Execute.13:兎塚二郎/The SharpShooter.
そうして兎塚のオーダーした荷物を社用車に積み込み、鉄男は例の私立仙石寺大学・付属高等部へ向けて車を走らせた。ちなみに今日の社用車は真っ黒のアウディ・S4だ。右ハンドル仕様の七速DCTオートマチックなので、随分と気楽に流せる。
兎塚の潜入先の高校へと向かう道すがら、カーステレオで流すのはノクターナルの「Muzik」。リュック・ベッソン監督で名優ジェイソン・ステイサム主演の名作映画「トランスポーター」にも起用された名曲だ。こうしてこの曲を流しながらアウディなんか転がしていれば、気分はまさしくフランク・マーティン。……尤も、この曲が起用された一作目で彼が乗っていたのはアウディでなく、BMWなのだが。
「細けえことは気にしない、気にしない」
独り言なんか呟きながら、鉄男は引き続き車を走らせた。
そうして昼下がりのストリートにアウディを転がすこと暫く。漸く例の潜入崎こと私立仙石寺大学・付属高等部の傍へと到着した。
正門を避け、裏門の方へアウディを着けると、するとそこには既に兎塚が待っていて。彼の前にアウディを滑らせパワーウィンドウを開いて「よう」なんてラフな挨拶を投げてみせれば、兎塚の方も「ほいほい」と気楽な挨拶を返してくれた。
――――兎塚二郎。
経歴不詳、分かっているのは元米軍特殊部隊オペレーターだったことのみというミステリアスな歴戦の勇士が、しかし今日に限っては何故か似合わないよれよれのスーツを着た格好で鉄男の前に現れた。後ろで結った長い髪の尾を吹き込む微風に揺らす彼の印象は、可愛らしいうさぎというよりも獰猛なグリズリーに近い。
「社長に頼んどいたけど、僕の仕事道具持ってきてくれた?」
「この通り、オーダー通りさ」アウディのトランクを車内から開きつつ、鉄男はフッと小さな笑みを投げ掛けてやる。
「……うん、確かに」
アウディの後方に回った兎塚は鉄男の持ってきた荷物の中身をサラッと検分し、そしてそれが確かに注文通りであることを確認すれば小さく頷いて、トランクに乗せられていたそれらを「よっこいせ」と担ぐ。
「バッグは良いとして、ライフルケースなんざ持ち歩いて人目に付かねえのか?」
「大丈夫だよ」と、兎塚。「今の時間は授業中だし、屋外での体育もない。人目に付かないトコに隠しておくぐらいなら、別に気にするほどじゃないんだ」
「へえ。それにしても大変そうだな、教師のお仕事ってのは」
「そうでもないよ。子供たちにモノを教えるって、案外楽しいものだから」
「数学教師だろ?」
窓を開けたドアに肘を突く鉄男が訊けば、すると兎塚は「うん」と頷き、
「元々、スナイパー養成課程で数学は必須だからね。半分は本業というわけなのさ、僕の場合は」
「へえ、昔取った杵柄って奴かい」
「そそ、そんなとこ。二千メートル級の超長距離狙撃の弾道計算に比べたら、高校の数学課程なんて楽なものだよ」
「……やめてくれ、俺は数字が苦手なんだ。頭が痛くなってくる」
鉄男がわざとらしく眉間を押さえると、兎塚は「あはは」と無邪気に笑う。
「それじゃあ、荷物は滞りなく受け取ったから。社長によろしく言っといてね、鉄ちゃん」
「あいあい」
「それと、みどりさんに伝言」
「伝言?」
「うん。あんまりサボりすぎるなって言っといて」
「……了解だ、伝えとこう」
「んじゃねー、鉄ちゃん。また何かあったら配達お願いするかも」
とまあこんな会話を最後に交わして兎塚と別れると、大荷物を背負って高校の敷地内に遠ざかっていく彼の背中を一瞥し、窓を閉じると鉄男はアウディのギアを入れ、そして帰り路を急がんと再び走らせ始めた。
(『偽りの名』完)




