Execute.136:STRIKE ENFORCER./散華の残香⑤
それから、四人――と、一人は場所をさっきのオフィス・ルームへと移し。車椅子に座ったままのアールグレイを傍らにソファにちょこんと座るソフィアに、戒斗は今までのことを話していた。ザッと掻い摘まみながらも、今度は自分の方から、彼女に。先程のお返しのように、今まであったことをソフィアに、そして隣で虚空を眺める彼の二人に、戒斗は話していた。
「……そう、ですか。そんなことが」
遥やリサ、あの時自分の周りに居た殆どが死んでしまったこと。C.T.I.Uが壊滅し、たった独りで世界中の"クリムゾン・クロウ"を潰して回ったこと。自暴自棄になっていた頃、今も隣にいる彼女――エマ・アジャーニと出逢い、それから今日までのこと。
そんなことを話し終えると、ソフィアは懐かしむような、哀しむような。そんな複雑な色の表情を可愛らしい顔に浮かべて、ポツリと呟く。
「遥ちゃん、いなくなっちゃったんだ」
「……俺が、不甲斐なかったばっかりに」
「自分を責めるべきじゃないよ、戒斗さん。自分を責めたところで、もう戻ってこないんだから。生きている以上、生きている私たちは生き続けないといけないから」
普段なら、こんな言葉を投げ掛けられたら、きっと怒っていただろう。
でも、今のソフィアの言葉に、戒斗は自然と怒る気分にはなれなかった。寧ろ、染み渡ってくる。彼女の言葉の裏に、確かな実感と重みが感じられていたから。ソフィアの言葉に、決して軽薄さはなかったから。だから、戒斗はソフィアの言葉に怒りを覚えることはなく、ただただそれを胸の奥に滲ませていた。
「……でも、残念だな。前にグレイがさ、もしも遥ちゃんにまた逢う機会があったら。その時はシノさんの刀、あの娘にあげようって。そう、確かに言ってたんだけれど」
ソフィアは言いながら、チラリと事務所の一角を視た。
そこは目立たない部屋の隅だったが、しかし戒斗は確かにそこに見た。刀立てと、埃まみれで立て掛けられた一振りの日本刀が、今も大事そうに飾られているのを。
「日秀天桜――――」
「ふふっ……覚えててくれたんだ」
何気なしに、戒斗がその刀の銘を口にすれば。ソフィアは懐かしそうに、嬉しそうに。久しく耳にしなかっただろうその銘を聞いて、小さく微笑んだ。
「ずっと、此処にあるんだ。シノさんの見よう見まねで、油を差し直すぐらいの手入れはたまにしてるから、錆はあんまり無いと思う」
「刀は湿気に弱い、抜くなら乾燥した日に抜くのがベストだ」
「それ、シノさんも言ってた」
ソフィアはまた微笑んで、
「……良かったら戒斗さん、持って行く?」
と、その刀――今は亡きシノ・フェイロンの遺品、日秀天桜を見ながらで、意外なことを戒斗に提案してきた。
だが、戒斗は「いや、いい」と即座に首を横に振り、その提案には乗らなかった。俺には受け継ぐ資格はない、と言って。そして戒斗は、その後でこうも言った。
「それに……俺以上に、この刀を受け継ぐべき奴が、他に居るんだ」
「へぇ、そんなヒトが」
「きっと、機会があれば必然的に巡り逢う。そういう運命なら、アイツは必ず此処に来るはずだよ。――――アインは、きっと」
――――アイン。
今は、畑貴士か。でも戒斗にとっては、アインはアイン以外の何者でもない。だから、彼はアインだ。
アイツの口振りから察するに、幼少期のアインの前に現れたっていう、彼曰くヒーロー。その二人はきっと、シノ・フェイロンと……そして、今目の前に居るアイツ、アールグレイ・ハウンドに違いない。
そんな確信があったからこそ、戒斗はソフィアにこんなことを言っていたのだ。そんな確信があったからこそ、戒斗はあの時。香港での二度目の別れ際、選別としてアインにあのジッポーを譲ったのだ。アールグレイ・ハウンドの名が刻まれていた、嘗て彼から譲り受けた、あのジッポーを。
「……うん、戒斗くんたちの事情はよく分かったよ」
戒斗が記憶の中にあるアールグレイと、そしてアインの姿を重ねていれば。ソフィアはうんうんと独りで勝手に頷いてから、目の前の三人に改めて向き直り、言った。
「浅倉と、それに戒斗くんの弟さん。暁斗……だっけ? 彼らがこのシカゴに居るのだとしたら、私たちにとってもちょっと厄介なんだ」
「……! ってことは、ソフィア」
身を乗り出す戒斗に、ソフィアは「うんっ」と頷き肯定する。
「この場所の所長代理として、ううん……この街を愛している一人として、見過ごしてはおけないよ。
だから、私も貴方たちに協力する。この、なんでも屋アールグレイ所長代理――――ソフィア・エヴァンスがね」
