と少女のようにしか見えないあどけない顔立ち。頭の後ろで結ったすみれ色の小さな尾を揺らし、ゴシック・ロリータのような出で立ちで所構わず死を撒き散らす伝説の殺し屋。シャオロンはそのクララ・ムラサメに追われて、そして組織の手を伸ばしていたこの香港にまで逃げ延びてきた、というのがコトの真相なのだ。
「いや、これは奴のやり方じゃない……!」
だが、シャオロンは途中で自らの考えを否定した。今まで何度もクララ・ムラサメの襲撃を受けているが、一度だって彼女はこんなやり方で仕掛けては来なかった。クララの殺しはここまでド派手なモノでなく、もっと静かでスマートだ。
それになにより、一瞬だけ見えた刺客の姿は明らかに男だった。月明かりで微かにしか見えなかったが、しかしロングコートを翻す人影は明らかに長身の男のようにしか、少なくともシャオロンとその周囲に居た紅頭の構成員たちの眼には映っていない。
「一体何者なんだ、奴は……!?」
走りながらでシャオロンが口走ったその言葉は、この場に居る全員の総意でもあった。正体の分からぬ謎の刺客に怯えながら、今のシャオロンにはただ逃げることしか出来ない。
「……そうだ」
と、遠くに停めてあった予備のメルツェデス・ベンツに乗り込んだ時だった。シャオロンが何かを思い立ったのは。
「奴を、奴を呼べ!」
「奴、ですか?」戸惑った様子で、助手席の構成員。「あの男を使うので?」
「相手が分からん以上、こちらもどうにかせねばならん!」
シャオロンは、決してあの謎の刺客から逃げ切れるとは思っていなかった。シャオロンとて嘗ては"白帝"の異名を取り恐れられていた武闘派。あの刺客が漂わせている雰囲気が只者でないことぐらいは一目で分かった。
だからこそ、こちらも出し惜しみするワケにはいかない。この香港に連れて来た最高の人材をぶつけるしかなかった。己の趣味で育て上げた孤児の中でも、選りすぐりの腕を持つ一人を。
「落ち合う場所は何処でも構わん! 奴を――――アインを呼べ!」




