Execute.16:Reincarnation/出逢いの刻も雨だった
その日は、しとしとと雨が降り続いていたのを覚えている。
C.T.I.U.壊滅後、クリムゾン・クロウとの激闘の末に単独で奴らを壊滅へと追い込んだ戒斗は、独りフランスへと渡っていた。組織を潰しても尚、浅倉も暁斗も仕留めることが出来ないまま。完全に心が折れ、死に場所を求めるようにして世界をフラつき回っていた彼が最後に辿り着いたのが、フランスだったのだ。
フランスの首都・パリで暫く過ごしている内に、戒斗は偶然にも道端で一人の少女と出逢った。雨が降り続く中、彼女は独り傘も差さずに裏路地へ佇んでいて。アイオライトのような眼は虚ろに、そして綺麗なプラチナ・ブロンドの短い髪を雨に濡らし、俯きながらそこに立っていた。
「……君は、そこに居るの?」
普段なら、きっと放っておいたのだろう。しかしその時の戒斗は、何だか彼女の姿が今の自分に重なって見えてしまい――――。
「……何があったかは知らない。だがそのままだと風邪を引く。事情は後で訊くよ」
結局、一旦彼女を自分の隠れ家に連れ帰ることにしてしまった。
その当時の戒斗の隠れ家は、六階建てぐらいのボロアパートの一室で。まさに彼のような人間が隠れ潜むのにはうってつけといった、そんな趣の一室だった。
そこで彼女にまずはシャワーを浴びさせて冷えた身体を温めさせ、その後で「男物で悪いが」と一言詫びてから、彼女に自分の余っていた服を貸し与えた。
「……ありがとう。優しいんだね、君は」
戒斗に貰った少しサイズの大きな服を着て、その裾を大事そうに抱き締めて。そして初めて彼女が言ってくれたその言葉は、何故だか今でも覚えている。
その後、エマ・アジャーニと名乗った彼女にあらかたの事情を訊いた。自分の家族がある日突然、飛行機事故に巻き込まれて死んでしまったこと。その中で自分だけが唯一生き残り、そして途方に暮れてああしてパリ市内を彷徨っていたのだという。
「飛行機事故……」
そんな彼女の事情に、戒斗は不思議とデジャヴを感じていた。濡れた子犬のように縮こまる彼女を見ていると、何だか昔の自分を思い出してしまう。焔の記憶、家族全員を一挙に喪い、途方に暮れていた頃の自分と重ねて見えて仕方がない……。
このまま帰すのも何だか後味が悪く思ったので、戒斗はそのままエマ・アジャーニを引き留め、暫くの間隠れ家に匿うことにした。
その間に、ほんの少しだけ生き残っているコミュニティを駆使し、エマの過去に関しての情報を徹底的に洗い出した。その結果判明したのは、衝撃の事実だった。
――――エマ・アジャーニの家族が死んだ飛行機事故にも、浅倉・暁斗の両名が関わっている疑いがある。
エマの父親もまた、クリムゾン・クロウと敵対する人間だった。フランス国家憲兵隊の特殊部隊、国家憲兵隊治安介入部隊GIGN。その重要ポストに就く一人が、彼女の父親だった。
今となっては、エマの父親が何を握っていたのかは分からない。しかし分かることは一つだけあった。彼女の一家が乗っていた飛行機を事故に見せかけて撃墜し、そして彼女から幸せを奪い去ったのもまた、浅倉と忌むべき弟・暁斗の仕業なのだと……。
「エマ、俺は君に謝らなきゃならない」
その後、戒斗は全ての真実をエマに打ち明けた。飛行機事故の真相を、そして戦部戒斗という男の生涯を。戦い続けてきた、血に濡れた日々のことを、何一つ包み隠すことはなく。
何故、エマに自分のことまで話そうと思ったのかは分からない。ただの気まぐれかもしれないし、彼女に対して妙なシンパシーみたいなものを感じたせいかもしれない。本当の理由は戒斗自身にも分からないが、しかし戒斗は自分でも驚くほど正直に、彼女へとコトの顛末を話してしまっていた。
「……君は」
話を終えると、エマはその綺麗なアイオライトみたく蒼い瞳から涙を流していた。
両親の死の真相を知ったからだと、戒斗は思っていた。しかしエマは違うと首を横に振り、そして立ち上がれば、彼をそっと自分の胸元へと抱き寄せてきた。
「ずっと、一人きりで戦ってきたんだね……」
彼女は、自分の両親の死の真相よりも、戦部戒斗という男の生き様に涙を流してくれていた。そして戒斗は気付いてしまった。話をしている内に、自分でも気付かぬ内に自分もまた、その瞳から涙を流してしまっていることに。
それを自覚すれば、今まで押し殺していた感情が吹き出すのは必定だった。家族の死、愛していた師の死。背中を預け合った戦友や、仮初めの平和な日常を共に過ごした友の死。信頼していた腐れ縁の上司に馴染みのガンスミス、親身になって気遣ってくれた担当医の死と、最愛の女の死。そして何よりも、信じていたはずの弟に裏切られ、殺し合うことになってしまった運命を呪う慟哭。それら全ての感情が複雑に入り交じれば、流れ落ちる涙と、唸るような、叫ぶような泣き声となって身体の外へと飛び出してしまう。
しかし彼女は、エマ・アジャーニはその全てを華奢な、しかし確かな母性を感じさせるその胸で受け止めてくれた。自分だって哀しいはずなのに、悔しいはずなのに。それでも戒斗の半生に共感し、同情し、そして哀しみを分かち合い。その全てを理解した上で、彼の押し殺していた感情全てを受け止めてくれた。
「……カイト、僕も君の傍に居させて。君の復讐に僕の復讐も乗せて、最後まで君の戦いを傍で見届けたい」
その言葉は、彼にとって何物にも勝る救済だった。血ばかりを流してきた壮絶な半生の末、何もかもを犠牲にしてきた末。その末に彼が巡り逢った救済――――それこそが彼女、エマ・アジャーニだった。




