Execute.111:Deux personnes ensemble./Comme tu veux.
何だかんだで、靴下まで色々と予定外に買い込んでしまっていた。
洋服や靴下、色んなものが入ってぱんぱんになった紙袋を幾つも抱えて、エマと葉月はやはり手を繋いだまま、二人でアテもなくショッピングモールの通路を歩いていた。
目的も、行く場所もない。ただ、手を繋いでゆっくりと歩いているだけ。
でも、それでも楽しいのだ。ふらふらと、目的も無くこうして歩いているのが。二人でこうして、緩やかな時間を過ごしていること。それだけで、何だか楽しかった。
そんなこんなで、歩き続けることどれぐらいが経っただろうか。三階に上がった頃、遠くから仄かに漂ってくる香ばしい匂いが、二人の鼻腔をくすぐったのは。
「……たい焼き、だね」
「……ですね」
繋いだ手に、ワケもなく力が籠もってしまう。二人の視線が一緒になって固定された先、香ばしい匂いの漂ってくる先にあったのは、お好み焼きの店だった。丁度、仕上がったばかりのたい焼きを、中の店員が幾つも補充している店に、エマの視線も葉月の視線も釘付けになっていた。
「焼き立て、みたいですね。ああ、いい匂いが……」
「そんなに沢山じゃなかったら、きっと食べても大丈夫だよね……?」
「ですよね」と、葉月が相槌を打つ。「何個も食べ過ぎなければ、問題はありませんよね」
「ね、だよね。うん、お夕飯に響かなければ良いんだ。それなら、良いんだ……」
互いが互いを納得させるように、うわ言みたく呟いていれば。二人の足はそのままふらーっと、自然とそのお好み焼き屋の方へと吸い込まれていく。
そして、気付けば二人は、包み紙越しに焼き立ての暖かいたい焼きを片手に、だだっ広い通路のド真ん中にある、休憩用のソファに腰掛けていた。抹茶ラテまで用意する用意周到振りで、だ。
「んー♪ おいしっ♪」
「はふはふ……。熱いけど、とっても美味しいですっ!」
二人並んでソファに座り、エマと葉月はもふもふと笑顔でたい焼きを頬張っている。
こうして見ると、本当にただの女の子二人のようだ。エマも葉月も、それぞれ常人が想像できないほどのモノを抱えているとは思えないほどに、今の二人は年相応っぽく女の子女の子していた。傍から見ていると、幸せすぎて眩しいほどに。
「そういえば、エマさんって……」
「んー?」
「その、あんこは大丈夫なのですか? 欧米の方って、どうにもあんこが苦手な方が多いような、そんな印象を持っているのですが」
「うん、今は大丈夫かな。最初は僕もびっくりしたけどねー。豆を甘く煮ちゃうっていうの、見たことも無かったから。でも、今は大好きだよ?」
「ですよね、ですよねっ。それで抵抗を感じてしまう方がよくお知り合いにいらっしゃったものですから、エマさんが普通に美味しそうに食べているのを見て、ちょっと驚いたんですっ」
「えへへ、昔カイトがね、「美味しいから食べてごらん」って、僕に勧めてくれたんだー♪ 始めて食べたのは、ドラ焼きだったけどね」
「ふふっ。戒斗さんがそう仰るのでしたら、確実ですね?」
にこにこと葉月が言うと、エマは「うんっ!」と元気いっぱいに、嬉しそうに頷き返す。
「カイトが勧めてくれるものが、美味しくないワケがないもんねっ!」
と、エマはそう言うと。その後で少しだけ頬を赤らめて、声も小さくして。でも、何処か嬉しそうに話し続ける。
「それから、あんこは大好きになったんだ。だから、その……ついつい、たい焼きとかドラ焼きとか、食べちゃうんだよね。食べ過ぎに気を付けないとってのは、分かってはいるつもり、なんだけれども……」
「うー……た、食べ過ぎ……」
勿論、そんな関連の話題に、仮にも――少なくとも、今はただの女の子である葉月が反応しないはずも無く。同じように声を小さく、頬を朱に染めて、恥ずかしそうに葉月は呟いた。
「わ、私も気を付けないとなんですよっ。甘いものが大好きなので、どうしてもその、ついつい手が……。先日も、忠仁さんに注意されてしまったばかりなのです」
