Execute.133:STRIKE ENFORCER./散華の残香②
「どうぞ、インスタントで申し訳ないですけれど」
ソフィアに扉の向こう側、事務所に招かれた戒斗たち三人が応接用の黒い革張りソファで横並びに座っていると、手早く用意したコーヒーカップたちを盆に乗せたソフィアが、三人の前に熱々の珈琲が注がれたそれを出してくれる。
「悪いな、気を遣わせて」
軽く詫びる戒斗に「いえ」と言って、ソフィアは自分用のカップを伴い、戒斗たちの真正面、対面になるソファへと小さく腰掛けた。
無言のまま、四人揃って熱いカップに口を付ける。ソフィアはインスタントと言っていたが、中々に味わい深いような印象の珈琲だった。そこまで珈琲の好きでない戒斗でも、割と飲めるほどに。
「……生きて、いたんですね。戒斗さん」
「ああ」ポツリと呟くように口を開いたソフィアに、戒斗はカップを置きながらで小さく頷いてやる。
「貴方は、てっきり死んじゃったものとばかり。専ら、そういう噂でしたし」
「色々と込み入った事情があってな、俺……A-9200の死亡説を流さないと、本気で危なかった」
「でしょうね」
フッと儚く笑って、ソフィアは相槌を打つ。
「……"クリムゾン・クロウ"は?」
「知っての通りだ、ほぼ俺が叩き潰した。……でも、まだやり残したコトがある」
「浅倉、でしたっけ。あの男をまだ」
「そういうことだ」
「やり残したコトの為に、貴方はまた此処に……シカゴに、戻ってきたと。戒斗さんは、そう仰りたいので?」
「相変わらず、ソフィアは理解が早くて助かるよ」
肩を透かして、戒斗は肯定した。また一口、カップに口づけて珈琲を啜る。
「…………ざけ、ないで、ください」
が、ソフィアは一瞬俯いて。膝の上でぎゅっと両手を握り締めれば、
「――――ふざけないでくださいよっ!!」
次の瞬間には、戒斗に向かって甲高い怒鳴り声をソフィアは上げていた。
「ソフィア……!?」
「ふざけないで、ふざけないでくださいよっ! 今更、今更になって生きてただなんて! 今更……今更、どのツラを下げて、私たちの前に現れたりなんかしたんですっ! 貴方が、貴方さえ居てくれれば、あんなことには……きっと、ならなかったのに…………っ!!」
声を荒げ、捲し立てるソフィアは、何かを訴えかけているようで。あまりに悲痛で、そしてあまりに哀しい声をしていて。そんな彼女の目尻には、小さな涙粒が見え隠れしていた。
「何度も、何度も貴方に助けを求めようとしました。シエラさんも私も、貴方へ連絡を付ける手段は、幾らでもありましたから。
でも……もう、死んじゃってたと思ってたから。そう、聞かされていたから。だから、私たちは何も出来なかった。私は、何も出来ないままに……!」
と、そこまでを叫んだところで、ソフィアは途端に紡ぎ掛けていた言葉に空を切らせ。黙りこくると、こくんと頭を垂れ俯いてしまう。
そのまま暫くの間、彼女は無言だった。ただ、すすり泣く気配だけが、小さく伝わってくるだけで。事務所の中は、奇妙なまでに静かだった。
「…………すいません、急に怒鳴ったりなんかして」
暫くの後、顔を上げたソフィアは泣き腫らした眼を赤く充血させながら、小声でそう詫びる。
戒斗はそれに「いいさ、別に」と返し、
「……何があった?」
と、単刀直入にソフィアへと問うた。
「それは…………」
訊くと、答えあぐねてソフィアは顔を逸らし、迷うように眼を右往左往させる。
「……いえ、いずれ分かることです。それに、戒斗さんは知っておくべきなのかもしれない」
だが、ソフィアは少しの逡巡の後。意を決したようにまた戒斗の方へ向き直ると、スッと彼の双眸に真っ直ぐ視線を合わせて言って。そしてソファから立ち上がれば、「来てください、見せたいものがあります」と、戒斗たちを誘った。
「あ、ああ」
戸惑いながら、戒斗はソフィアに言われるがまま席を立ち。同様に立ち上がったエマとクララも一緒になって、事務所の中をソフィアに従って着いていく。
そうして着いて行った先、ソフィアが手を掛けたのは、この事務所……どうやら依頼人との応接に使うらしいオフィス・ルームの隣にある、誰かの私室のような一室へと続く扉だった。
ドアノブに手を掛けたソフィアが、しかしそれを捻ってしまうのを一瞬だけ躊躇い。くるりと、自分の首だけを小さく戒斗たちの方へと振り向かせる。
「自分で言っておいて、おかしな話ですけれど。きっとこの先で戒斗さんを待っているのは、かなり残酷な現実です。
…………それでも、貴方はそれを視る覚悟、ありますか?」
それは、ソフィアが最後にくれた猶予。最終警告にして、戒斗への確認だった。
雰囲気こそこうして昔とは変わってしまったが、やっぱりソフィアの根本は昔と変わらない、優しい女の子のままみたいだ。あれだけ怒鳴り散らかして、ワケも分からず怒って。それなのに、その矛先を向けていたはずの戒斗へと、今はこうして気遣うようなことを訊いてくれている。
……ソフィアは、変わったけれど変わっていない。彼女は彼女のまま、今を生きている。
それだけで、そのことが分かっただけで。戒斗の心は、幾分かだが救われるような思いだった。
「……構わない、覚悟の上だ」
だから、戒斗はすぐに彼女の言葉に頷いた。
「分かりました。……戒斗さんが、そう言うのなら」
すると、ソフィアは今度こそドアノブを捻り、その扉を開いた。
「――――――」
――――その先は、寝室にしては間取りの広い、どちらかといえば書斎。そんな趣の、板張りの一室で。
そんな部屋の、大きなベッドを傍らにした、部屋のちょうど真ん中ぐらいには。そこには、何故か車椅子が置かれていて。
そして、そこに居たのは――――。
「…………勘弁、してくれよ」
――――アールグレイ・ハウンド。
虚空しか見えていない、虚ろな眼をした彼が。指一つピクリとも動かさないまま、ただその車椅子の上で力なく身体を預けていた。




