Execute.03:Just like a better day./日々谷警備保障は今日も順調です。
「おはよーごぜーやす」
気怠い表情で、だらしなく後頭部なんて掻きながら彼――黒沢鉄男は日々谷警備保障の戸を潜る。だが始業直前の癖に人の数はまばらで、居る人間といえば極数人。一人を除けば、まず間違いなく昨日から此処に泊まり込んでいる連中だろう。朝っぱらから律儀に出てくるほど、此処の社員連中は真面目じゃない。
「遅いですよ、鉄男さん」
そうして鉄男が辺りを見回していれば、ただ一人の例外こと寒田禅が責めるような鋭い眼差しを向けてくる。眼鏡を掛けた如何にもといった風な生真面目なインテリ野郎っぽい風貌の禅は、今もやはりデスクに姿勢良く座り書類仕事に追われている最中だった。
「べっつに良いじゃんかよぉ、まだ始業三十秒前だぜ?」
「五分前! 五分前行動が原則でしょうが、常識上っ! 相変わらず貴方には社会人としての自覚が……!」
「いや、俺社会人じゃねーし」
「阿呆ですか貴方はッ!!」
だらーっとした態度の鉄男と、それにガミガミと説教を垂れる禅。こんなのは毎日ぐらいのペースで繰り返されるいつもの光景で、そこらで雑魚寝している連中も別に意に介したりしない。
「大体、僕が事前に申し上げておいた時間は八時半! 今何時だと思ってるんですか、えぇ!?」
「うーんと……午前八時五九分三〇秒」
「細かい! 二九分と三〇秒の遅刻ですよ!? 分かってるんですか!?」
「だってぇ、お寝坊しちゃったんだもーん」
「……どうせロクでもない理由でしょうが、一応聞いてあげましょう。遅刻の理由は?」
「昨日徹夜でメガドライブしてたら寝過ごした」
「メガドライブ!?」
「うん、メガドライブ。知ってる? 重装騎兵レイノス」
「知りませんっ! やっぱりロクでもない理由じゃないですか、貴方って人は本当に……!」
「あら、褒めてる?」
「褒めてません!」
とまあ、普段通りのやり取りを一通り交わしつつ。適当な話の切れ目で「……こほん」と禅は咳払いをし、パンパンッと手を叩いて雑魚寝している連中を起こす。
「はいはい、お仕事の時間ですよ」
雑魚寝連中はむくりと起き上がってきて、鉄男の近くにだらーっと並ぶ。欠伸をかいている奴や小指で鼻くそをほじっている奴、立ったまま寝ている奴と有様は散々だ。ちなみにメンバーは順々に鉄男、畑貴士、そして自称ニンジャの四葉英治といった具合だ。
「こらそこ、寝ない! 貴士さんも鼻をほじらない、汚いですねホントに……!」
「うひー、怒られちゃった」と、貴士。
「ざまあみろだ」
それに鉄男がニヤニヤと返すと、貴士は「うるせえケツ毛むしるぞ」なんて意味不明なことを口走り。そうすれば鉄男もムキになって「は? お前美少女に向かって何言ってんの??」と悪乗りし始める。
「は???? 美少女???? そのツラで???? 現実見ろクソハゲ」
「え、見てわかんない? 眼大丈夫? 眼科行く? というか行け、眼科でアウトレイジされてこい」
「眼科でアウトレイジってなんだテメー頭湧いてんのか」
「知らねえよ俺も何言ってるか分かんねえ」
ワケの分からない会話を加速させる二人と、隣で立ったまま居眠りを決め込む英治に、それに溜息をつく禅。こんなのも日々谷警備保障にとってはいつもの光景だ。一見不真面目に見えるが、実は……いや、実もクソもなく見た通りの不真面目だった。
「はいはい、お話はそこまで! 今から皆さんのお仕事を説明しますから、その間だけ黙っててください!」
いい加減面倒になってきた禅はまた手をパンパンと叩いて注目を自分に集めれば、それから一つ咳払いをし、その後でやっとこさ本題に入る。
「今日の業務ですが、英治さんはこのまま浅草支社へ出張。鉄男さんと貴士さんの二人は今からお仕事です」