そう言った彼女の浮かべる笑みは、嘗てでは想像も出来なかったほどに渋く、頼り甲斐があり。そして……何処か、一抹のハードボイルドな雰囲気すら漂わせているような、そんな頼り甲斐のある笑みだった。
「ありがとう、ソフィア。恩に着る」
「ううん、いいの。これは私の意志で協力することだけれど。でも、きっと……グレイが起きてたら、同じことをしただろうし」
そうだ、これ渡しておくね――――。
ジャケットの懐に手を入れると、ソフィアは一枚の名刺を戒斗に手渡してきた。なんでも屋アールグレイの名前と連絡先、そして"所長代理"として、ソフィア・エヴァンスの名が刻まれた名刺を。
それを戒斗は「助かる」と言って、ソフィアの手から受け取り。受け取った名刺を一瞥すると、スッと自分の懐に収めた。
「ふぅ……」
そうしている間にも、ソフィアは懐を弄ったついでなのか、いつの間にやら煙草を吹かし始めていた。瑞々しく小振りな唇に、不釣り合いなほど無骨な紙巻きの煙草が咥えられている。
よくよく匂いを嗅いでみれば、どことなく戒斗にとっても懐かしいような紫煙の匂いだった。
そうだ、確かこの銘柄はラッキー・ストライク。戒斗の師だったリサ・レインフィールドが愛飲していた銘柄に違いない。
そして、それと同時に……彼女の傍らで、今も虚空を眺め続ける彼。アールグレイ・ハウンドが好んで吸っていたのと、同じ銘柄の香りでもあった。
「……ねぇ、エマちゃん……で、良かったよね」
二、三回ほど紫煙を深々と吸い込んでから、ソフィアは手近に手繰り寄せた灰皿の上に、咥えていた煙草を一旦置き。そうすれば、エマと視線を交わし合いながらで、彼女に語り掛け始める。
「うん。……何かな、ソフィアさん」
「ソフィアで良いよ、他人行儀はむず痒いからさ」
「じゃあ、ソフィア」
「うんうん、それで良いよ」
敢えて自分のことを、ファースト・ネームでエマに呼び捨てで呼ばせて。フッと笑いながら満足げに頷いた後、ソフィアは言葉を続けた。いやにシリアスな顔で、彼女に諭すような口調で。
「この先、貴女たちに何が起こるか。そんなものは誰にも分からない、分からないんだよ。戒斗さんは無敵のA-9200だけれど、でも一歩間違えれば生命を落としてしまう。……それが戒斗さんとグレイ、私とエマちゃんが踏み込んでる世界なんだ」
「……分かってるよ、分かってるつもりだ」
「だよね、私もそう思ってた。
――――私とエマちゃんは、何となく似てるから。だから、言わせてね。「この先、どう転んでもおかしくない」って」
囁くような声音で紡ぎ出す、そんなソフィアの言葉には。自身が嫌というほどに味わってきただろう、苦く哀しすぎる経験に裏打ちされた、確かな重みと説得力があった。
故に、エマは反論できなかった。カイトを信じていると、カイトなら大丈夫だと。そう言い切りたかったはずなのに。しかし自分と似ているとソフィアに言われ、それも言うことは叶わなかった。似ているというソフィアの言葉の意味に、エマはあまりにも納得を覚えてしまっていたから。
「だから、エマちゃんには、毎日を大切にして欲しい。大好きな戒斗さんとの、一秒一秒を大切にして欲しいんだ。エマちゃんの気持ちのままに、正直になって」
「自分の気持ちに、正直に……」
「……それに気付いた時、私は遅すぎたから。グレイに言いたかったことも、してあげたかったことも。全部、言えなくなっちゃったから。言っても、伝わるか分かんなくなっちゃったから」
でもね、エマちゃん――――。
「生きていれば、生きてさえいれば、出来るんだ。お互いに生きてさえいれば、言いたいことも伝えられる、やってあげたいことも全部してあげられる。可能性は、消えたワケじゃない。
――――だから、私は諦めないよ。グレイの居場所を守って、グレイのことも護って。いつか、いつの日か。いつもみたいに馬鹿面下げたグレイが、私のところに還ってくる日まで。それまで、私は諦めない。
……出来ることなら、今の言葉を。エマちゃんには、どうか覚えていて欲しいな。出来ればで、可能ならで良いんだ。……私と同じ思いを、貴女にまで味合わせたくはないから」
最後の言葉は、最後にソフィアがエマの為にと紡ぎ出した言葉は、願いや祈りとあまりに似た響きだった。
「……分かったよ、ソフィア。刻んだよ、貴女の言葉」
だからエマは、彼女の言葉を胸に深く、深く刻みつける。彼女の為に、そして戒斗の為に。業を背負いながらも尚、前を向いて生き続けている彼女の、その想いを受け取るように。
「護るんだ、私に居場所をくれたように。今度は私が、グレイを護る」




