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Execute.19:Perfume of the Death./男たちの挽歌①

 運命の歯車が一気に回り出した切っ掛けは、余りに唐突な出来事からだった。

 冴子からの依頼で、黒沢鉄男の名義で戒斗はエマを連れて香港へと飛んだ。目的は北米の巨大麻薬シンジケートを仕切る麻薬王こと、中国系アメリカ人のリー・シャオロンの抹殺だ。

 ――――リー・シャオロン。

 先述の通り、北米で近年急成長を遂げた麻薬シンジケートのボスだ。元締めは香港三合会とも言われているが、実情は不明。冴子の調べによると三合会との関わりは無いというものの、取引自体は存在するということらしい。

 組織自体はありふれた麻薬シンジケートといった感じだが、問題はリー・シャオロンの趣味の方だ。簡単に言ってしまえばバイの小児性愛者とでも言えば分かりやすいのだろうか。世界中の孤児院から非合法で孤児たちをかき集めては、趣味で戦闘要員にしたり、或いは男女問わず娼婦の真似事をさせたりとやりたい放題。日本国内でもかなり以前より数名の孤児が連れ去られていたものの、ここ最近ではあまりに量が増えてきている。それを懸念して、冴子が事態の処理を戒斗に依頼したのだ。

 このテの仕事ならば、確かに元C.T.I.Uトップエージェントの彼に任せるのが適任だ。金払いも良く、もしかすればリー・シャオロンは例の二人を知っているかも知れないとすら冴子は仄めかしていた。

 だからこそ、戒斗は二つ返事で依頼を請ければ、すぐさまエマを連れて香港へ飛んだというワケだ。二人の手掛かりが得られるのならばと、藁にも縋る思いだった。

 とはいえ、今回は香港の観光も兼ねている。エマを連れて来たのも、たまには彼女にだって息抜きをさせてやりたいという戒斗の想いからだった。

 宿泊先に選んだのは、香港島の香港駅そばにあるフォーシーズンズホテル・香港。香港でも最高級ホテルの一つに数えられる場所で、多方面へのアクセスも比較的悪くない立地だ。

 母国語のフランス語は元より、加えて英語と日本語を少々といった具合なエマは広東語を喋れないからか少し不安げな様子だったが、しかし戒斗が広東語を使いこなせることで問題はクリアしていた。エージェント時代の語学教育がこんなところでも役に立ったというワケだ。

 香港に到着したその日はさっさとホテルにチェックインし、部屋で疲れた身体を休めることにした。武器も何も無い手ぶらなので少しばかり不安要素は残るが、しかし素手でも十分に戦える自信はある。

 戒斗は着慣れたオーダーメイドのスーツをバシッと着こなし、そしてエマはちょっとしたドレスなんかで着飾ってみせて、その日のディナーはホテル内にある広東料理のレストランへ赴くことにした。

「……うぅ、何かこういうのって着慣れないから、ちょっと恥ずかしいな……」

 そんな広東料理レストランへと向かう道すがら、戒斗に手を引かれるエマはすれ違う宿泊客からちらちらと注がれる視線を勘違いして、何故か頬を軽く赤らめながら小声で戒斗に囁いてくる。

「エマが綺麗だから、皆見とれてるのさ」

 ぷるぷると子犬みたいに恥ずかしそうに震える隣のエマに向かって、戒斗が小さくはにかみながら悪戯っぽくそうやって言ってやると。するとエマは何故か「……うぅ」と頬を膨らませてしまう。

「ホントは、カイトにだけ見せたいんだけどな……」

 何処か不満げにエマがそんなことを呟いている内に、二人は広東料理のレストランへと到着していた。





 そこで一通りのディナーを終えた後、そのままの流れで二人はホテル内のバーを訪れる。

 隅っこの方のカウンター席に二人並んで陣取り、戒斗はジャック・ダニエルの水割りを、エマはカシス・オレンジのカクテルをバーテンに注文した。

「……うん、おいしいねこれ」

「だろ?」隣でカシス・オレンジの甘いカクテルを啜るエマを横目に、水割りのグラスを傾けながら戒斗が小さくはにかんだ。

「まだエマはそこまで酒慣れしてないからな。それぐらいが丁度良いかと思ったんだ」

「えへへ、もしかして気使わせちゃったかな?」

「使って当然、だろ?」と、照れくさく笑う隣のエマに戒斗が言う。「折角香港くんだりまで来たんだ、仕事以外は楽しく過ごしたい」

「……そうだね。うん、その通りだ」

 カシス・オレンジを啜りながら、エマが自分を納得させるように何度も頷くのを見て、戒斗は「何か、気になることでもあるのか?」と問いかける。するとエマは「……少しだけ」と頷いて、

