Execute.21:Perfume of the Death./男たちの挽歌③
ルーシィの元を離れた戒斗はエマを連れ、大量の武器弾薬を抱えたポルシェ・911カレラを再び走らせると、また例の海底トンネルを潜って香港島の方へ戻っていった。
そして一度宿泊先のフォーシーズンズホテル・香港へと戻り、ボストンバッグなんかに詰めたり分解したりして巧妙に隠した武器弾薬を部屋へと運び込んだ。凄まじい量だったが、そこはホテルボーイにチップを弾み手伝わせることで事なきを得る。
少しだけ疲れた様子のエマを部屋で休ませつつ、戒斗はスーツジャケットの下、ワイシャツの上からショルダーホルスターを背負い、その左脇のホルスター部分へとCZ-75コピーのNZ-75自動拳銃を突っ込む。ガーバー・マークⅡも上手い具合に鞘をショルダーホルスターの右側ぐらいへ、グリップを下に向ける形で括り付けておいた。本当ならば拳銃は一度分解清掃して馴染ませてから使いたいところだが、護身用程度に持ち歩く必要があるから必要ない。
「…………」
その、左脇に吊す拳銃の重みを。昨日一日は忘れ去っていたはずのその重みを感じながら、戒斗は無言で瞼を閉じた。
――――コイツを一度握れば、もう後戻りは出来ない。
嘗て、師たるリサ・レインフィールドが言っていた言葉を思い出す。一度銃の重みを知ってしまった人間は、もう後戻り出来ないのだという彼女の言葉を。
「こんなこと、今更になって考えちまうなんてな」
二度と引き返せない、そう決めて、そして覚悟したはずの道だった。それでも構わないと歩み出した道のはずだった。
しかし、何故だろうか。今になって、何故だか無性に切なくなってくる。一瞬だけ忘れていたこの重みを肩に感じ、そしていなくなった彼らのことが脳裏に過ぎれば、今更になってこんな考えが湧き上がってしまう。
自分は、彼らに何をしてやれただろうか。今から、死んでいった彼らに何をしてやれるのだろうか。それを思うと、進みかけていた足は止まり、腕からは力が抜けていくのが分かる。
――――何故、俺がだけが未だにのうのうと生き続けている?
戒斗を責めるのは、激しい後悔と自責の念。あの時ああしていれば、ああ動けば彼らは死なずに済んだのではないかと。あの時ああしなければ、彼らが死ぬことなんてなかったのではないかと……。
「……カイト?」
と、戒斗がそんなことを考えてしまっていると。背後から聞こえてきたエマの透き通った声音で戒斗はハッとする。
「……大丈夫?」
振り返ると、エマが案ずるような顔をして立っていた。片足を小さく踏み出しながら、しかし戒斗に近寄るのを躊躇うようにして立ち止まり、彼女がそこに立っていた。
「君の背中が、なんか思い詰めてるみたいだったから。……ごめんね、少し心配になった」
そして戒斗の顔を見ると、やはり彼を案じてエマは近寄ってくる。一歩ずつ、丁寧に踏みしめるようにして。
「本当に、大丈夫……?」
立ち尽くす戒斗のすぐ傍まで歩み寄り、そして彼の左手をそっと両手で包み込むようにしながら。小さく彼の顔を見上げたエマの浮かべる表情からは、彼女が心底案じてくれているのだということがありありと伝わってくる。
「……何でもない、ちょっとボーッとしてただけだ」
――――そうだ、此処で立ち止まるワケにはいかない。
今もし、自分が此処で立ち止まってしまえば。その瞬間にきっと、戦部戒斗という男は死んでしまうのだ。死んでいった者たちの、彼らが託してくれた想いを無にして、此処で無為に死んでしまうのだ。
それだけは、あってはならない。あってはならないのだ。それは即ち、リサやウェズ、優衣や皆が託してくれた想いを全て無に帰すことになってしまう。彼女の……遥の想いでさえも。
だから、戒斗は此処で立ち止まるワケにはいかないのだ。全てをやり遂げた後、辿り着くはずの場所へ往くまでは。彼女を、エマ・アジャーニをそこへ連れて行ってやるまでは、戦部戒斗は立ち止まることはできない。そして、立ち止まらないのだ。全ては己の背負う、散っていった彼らの生命を無駄にしない為に。エマ・アジャーニを、今度こそ手を放さないままに連れて行ってやる為に…………。
「それより、そろそろ行くとしよう。昼も近いし、腹も減ってきた頃だろ?」
故に、戒斗は彼女にほんの僅かな笑みを見せてやる。心配そうに己を見上げてくる彼女の頬に、そっと右の指先で触れながら。
「……うん、分かった。これ以上は訊かないよ」
すると、エマもまた何かを察したようで。少しの間だけ俯いて眼を伏せると、コクリと微かに頷く。
「じゃあ、行こっか。楽しみだなぁ、僕もうお腹ぺこぺこだよ……」
「香港は初めてだろ? 良い店知ってるんだ、まだ残ってればいいけど」
「あ、ホントに? じゃあエスコートお願いしちゃおっかな。ね? カイトっ♪」
「はいはい、お任せを。香港なら俺の庭みたいなもんさ、行きたいトコがあれば何処へだって連れて行く」
だからこそ、彼は足を止めずに歩き続けるのだ。だからこそ、彼は再び銃把を握るのだ。
「うんっ♪」
――――全ては、この笑顔を護る為に。全ては、彼女の望むがままに決着を付けんが為に。




