表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/279

Execute.119:STRIKE ENFORCER./やくそく

「カイト、眠れない?」

 その日の夜、二人に宛がわれた一階の一室。広いベッドに横になった戒斗が一人小さく息をついていると、隣に寝転んでいたエマがそう、小さく囁きかけてきた。

「……まあな」

 眠れない原因の大半は、時差ボケだ。世界中を股に掛けてきただけに、すっかり時差ボケ対策にも慣れたものだと思っていたのだが。それでもここ暫くは外に出ることがなかったせいか、久し振りの長時間に及ぶフライトで、時差ボケが酷いことになってしまっていたらしい。

 でも、原因はそれだけじゃなかった。もう一つの原因は、この場所が合衆国で。そして……ロス・アンジェルス市の一角であるということ。そして――――此処が、あまりに因縁深い場所であることだった。

「そっか」

 そんな戒斗の呟きに、エマは小さく頷くと。掛け布団の下に埋めた身体を小さく動かす。

 微かな衣擦れの音がして、素肌と素肌が触れ合う。抱き寄せてくるようなエマの仕草に、戒斗は敢えてされるがままにして。仰向けになっていた身体をくるりと横倒しにすれば、枕に横たえた彼女の顔がそこにあって。フッとアイオライトの双眸と眼が合えば、二人は自然と小さく笑い合う。

「そういえば、この場所はカイトにとって、色々と忘れられない場所だったもんね」

 エマの言葉に、戒斗は「……かもしれない」と小さく頷いた。

 ――――忘れられない、場所。

 その通りだ、と戒斗は思った。ロス・アンジェルス、全てが始まった場所。この場所は、戒斗にとってあまりに思い出深すぎる、そして辛い記憶を想起させる場所だった。

 師だったリサは当然として、優衣や遥たちとこの場所を訪れたこともある。親友だったウェズや、色んな奴とこの街で過ごした。ハリーやクララ、ミリィ・レイスと出逢ったのも、このL.Aの街でのことだった。

 それに、幽霊の異名を持っていたあの男。恐らくは華僑系の血を引く、あのアジア人の殺し屋と出逢ったのも、この街でだった。あの男の名は……確かジョン・リーと言っただろうか。今頃、何処で何をしているのだろうか。そもそも、今も生きているのだろうか……。

 そんなことがあってか、このロス・アンジェルスという街は、戒斗にとってあまりに因縁の深い街と言えた。だからか、色々な思い出が想起されてきてしまう。時差ボケ以外に眠れない理由は、きっとそういうことがあってのことだろう。

「……不安?」

 囁きかけるような細い声音で、エマに訊かれて。戒斗はそれに、すぐ首を横に振ることは出来なかった。

 不安でないと言えば、嘘になってしまうから。些細なことでも、出来る限り彼女に嘘はつきたくなかったから。だから、戒斗は否定できなかった。

「もう少しだから」

 そんな風に戒斗が無言のままでいると、エマは彼の身体に手を伸ばし、頭から胸に抱き抱えるようにする。微かに感じる仄かな甘い匂いが、小さく鼻腔をくすぐった。

「もう少しで、あと少しで、全部終わる。

 ……だからって、頑張ってとは言わないよ。「頑張れ」って言葉は、何となく呪いとよく似てるから」

「…………」

「だから、頑張らなくてもいい。君は君に出来ることを、君のペースでやれば良いんだ」

 でもね、とエマは言って、

「それでも、無理はして欲しくない。無理をして、君が壊れてしまうぐらいなら。僕はそんなもの、要らない」

 ぎゅっ、と抱き締めてくる腕の力が、少しだけ強まっていく。

「……本当はね、僕も不安なんだ。君を送り出すのが、怖くて怖くて仕方ない。いつもだって、これで最後なんじゃないかって思うことがあって、それで不安になる。特に今は、そうなんだ」

「……すまない」

「謝るようなことじゃないよ、だって仕方ないことなんだから。

 ――――でもね、僕は行くなとは言わない。君がするべきコト、君が為すべきコトで、君がやり残したコトだって、僕は知ってるからね」

 でも、それでも。これだけは約束して。

「必ず、僕たち二人で帰るって。離ればなれにならないって、僕たち二人で終わらせるって。僕を置いていったりしないって……約束、して欲しい」

「…………ああ、約束だ」

「うん、約束」

 抱き締める腕が、手のひらが、そっと髪を撫でた。白すぎるほどに白く、長く華奢な指が黒い髪を撫で、掻き分ける。

 そんなエマの首に、戒斗は自分が今まで首から提げていたモノを外し、掛けてやった。

 前に彼女から託されたっきり、返し損ねていた金のロザリオだった。エマが亡き母から貰ったという、形見のロザリオを。戒斗はもう一度、彼女の首に掛け直してやった。

「……君に、持っていて欲しかったんだけどな」

「今は返す。たまには、元通りの場所に収まらないと」

「分かったよ、そうする」

 エマは小さく肩を竦めると、一度離れていた彼の身体を再びギュッと抱き寄せた。戒斗はされるがまま、彼女の胸元に額を預けて。

「君は、もう独りじゃない。それを、忘れないで。それさえ忘れなければ、きっと君は大丈夫だから」

 ――――もう、独りじゃない。

 傍に在る強すぎる想いが、感じる温もりが。そっと撫でる彼女の指先が、それを確かな形として感じさせてくれる。愛おしくて儚くて、掛け替えのない、そんな確かな感触として。

 全てを忘れて、今だけは。今だけは、この柔らかな安らぎの中に沈んでいたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