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Execute.134:STRIKE ENFORCER./散華の残香③

「勘弁、してくれよ」

 車椅子に横たわるようにして力なく身体を預けている、見知った男の姿。アールグレイ・ハウンドの姿を見れば、戒斗はただただ絶句し、言葉を失い。泣きそうにさえなりながら、立ち尽くしたまま。その場から、一歩たりとも動けなかった。

「これが、貴方の視るべきもの。……グレイの、今の姿だよ」

 そんな風に立ち尽くす戒斗を、敢えて突き放すようなことを言って。ソフィアはするりと彼の横を通り抜けると、車椅子の彼の傍へと近寄っていく。

「貴方の目の前にあるもの。これが私たちの辿った、結末です」

 言いながら、ソフィアの指がそっと、背中越しにアールグレイの頬に触れる。少しだけ伸びてきた無精髭がチクリチクリと細かく刺さるのも気にしないまま、ソフィアの指先が彼の頬をすっとなぞった。

 それでも、アールグレイはピクリとしか反応しない。生きてこそいるが、昔の雰囲気はもう見る影もなかった。

「……植物状態、とは違うようだね」

 とすれば、言葉を失い絶句する戒斗の横に立ち。今まで沈黙を貫いてきていたクララがそう、半分独り言のように呟く。ソフィアはそれに「ええ」と頷き肯定して、

「そこまでのモノでは、ありません。生きてはいますし、支えてあげれば、何とか立つぐらいのことは……頑張れば、出来ます」

「……どういう、ことなんだ」

 クララの声が近くで聞こえてきたことで、少しだけ戒斗は我に返り。混濁する思考の中で、やっとこさソフィアに問いかける言葉を……ほんの短く、しどろもどろにだが、紡ぎ出すことが出来た。

 すると、ソフィアは「色々と、あったんです」と小さく眼を伏せ。

「少し、長話にはなりますが」

 そして、戒斗たちに語り始めた。今となっては遠い過去の、しかし忘れられない昔話を。





 ――――グレイのことは、色々とありましたけれど。戒斗さんたちが多分知ってるだろう範囲の話は、敢えて割愛させて貰いますね。

 でも、一応この辺りの話だけは、話しておきます。忘れているといけませんからね。

 ……グレイは昔、陸軍の特殊部隊に居ました。表に出てこない、影の部隊"ハウンド"。タスクフォース57みたいなのと同じように、表沙汰に出来ないような非正規作戦(ブラック・オプス)、中でも汚れ仕事(ウェット・ワーク)を主にしてきた部隊です。

 その部隊の副官、ジェラルド・キルヒマン。グレイにとって、あまりに因縁の深すぎる男でした。……そして、私の、ソフィア・エヴァンスの叔父でもありました。

 叔父さん……ううん、あの男のせいで、私たちは沢山の大事なモノを喪いました。シノさんやヘルガさん、それにキッドも。他の人たちだって皆、あの男に奪われたんです。あの男の抱いていた、馬鹿すぎる御伽話の為に。皆、いなくなってしまった。

 ……でも、グレイは頑張ってたんです。頑張って頑張って、あの男を追い詰めて。そして……殺しました。グレイが、ひとりきりで。

 でも、私は。あの時の私は、あまりに弱かったから。だから、何も出来なかった。何も出来なくて、今の今までただただ悔やんでばかり。情けない話ですよね、本当に。自分でもそう思います。あの頃の私は、グレイに護られてばかりで。弱くて、どうしようもないほどに弱すぎたんですよ。

 …………っと、グレイがなんで、こうなったかって話でしたね。ごめんなさい、話の腰を折って。

 グレイがこうなった理由(わけ)なんですけれど、別にそこまで難しい話じゃありません。ややこしい話でもありません。

 ――相打ち、です。

 ボロボロになって、あちこち傷だらけになって。そうしてあの男と殴り合った末に、全く同じタイミングで銃を撃ち合ったんです。

 あの男は、当然死にましたよ? 姪の身分で言うのも変ですが、あの男に相応しい……ジェラルド・キルヒマンに相応しい、惨めな最期でした。

 ……でも、でもですよ? グレイも、駄目だったんです。ただでさえ何発も貰って、怪我も沢山して、ボロボロだったのに。そこにまた、三発も撃ち込まれたんですから。今もこうして生きているのが、奇跡なぐらい。

 怪我の方は、アンジュ先生が頑張って治してくれました。身体の方は大丈夫です。

 けれど……意識は、未だに戻っていません。アンジュ先生曰く、身体的な深すぎるダメージと、精神的な負荷が重なりすぎた為の症状らしいですけれど。でも、アンジュ先生にも詳しくは分からないみたいで。

 ――――ええ、そうです。私の昔話は、これでおしまい。グレイがこうなったのは。今から大体、三年半とちょっと前の話です。

 なんだか、随分と遠くに来ちゃったなって。ふと、たまにそう思うことも、ありますけれど。

 でも、私は生きています。グレイだって、生きてます。いつか、グレイも目を覚ましてくれますよ。ある日突然起き出してきて、いつもの調子で私に言うんです。「ガキにはまだ早えーよ」、なんてね。

 それで、私は言うんです。「私はこれでも、立派な成人女性なんです!」って。昔みたいに、言い合うんです。皆、いなくなってしまったけれど。それでも、私たちは生きているんですから。生きていれば、いつかこんな風に笑い合える日だって、必ずもう一度やって来ます。私はそう、信じていますから。

 ……なんてね。別に後ろ向きになってるワケじゃありませんよ? 私は今を生きていますから。今を、グレイと一緒に。護られてばかりの私だったから、今度は私がグレイを護っていこうって。

 だから私は、もうグレイから離れないって決めたんです。もう、護られるだけの私じゃないから。一緒に歩いて行こうって、決めたんです。どんな形でも、グレイと一緒に――――。

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