Execute.27:Perfume of the Death./男たちの挽歌⑨
夜頃になってフォーシーズンズホテル・香港に戻ると、戒斗はすぐさま日本の公安刑事・鷹橋冴子に連絡を取っていた。
『……そう、リー・シャオロンと紅頭に繋がりが』
「ああ」と、戒斗は耳に当てたスマートフォンのスピーカーから聞こえてくる冴子に頷く。
「あくまでその店の親父から聞いた、噂話程度でしかない。だが手掛かりは手掛かりだ、そっちでも調べて貰いたい」
『分かったわ、やってみる。……それにしても、リー・シャオロンが紅頭と繋がってたなんて』
「驚きだな、公安は把握してなかったのか?」
『してるわけないじゃないの』と、冴子。『私たちは規模で言ったら、貴方が昔居たC.T.I.Uより遙かに劣るわ。それに国外の情報、手に入るモノにも限度はある』
冴子の言い分も尤もだった。彼女ら公安の捜査能力にも限界というものがある。嘗て存在していた戒斗の古巣、秘密諜報組織C.T.I.Uの諜報局より情報収集能力が劣るのは仕方のないことだろう。
「俺の方でも、ミリィ・レイスに情報収集を掛けあってみる。アイツの報酬はそっちの経費で落とせるか?」
『何とかするわ、資金面は気にしないで頂戴』
「助かる」
そう言って冴子との電話を切ると、しかし戒斗はスマートフォンの画面を落とさず、そのまま次の連絡先を指先でタップし選択した。
背中の方のバスルームから、風呂に入るエマの立てる水音が聞こえてくる。彼女の確かな気配を背中越しに感じながら、戒斗はもう一度スマートフォンを左耳に当てた。
『……やあ、僕だ』
暫くのコール音の後、出てくるのは確実に若い、しかしクールな少女の声音だった。彼女こそがミリィ・レイス。C.T.I.U壊滅後に戒斗が知り合った情報収集とコンピュータ技能のプロフェッショナルの少女だ。
『久し振りだね、カイト』
電話口の向こうに居るだろう、一四〇センチ台の小柄な体格にクールな表情、朱色のショート・ヘアの奥にターコイズ・ブルーの澄んだ瞳を揺らしながらフィリップ・モーリスの煙草を吹かす彼女の顔が頭を過ぎれば、戒斗は懐かしさで少しだけ頬を緩めてしまう。
「直接会ったのはL.A以来か? 元気そうで何よりだ、ミリィ」
『僕は元気さ、この通り。色々と厄介事も抱え込む羽目になったけれどね。今は日本で、ハリーとよく組んでるよ』
「ハリーか、懐かしいな……。アイツも元気にしてるのか?」
『相変わらず、ルール第何条がどうのとか言ってるよ。
…………それより、カイト? 僕に連絡を寄越してきたってことは、また君も厄介事を抱え込んだのかな?』
何となくを察したらしいミリィ・レイスの言葉に「その通りだ」と戒斗は正直に頷き、そして大まかのあらましを彼女へ簡潔に話してみせた。自分が冴子の依頼で香港に滞在していること、その標的が北米の新興麻薬シンジケートのボス、リー・シャオロンであること。そしてそのシャオロンが、地元で急速に勢力を増してきた香港ヤクザ・紅頭の幹部として何故か君臨していること。
『……なるほどね、大体は察したよ。つまり僕は、そのリー・シャオロンとかいう男を調べれば良いのかい?』
「そういうことだ」戒斗が頷く。「その男と北米の麻薬シンジケート、そして紅頭の繋がりを調べて欲しい。出来ることなら、奴が出てくる会合の場所と日時も調べて貰えると助かる」
『早めに仕留めてしまいたい、というワケだね。分かったよ、こっちでもやってみる。報酬は冴子の方に請求すれば良いのかな?』
「多めにふんだくってやると良いさ」
戒斗が冗談っぽくそう言うと、ミリィも電話口の向こうでフッと笑い。『分かったよ、やってみる』と最後に言い残すと電話を切った。
電話が切れたのを確認すると、戒斗はふぅ、と小さな息を漏らしながらスマートフォンを耳から外し、そして画面を落とす。懐に仕舞って目の前の窓から見えるセントラル地区の夜景を眺めていると、背後の浴室から聞こえてくる水音がいつの間にか消えているのに気が付いた。
「……電話、終わった?」
そして、そんなエマの声が聞こえてくる。戒斗が振り返ると、そこにはバスタオルで胸元から下までだけを隠したエマが、何処か遠慮するようにして彼の様子を窺っていた。
「終わったよ」と、戒斗。「それより、頭濡れてるじゃないのさ」
とすると、エマは「えへへ」と照れくさそうに笑う。そんな彼女の金糸みたいなプラチナ・ブロンドの短い髪はまだ濡れていて、真っ白な肌のあちらこちらにも、まだほんの少しの水滴が浮かんでいた。ぽかぽかと湯気を発しそうなぐらいに暖まっている。
「今から髪乾かすから、その後でカイトもお風呂、入る?」
「ん、そうするか」
浴室の方に戻っていくエマの背中を見送った後で、戒斗は再び窓の外へと眼をやり。そして、此処から望める香港の夜景を見渡した。
「……リー・シャオロンと北米の麻薬シンジケート、そして新興の香港ヤクザ"紅頭"……」
夜景を眺めるその瞳には、確かな覚悟と決意が宿っていた。リー・シャオロンを確実に葬り去るという、そんな覚悟と決意が……。




