Execute.32:Perfume of the Death./英雄故事①
『――――その向こうに紅頭の取引相手が乗ってきた車がある。陽動がてら、ソイツに爆薬でも仕掛けて派手に花火を上げたらどうかな?』
左耳に付けたインカム、スマートフォンとブルートゥースで繋がっているそれから聞こえてくるミリィ・レイスの提案に、戒斗は「名案だ」と表情を綻ばせた。
此処は既に港の内側。雑に停められたトレーラー・ヘッドの陰へ滑り込むように隠れ、戒斗は背負っていたボストンバッグを地面に降ろした。そこから取り出すのは幾らかの携行爆薬、米軍のM2"SLAM"だ。
M2"SLAM"は特殊部隊などに愛用されている手のひらサイズの爆薬で、重量は一個およそ一キロほどと持ち運びやすい。戦車の正面装甲のように硬いモノはブチ抜けないが、軽装甲車両やコンクリート壁を叩き破る程度の威力はある。また、小さいので簡易的な地雷としての運用も可能だ。
仕組みとしては、充填された炸薬の爆発と衝撃波で内張り(ライナー)を変形させながらブッ飛ばす、いわゆる自己鍛造弾というもの。威力こそ違うが、根本的な仕組みは戦車砲やRPG-7のHEAT(成形炸薬弾)によく似ている。
そんなM2"SLAM"携行爆薬を戒斗はボストンバッグから幾つか取り出し、遠隔起爆装置と共にロングコートのポケットに突っ込んだ。重いボストンバッグは此処に隠しておく。
『気を付けるんだ、見張りが何人か居る』
ミリィ・レイスの警告通り、何台か停められた黒塗りのメルツェデス・ベンツの周りには喪服めいた黒いスーツを身に纏う何人かの見張りが立っていた。しかも隠すことなく堂々とサブ・マシーンガン――イスラエル製のUZIを携えている辺り、警戒度合いは段違いだ。
『紅頭も取引相手も、双方共に相手側からの暗殺をひどく恐れている傾向にある。港に潜んでる護衛の数は両方合わせて六十人近いよ』
「そりゃあ豪勢なことだ、今夜はバイキングと洒落込めるのか?」
『君が食材にならないように気を付けなきゃならないね』
戒斗の皮肉っぽい軽口に付き合った後で、ミリィ・レイスは『……でも』と言葉を続ける。
『向こうは香港ヤクザの鉄砲玉、君は単独だが伝説のエージェント、A-9200だ。孤立無援、一対多数の状況下に於けるゲリラ戦を得意とする君なら、これぐらいの修羅場ぐらい余裕で潜り抜けられるんじゃない?』
「買い被りすぎだ、ミリィ。……だがまあ、あの時よりはマシかもな」
『あの時?』訊き返すミリィ・レイス。それに戒斗は「ああ」と頷いて、
「一度、超高層ビルで大量のテロリスト相手に単独で戦ったことがあった。神経ガス兵器・ソマンを持ち込んだ五十人越えの奴らとな」
『知ってるよ、五年ぐらい前の新名古屋スクウェア占拠事件だろ? ホラ、旭日解放戦線とかいう連中が立て籠もった奴』
「そうだ」と、戒斗。「あの現場に俺も居た。というか、解決したのは俺たちSTFヴァイパー・チームと県警SATだ」
『それ、ホントかい? 公式じゃあSATが制圧したってことになってるけど』
「勿論SATは参加したさ、共同作戦だ。それもビジネス高層棟だけで、隣の商業低層棟に関しちゃ俺単独で片付けざるを得なかった。ジョン・マクレーンも真っ青だぜ」
過去の事件を振り返りながら、戒斗がそう告げると。ミリィ・レイスは『……相変わらず、君は規格外だ』と軽く引いたような反応を示す。
「ちなみに、あの時近づいてきた馬鹿な報道ヘリあっただろ? 最終的に駅のツインタワーに突き刺さった奴」
『ああ』
「アレをスティンガー・ミサイルで撃墜したのが、例の浅倉だ」
――――浅倉悟志。
戒斗にとっても因縁深い男の名が出れば、ミリィ・レイスもまた『……ああ、納得した』と神妙な声音で頷いてくれた。
『まあ何にせよ、今の君なら楽勝ってことだね。気を付けながら見張りを排除、陽動用にM2爆薬を仕掛けることを提案するよ。今気付かれたら水の泡だ、出来るだけ音を立てないように』
そんなミリィ・レイスの提案に「了解だ」と戒斗は頷き、そして行動を開始した。