「例のチンピラ狩りだろ?」と、貴士。
「その通りですが、本日は夜にもう一件仕事が入っています。確か鉄男さんは、昨晩に社長から電話で伺っているはずですよね?」
それに鉄男が「まあな」と答えれば、首を傾げる貴士を置いて禅が説明を続けて行く。
「まず今からの仕事ですが、貴士さんが仰った通りにチンピラ狩りです。依頼主は現地の自治体。何でも、そのグループの犯罪行為があまりに度が過ぎているそうで」
そりゃそうだ、と鉄男は思った。普通のチンピラがやる範囲のことなら若気の至りで済まし、こんな末法の殺し屋連中に依頼が回ってくることなどありえない。つまり標的になったチンピラ連中は、よほどのことをしでかしたというワケだ。
「標的グループの構成は高校生から二十代前半ほどの若者グループ。所謂不良というワケですね。
……ですが、判明しているだけでも殺人五回、強盗二〇回、引ったくりは無数。麻薬ディーラーとも接触があるらしく、若い連中に校内で捌かせているようですね。加えて強姦も数十件に及びますし、関与が疑われている段階の犯罪も数に入れれば、犯行数は無数」
「へえ、やりたい放題じゃん」
貴士が何故か感心したみたいに言うと「その通りです」なんて風に禅は頷き、
「ですから、我々に殺されても文句は言えない人間というワケです」
眼鏡の奥に覗かせる双眸に暗い色を滲ませながら、そう告げてみせた。
「使用許諾装備はDクラス装備を。飛び道具は拳銃までをサイレンサー付き厳守で、接近戦もナイフまでに抑えてください。日中での行動の為、とにかく静粛性を第一に」
「えー、じゃあ俺っちの586使えねえじゃん」
「ばーかばーか、ざまあみろ貴士め。ンなモン使ってっから悪いんだよ」
「は? テメーにだけは言われたくねえよ鉄男のうんこ野郎???」
「はいはい、鉄男さんに貴士さん、お二人ともそこまで! 今回は僕も同行しますから、くれぐれもお願いしますよ!?」
「え、何よ禅ちゃんも来んの?」
禅の言葉にきょとんとした貴士が訊けば、禅は「はい」と眼鏡をクイッと指先であげる仕草なんかしつつ頷いた。
「社長命令です。貴方がた二人だけに任せておくと、また火消しが面倒なコトになりかねませんので」
「おいおい……流石に酷え言い草じゃん。なあ貴士ぃ?」
隣の貴士を肘で突っつきながら鉄男が言うと、貴士はニヤニヤしながら「お前はその通りだけどな」なんて嫌味っぽい言葉を返してくる。
「うるせえぞ公害マグナム野郎」
「は? ジャム祭りのクソオート野郎に言われたくないんですけど」
なんて具合にまたいつものノリで鉄男と貴士がヒートアップしそうになったところを、禅が「はいはい、お静かに!!」と怒鳴りつけて制し。それからまた大きく咳払いをし、話を続けた。
「それと、夜の仕事はお二人で。こちらは簡単な狙撃任務ですから、今から口頭で説明するまでもないでしょう。後で資料を渡しておきますから」
「狙撃ぃ?」首を傾げる鉄男。「ンだったら、じろちゃんの方がよくね? うさぎおじさんの方が狙撃上手いっしょ」
そういう風に鉄男が率直な疑問を投げ掛けてみれば、すると禅は呆れきった顔で大きすぎる溜息をつき、そして疑問符を浮かべる鉄男に向かってこう言ってみせた。
「……兎塚さんは潜入任務中でしょうが」
「あ」
「やーいやーい、鉄男の痴呆ー」
すると横から貴士がまた鉄男を突っつき始めるから、また例のやり取りが交わされる前に「とにかく!」と禅は声を荒げて主導権を確保し、
「さっさと仕事に向かいますよ、お二人とも! 英治さんは寄り道せずに浅草支社、良いですね!? 返事ぃ!!」
「「「うーい」」」
とまあ、こんな具合に日々谷警備保障の慌ただしい一日は始まる。黒沢鉄男の仮面を被った彼にとってもまた、これは日常で。普段通りの仮面を被った日々が、またこうして今日も始まるのだ。