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Execute.31:Perfume of the Death./ハード・ボイルド④

 やがて、二人を乗せたポルシェ・911カレラは目的の港のすぐ傍にまで辿り着く。この辺りまで来ると街灯の数も疎らで、何処か薄暗いような感じだった。

 911のエンジンを切り、スーツの上から羽織るロングコートの長い裾を翻し戒斗が降り立つ。武器弾薬が満載のドデカいボストンバッグをトランクから引っ張り出し、戒斗はその中身を手早く身に着けていった。

 といっても、全ては身に着けない。右腰のベルトにホルスターを括り付けNZ-75自動拳銃を放り込み、左腰にはNZ-75用の予備弾倉が入った弾倉ポーチと、そしてガーバー・マークⅡを鞘ごと取り付ける。その他の大量の武器弾薬は今は嵩張るので、身に着けずボストンバッグに入れっ放しで担いだ。

「……カイト」

 と、そんな比較的身軽な格好でロングコートを翻し戒斗がしゃがんでいた格好から立ち上がると、911の窓を開いたエマが小声で呼びかけてくる。

「ん?」振り返り、反応する戒斗。

「さっきの約束、忘れないでね?」

 ――――絶対に、生きて戻ってきてね。

「ああ、分かってる」

 そんな彼女の意図を察すれば、戒斗は綻んだ顔で彼女にちょっとした笑顔を向けてやる。まるで己を戒めるように、朗らかなその笑顔の裏には確かな覚悟が滲んでいた。彼女が願うのならば、必ず生きて戻ってくるという、確かな男の覚悟が。

「さっさと片付けて帰ってくるさ。一応、キーはさっき預けたよな?」

 戒斗が一応、そうエマに確認した時だった。

「えいっ」

 エマが窓越しに何かを投げつけてくるものだから、戒斗はそれを咄嗟に受け取ってしまう。

「これは……」

 空中でキャッチした手を解くと、その掌の中に収まっていたのはキーだった。今目の前に停まる、エマが乗ったままのポルシェ・911カレラのキーだった。

「僕には必要無いよ、そんなもの。だって、カイトは必ず帰って来てくれるんだよね?」

「でも、万が一ってことが」

「そんなの、有り得ないよ」と、エマは首を横に振る。

「君は僕との約束を簡単に破るような男じゃない。それは、僕が一番よく知ってる。

 ……だからさ、カイト。キーは君に返すよ。万が一だって有り得ない。だって、君は僕との約束、一度だって破ったことないから」

 掌の中に収まるポルシェのエンブレムが刻まれたキーと、そして目の前のエマとの間で戒斗は視線を何度も行ったり来たりさせる。

 そして、何秒か経った後に戒斗は納得したように独り小さく頷くと。そのキーを再び強く握り締め、ロングコートの内ポケットに放り込んでみせた。

「必ず戻ってくる。……約束だ、エマ」

「うんっ。約束だよ?」

 ――――必ず、約束ですよ?

 柔らかで太陽みたいな笑みを向けてくれるエマの顔と、記憶の中にある遥の儚い散り際の笑顔とが、再び戒斗の視界の中で重なり合う。

 しかし、戸惑いはしなかった。哀しくもならなかった。自分が生きて帰ること、そして生き続けること。それはエマ・アジャーニの願いでもあり、そして散っていった長月遥の願いでもあるのだ。狂おしいほどに愛す女と、そして狂おしいほどに愛していた女。その二人の願いならば、戒斗はそれを叶えるのみだ。

「ああ、約束だ」

 約束だ、エマ。約束だ、遥。

 見送る彼女と見送った彼女、二人の願いをその双肩に背負い、踵を返し戒斗は歩み出す。次なる鉄火場へ向け、しかし確かな決意を胸に秘めながら。ロングコートの裾を翻し歩き出す彼の背中は、遠ざかっていく靴音と共に伝説のエージェント、A-9200の色へと変わっていく。


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