Execute.115:STRIKE ENFORCER./始まりの場所へ
戒斗たちが西園寺の屋敷に呼び出されたのは、そんな奇妙な一件があってから数ヶ月後。五月も初めの、大型連休が終わろうかといった頃のことだった。
「戒斗さん、それにエマさん。急にお二方をお呼び立てしてしまい、申し訳ありません」
応接間に役者が全て揃えば、二人横並びに座った戒斗とエマ、その対面に座る彼女――安藤葉月が、ぺこりとほんの小さく頭を下げた。今日の葉月はあの時と異なり、いつも通りの見慣れた和服姿で。そして傍らには、相変わらず執事の松代が控えている。
そんな態度の葉月に、戒斗は「構わない」と応じた。
「わざわざ、こんな形で俺たちを呼び立てた理由。何となく察しは付いてる」
「ありがとうございます。――――それに、この場を設けてくださった、香華さん。貴女にも改めてお礼を」
一度顔を上げた葉月が視線の向きを変え、また小さくお辞儀をすると。その視線の先に座っていた香華が「良いわよ、別に」と手振りで返した。戒斗たち二人が葉月の正面に、そして香華が彼女から見て左側と、いつぞやと全く同じ位置関係だった。
「それより、早く本題に入りましょうな。私たちは特に、話は手短な方が色々と楽だわ」
「ええ、香華さんの仰る通りですわ」
香華の言葉に、葉月はほんの僅かに微笑む。
「では、色々と面倒ごとは抜きにして。お二方、お話の本題に参りましょうか」
その後で続けると、葉月は微笑んでいた表情をシリアスな色に変え。そして、やっとこさ話の本題へと切り込んでいく。
「――――お二人には一週間後、合衆国に飛んで頂きたいのです」
「待て、どういうことだ」戸惑った戒斗が、話の腰を折る。「話の流れが見えない、どうして俺たちが?」
すると、葉月は「簡単なことです」と言い、またクスッと微笑む。
「例の"クリムゾン・クロウ"の残党。彼らの尻尾が、漸く掴めたのです」
「…………!」
――――浅倉たちを、遂に捉えた。
葉月の口からそのことを聞かされた瞬間、戒斗は身体が、表情が、無意識の内に強張るのを感じていた。
「……カイト」
そんな戒斗の様子を機微に感じ取ったエマが、硬く握り締められた戒斗の拳、その上にそっと手のひらを重ねる。チラリと横目に見た彼女の表情もまた、神妙な面持ちだった。
心配そうに見上げてくる、アイオライトのような蒼をした彼女の瞳と一瞬視線を合わせ。戒斗は「大丈夫だ」と小さく囁けば、テーブルを挟み対面に座る葉月の方へと視線を戻す。
「戒斗さんと交わした契約条件でしたからね、私の方でも八方手を尽くしていたのです。今の今までお待たせすることになってしまいましたが、やっと確かな成果として、戒斗さんにお出しすることが出来ました。クララ・ムラサメの尽力のお陰です」
「クララが……」
瞬間、戒斗の脳裏に過ぎったのは、あの少女のようにあどけない外見をした、ゴシック・ロリータの女の顔だった。
どうやら、知らない間にクララにも随分と気を遣わせて、苦労を掛けていたらしい。今度遭ったら一杯奢ってやらないとな、なんて思いつつ、戒斗は葉月の話へと再び耳を傾けた。
「浅倉悟志、戦部暁斗、それと……麻生、でしたっけ? この三人が現在、合衆国に潜伏していることは確実です。加えて、クララさんは彼らの拠点の幾つかも突き止めてくれました」
「つまり、俺にはそれを潰して回れと?」
「理解が早くて助かります」と、葉月は微笑んだ。
「日々谷の方には、私の私用で黒沢さんを暫くの間借りると、まあ適当に言い訳は付けておきます。武器弾薬や資金の方は、私たち安藤家と――――」
「私も、幾らか協力させて貰うわ」
葉月が言い終わる前に、今まで控えていた香華がそう言った。
戒斗は「すまない」と彼女と、そして葉月にも軽く頭を下げる。すると香華は「気にしないでよ」と表情を緩めながらそんな戒斗に応じて、
「だって、私と戒斗との仲じゃない。……前に何もしてあげられなかった分、これぐらいのことはさせて頂戴」
「香華……」
――――前に、何もしてあげられなかった。
リサや優衣、それに遥の死や、C.T.I.Uの壊滅。それに際して自分が何も出来なかったことを、今でも香華は心の何処かで悔いているのか。
そんなこと、気にする必要はないのに。
戒斗はそう思いながらも、しかし香華の気持ちに、素直に感謝していた。こんな自分にまだ、ここまでのことをしてくれる彼女が居てくれることが、ただただありがたかった。
「それと、幾らかの協力者も用意していますから」
「協力者?」葉月の言葉に、戒斗が訊き返す。
すると葉月は「ええ♪」と頷いて、「詳しいことは、現地に着いてからです」と、妙にはぐらかすようなことを言った。
「とにかく、お二人には一週間後、まずはL.Aに飛んで頂きたいのです。行動資金に武器弾薬、それに移動手段とサポート面に関しても、私と香華さんで用意しておきますので。
――――お二人とも、宜しいでしょうか?」
葉月に訊かれ、戒斗とエマはどちらからともなく、二人で一度小さく頷き合った。
「僕は、カイトに着いて行く」
「…………ああ、分かった」
「では、決まりですね♪」
新たな戦いの場は、自由を謳う国の大地。戒斗にとっても、あまりに因縁が深すぎる場所。
葉月の微笑みを傍らに眺めながら、小さく頷くエマが触れる手のひらの感触を、確かに感じながら。戒斗は独り、遠く合衆国に思いを馳せていた。終幕の刻が、確かな足音を立てて近づいていることに、まだ気付かぬまま――――。