「なんだか、今回の仕事は少しだけ嫌な予感がするんだ」

「嫌な予感?」

「うん」頷くエマ。「根拠なんて無いんだけれど。でも、僕の勘は不思議と当たるんだ」

 勘というモノが存外侮れないモノであることを、戒斗は長すぎる戦いの経験で嫌というほどに知っていた。だからこそ戒斗はそんな、何処か心配げに俯く彼女に向かって「そうか」と素直に頷いてやると、隣の彼女の頭の上に掌をポンッと置いてやる。

「エマがそう言うなら、俺も肝に銘じとくとしよう」

 そして、彼女の透き通る金糸のような髪をそっと撫でてやりながら。「えへへ……」なんて照れくさそうに笑う隣のエマを慈しむような視線を向け、戒斗は彼にしては素直すぎるような一言を口にした。

(こうして思うと、俺も丸くなっちまったもんだ)

 昔のことを思えば、エマと出会ってからの自分は本当に驚くほど丸くなったと戒斗はふと、そんなことを考えてしまう。今のこんな自分の姿を見せたら、リサの奴はなんて言うだろうか。きっと、ガハハなんて馬鹿笑いしながらバンバン背中叩いてくるんだろうな、なんてことを何の気無しに考えてしまう。

「フッ……」

 そんな、リサとの思い出を振り返りながら戒斗は小さく笑い。そしてふと思い立ってみれば、スーツジャケットの内ポケットへと手を伸ばした。

「? カイト、君って煙草なんか吸ったっけ?」

 彼が懐から取り出したものが、ラッキー・ストライク銘柄の煙草の箱だったものだから。それを横目に見たエマはカシス・オレンジのカクテルを啜りながら首を傾げ、率直な質問を彼に投げ掛けてくる。それに戒斗は「いや」と静かに首を横に振り、

「吸わないよ、俺はね」

 そう言いながら、同じく懐より取り出したいぶし銀のジッポーをカチンと鳴らし。そして指に摘まんだ煙草の先端に火を付けると、それをそっと手元の灰皿の上に立て掛けた。

 何処か、戒斗にとっては懐かしさを感じさせる紫煙の香りが、チリチリと焦げていく煙草の先端から副流煙となって立ち昇る。手の中に握り締めた古めかしいジッポーには、まだアイツの温もりが残っているような、そんな錯覚すらをも戒斗に抱かせた。

「……ラッキー・ストライク、タール11mg。アイツが好きだった煙草だよ」

「アイツ……?」

「そそ、リサ・レインフィールド。俺の師匠だった女さ。前にエマにも話しただろ?」

 何処か遠い過去の思い出に浸るような、そんな遠い眼をして戒斗が説明してやると、するとエマも納得したみたいに「そっか……」と深く頷いてくれた。

「カイトは、そのリサさんのこと、好きだったの?」

「好き……か」

 エマの問いかけに、戒斗は師の姿を脳裏に思い浮かべながら、ポツリポツリと答え始める。

「恋愛感情とは、少し違うかな。アイツは俺にとって母親代わりで、姉代わりで。それでいて師匠で、上司で、相棒で……。なんて言ったら良いか分からんけれど、とにかくアイツは、掛け替えのない奴だった」

 遠く悠久の想いに浸りながら、エマと二人で過ごす香港の初夜は更けていく。皆いなくなって、独り残された世界で。しかしそれでも、戒斗はまだ生き続けていた。

 ――――お前はお前の道を生きりゃあ良いんだよ、バカイトめ。

 漂うラッキー・ストライクの香りに混じって、そんな風にアイツが背中を叩いてくれたような、そんな気がした。

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