Execute.12:エクストラ・エキスプレス
脱いでいた日々谷の制服ジャケットを引ったくり、その足で鉄男が休憩室に向かうと。確かに社長の話通り、ライフル用のペリカン製ハードケースとドデカい黒のボストンバッグという兎塚の仕事道具一式がご丁寧に取りそろえられていた。
一応中身を確認すべく、鉄男はまずハードケースの方から開いて中身を確認する。案の定というべきか、それは兎塚の使い慣れたボルト・アクション式の狙撃ライフルだった。
「相変わらずゴッツいの使ってらっしゃること……」
鉄男が思わず苦笑いするほど、その狙撃ライフルはゴツく、それでいて使い込まれていた。
兎塚の大きな狙撃ライフルは一見すると何処にでもあるようなボルト・アクション式だが、完全に一から組み上げられた逸品だ。.300ウィンチェスター・マグナム弾を使用するアクション部分はレミントンM700のロング・アクション機関部を取り付け、銃身はリルヤ・プレジションの二六・五インチ、一:一〇の物を用いている。銃床はグラスファイバーで構成されたマクミラン社のA-2タクティカル・ストック、そして各種暗視装置などの追加機材を取り付けるライフルマウントも同社製だ。ボルトのエキストラクターはM16エキストラクターを使用している。
更に、ナイトフォース社製の優れたNXS 8-32×56狙撃スコープを載せている。加えて、スコープマウント用の20MOAピカティニー・レール、少し高い位置にする為のハイマウントも同社製だ。ナイツ・アーマメント社製のMk-11サイレンサーもセットでライフルケースに加え入れられている。
そのどれもがスプレー缶か何かで一様に砂色の砂漠迷彩が施されていて、所々塗装が剥げている辺り、その歴史の深さを暗黙の内に物語っている。銃床の側面に弾道落下表なんかが貼り付けられている辺り、明らかなプロ仕様だ。
「コイツ持ち出すってことは、よっぽどの修羅場が待ってやがんのか?」
このライフルを兎塚が指定してきたということは、つまりそういうことだ。鉄男はゴクリと軽く生唾を呑み込み、そのハードケースの蓋をそっと閉じた。
そしてボストンバッグの中身といえば、.45ACP弾の紙箱数箱やら、彼お手製のハンドロード品の狙撃用高精度.300ウィンチェスター・マグナム弾が収められたケース、それにM1911自動拳銃用の予備弾倉が幾らかなどだ。.45ACP弾とM1911の弾倉に関しては、彼が普段から持ち歩いているカスタム品のスプリングフィールド・M1911用の物だろうと推察される。それに加えて狙撃支援用のスポッティング・スコープや風向計、気圧計、湿度計。レーザー測距儀付きの双眼鏡など多彩に渡る。
「おうおう、ホントに大荷物じゃねえかよ。マジで何やらかすつもりだよ、あのおっさん」
鉄男はひとりごちたが、しかし"やらかすつもり"という言い方は誤りかも知れなかった。どちらかといえば"やらかさざるを得なくなるかもしれない"といった具合だ。
先程の禅じゃないが、兎塚は勘というものを中々に信じるタチだった。それを彼は自分で「兵士の勘だよ」とか前に冗談めかして話していたが、しかし彼がその兵士の勘とやらに何度も救われていることは、彼の横顔からも何となく察せられていた。兎塚二郎は元・米軍特殊部隊オペレーターということ意外はまるで経歴不明の謎めいた男だが、しかしその経験と並外れた腕っ節だけは本物なのだ……。
「……ひょっとすれば、近々残業増えちまうかもな」
と、それら兎塚の仕事道具を眺めながら鉄男はひとりごち、そして今日も自宅に残してきた彼女の――エマ・アジャーニのことをふと思い返してしまっていた。
出来ることなら、さっさと帰って彼女を安心させてやりたいというのが鉄男の、いや鉄男の仮面を脱いだ本来の彼にとっての本音だ。とはいえ兎塚がこれほどまでの装備を用意しておかねばならないほどの予感に駆られた時というのは、大体ロクなことにならないのがいつものことだ。
だからこそ、彼は仕方ないとある種の割り切りをし。しかしそれでも、エマに申し訳ないとも思ってしまう。出来ることならば、極力は彼女を一人きりにしておきたくはないのだ。彼女にこれ以上、孤独を味合わせたくはない。
「ま、今はとにかく運び屋のお仕事さ」
最後にそうひとりごち、またパッと意識を切り替えると。すると鉄男はそれら大荷物を一挙に抱え、そして休憩室を出て行く。
「ルール第一条、時間厳守ってね」
昔知り合ったとある男がよく口にしていた口癖を冗談っぽく口にしながら、鉄男は今度こそ本社を立ち去ろうと歩き出した。その肩に、兎塚のオーダーした品々を抱えて。




