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Execute.25:Perfume of the Death./男たちの挽歌⑦

「悪かったな親父さん、好き勝手暴れちまって」

 ワイシャツの襟とネクタイを締め直しながら戒斗はエマの傍に戻りながら、散々に散らかしてしまったこの店の店主らしい小柄な親父にそう詫びた。

「良いってことよ」と、にこやかな顔で親父。「寧ろ、こっちが礼を言いたいぐらいだ」

「礼なんて、そんな大層なことはしてない」

「兄さんは知らんだろうが、あの連中にはずっと迷惑してたんだ。アイツらにとっちゃ良いお灸になったことだろうよ」

「そうか」

 お互い満足そうに頷き合えば、戒斗は「ところで、さっきの飯代幾らだ?」と親父に訊く。すると親父は「金は要らんよ」と首を横に振ってくるから、戒斗も「そうはいかない」と引き下がらない。

「要らんよ、本当に要らん。折角の所にちょっかい掛けちまった迷惑料と、それに連中の説教料代わりさ」

「……良いのか?」

「俺が良いっつうんだ、良いんだよ」

 あまりに親父が一歩たりとて引き下がる気配が無いものだから、戒斗も諦めて「……分かったよ、俺の負けだ」と肩を竦め、結局はこちらが引き下がることになってしまった。

「それよりエマ、大丈夫か?」

「あ、うん。全然大丈夫だよ」

「怪我、してないか?」

「だから、大丈夫だって」

 振り向いた戒斗があちこちべたべたと触りながら、必要以上に身を案じてくれるものだから。エマは何歩か後ろずさりながら、頬を赤らめ何処か照れくさそうに言う。

「もう、カイトってば心配しすぎだよ。僕なら大丈夫だし、怪我もないから」

「本当か? ホントにホントだな?」

「うんうん、ホントにホント。もうっ、カイトってばらしくないよ?」

 それだけ言って、戒斗は漸く納得してくれたのか。エマの傍から離れると「なら、良かった……」と心の底からの安堵の息を漏らした。

(……ホント、心配性なんだから)

 ことエマのことだけに関しては、戒斗は病的なまでの心配性を発揮することが多々あった。エマは少しばかりやり過ぎなようにも思っていたが、しかし彼のそんな過剰な心配性の裏に隠れているものを知っているからこそ、敢えて何も言わなかった。

 ――――彼は、今までに何もかもを喪いすぎている。

 大切な家族も、戦友も、師匠も。そして愛していたという女の子……長月遥という()でさえ、彼は喪ってしまった。戦いばかりの人生の中で、それでも腕の中からは掻き抱いた筈の何もかもが零れ落ち。絶望の果てに得たものがこの自分、エマ・アジャーニだと前に戒斗は言っていた。

 故に、彼はことエマに限っては、ここまでに病的な心配性を発症してしまっているのだ。ほんの浅い切り傷でも慌てふためき、ただの軽い風邪でもこの世の終わりみたいに騒ぎ立てる。それが全て彼自身の元来の優しすぎるほどの心根と、そして喪いすぎた今までの辛すぎる経験から来ていることを、エマは知っている。

 だからこそ、エマは彼のそんな心配性を少し行き過ぎに思いつつも、しかし心の何処かでは嬉しく、そして愛おしくも感じていた。自分を此処まで愛し、そして大切に想ってくれる彼に対して。

 しかし同時に、こうも思っていた。彼を此処までにさせる壮絶な経験を、出来ることなら理解し、そして分かち合って行きたいと。彼の背負う十字架を少しでも肩代わりし、そして付き添ってやりたいと……。

 出来ないことだと、そんなことは不可能なことだとは分かっている。分かっていても、エマはそう思って仕方がない。彼の背負うモノはあまりに大きく、そして重すぎるモノだから……。

「ところで親父さん、ちょっと訊きたいんだが」

 そんなことをエマが思っている間、戒斗はふと気になったことがあって親父に質問を投げ掛けていた。

「前に来た時は、幾らちょっと奥の方だからって此処まで酷い治安じゃなかった。……何か、あったのか?」

「兄さん、アンタが来たのはどれぐらい前だ?」

「かなり前だ」と、戒斗。「もう何年も……五年? もう少し経ってるような気もする。十年まではないはずだが」

「ここ何年かだな、この辺の治安が酷くなってきたのは。

 ……兄さんが明らかにカタギじゃ無さそうだから言うが、紅頭(ホン・タウ)って連中を知ってるか?」

「いや、聞いた名じゃない」

「ここ数年で一気に勢力を拡大してきた黒社会のヤクザだよ。ボスは確か……リー・シャオロンっつったっけか?」

「っ!?」

 ――――リー・シャオロン。

 まさしく、戒斗が香港へやって来た最大の原因。冴子に抹殺を依頼された、北米の麻薬シンジケートのボスの名だ。

「……そのリー・シャオロンについて、何か知ってることはあるか?」

 こんなところで、まさか奴の名が出てくるとは思わなかった。戒斗は驚きと思わぬ収穫に緩む顔を見せまいとポーカー・フェイスを気取りつつ、あくまで神妙な顔で親父に問うてみた。

「なんでも、元は北米の方の麻薬組織のボスだったって話は聞いたことがある。なんでまたそんな男が香港に戻ってきて、こっちのヤクザなんかやり出したのかは知らねえが……。

 とにかく、忠告しとくよ兄さん。リー・シャオロンには関わらない方がいい。奴に取り入ろうとした奴、奴の弱みを握ろうとした香港警察の秘密捜査官、既に何人も奴の周りで不審死が上がってる」

 親父の神妙な顔は、とても嘘を言ってるようではなく。その言葉が――少なくとも噂を聞いた親父にとっては真実であることが表情から既に溢れ出していた。

(リー・シャオロンと紅頭(ホン・タウ)……。麻薬密輸と孤児の収集、北米の中堅麻薬シンジケートと新興の香港ヤクザ……)

 頭の中で並べた情報を反芻してみても、点と点はまだ一本の線では繋がってくれない。思わぬ収穫ではあったが、しかし全ての点を繋ぎ合わせるには、まだ決定打に欠けていた。


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