「忠仁さん……?」
聞き覚えのあるような、無いような。そんな名前にエマは反応すると、すぐに誰か思い当たり。するとエマは葉月に「忠仁さんって、あの執事さんだよね?」と直球で問うていた。
「はい」と、葉月は頷き肯定する。「取引先との会食があるというのに、あんまんを買い食いしてしまったことが。……忠仁さんと半分こして、無理矢理に共犯者にしちゃいましたけど」
えへへ、と照れくさそうに笑いながら、ふわっと微笑みながらで葉月は話していたが。しかし、じぃっと見つめてくる傍らのエマの視線に気が付いて、それを怪訝に思えば「……どうしました?」と恐る恐る首を傾げる。
「葉月さん」
名を呼ぶエマの瞳の色は、先程までと打って変わって真剣で。葉月も思わず気圧されて、ごくりと喉を鳴らしてしまう。
「――――執事さんのこと、好き?」
瞬間、ぽっと火を噴くように顔が真っ赤になったのは、葉月自身が一番よく分かってしまっていた。
耳までを真っ赤にし、暫くの間は「あわわわ……」と慌てふためいていた葉月だったが。しかしとりあえず落ち着きを取り戻すと、「……はい」とエマに向かって頷く。極々控えめな声で、心底恥ずかしそうにして。
「……傍に、忠仁さんに傍に居て貰えるだけで、私は幸せなんです。例えそれが、どんな歪な形であっても。酷い女だってことは、醜い女だってことは。誰よりも、私自身がよく分かっておりますから…………」
ポツリ、ポツリと呟く葉月の視線が食べかけのたい焼きへと落ちて、急速に暖かさが消えていく。実際にはそんなはずはないのに、まるで冷蔵庫の中に放り込まれたかのように、葉月は回りが急速に冷え込んでいくのを感じていた。
「そっか」
すると、そんな沈んだ葉月の見る視界、その隅に、エマの長く華奢な、白すぎるほどに白い手が割り込んで来た。そんな彼女の手がそっと自分の膝の上に乗ると、何だか奇妙なまでに、その手を葉月は暖かく感じてしまう。
「……僕は、葉月さんのその気持ち。執事さんのことを「好き」って気持ちだけは、今のままで良いと。そのままの形で持っていても良いって、僕はそう思う」
「エマさん……」
恐る恐る、葉月は膝の上に乗る彼女の手に、自分の手を伸ばす。震える子供が、誰かを求める時のように。
エマはそんな彼女の伸びる手を、もう片方の手でそっと包み込んだ。ぽんぽんと、まるで赤子をあやす時のように。優しく、穏やかな手が葉月の手を撫で、落ち着かせる。
「きっと、二人には。きっと、僕なんかには想像も出来ないような、沢山の……色んな壁があるんだと思う。高すぎる壁だって、幾つもあるんだと思う。それこそ、僕たちに沢山の壁があるみたいに」
そんな風に、葉月の手をそっと撫でながら。エマは揺れる葉月の瞳をアイオライトの双眸で真っ直ぐに見据えながら、諭すような口調でそう、語り掛ける。
「その壁が行く手を阻んでしまうのか、それとも、間を阻んでくるのか。それも、僕には全然分からないことだよ。……ううん、分かろうと思うこと自体、きっとおこがましい」
でもね、とエマは言って、
「それでも、何があっても。葉月さんが執事さんのことを好きって気持ちだけは、確かに今もそこにあるんだ。それだけは、嘘じゃないはずだから」
「私、は……」
「その温かい気持ちだけは。その嘘偽りの無い、葉月さんが葉月さんの為だけに想う、純粋な気持ちだけは。それだけは、どうか大切にして欲しい」
「……はい」
深く、深く頷いて、葉月はエマの手をぎゅうっと握り返した。重なる手と手が、言葉を介さぬがままに、互いの想いを互いへと伝え合う。
「でも、もしも叶うチャンスがあるのなら」
と、エマはそんな葉月の手を握り返しながら、小さく言葉を続けていた。呟くように、彼女に伝わらなくても良いと、そうも思っているかのような、そんな小さな声音で。
「その時は、迷わずに彼の手を取って。彼の手を引いて、葉月さんの行きたい場所に走って」
「私の、行きたい場所……?」
「それが何処かは、僕にだって分からないよ」
ただ、これだけは言えるよ――――。
「恋は先手必勝、一撃必殺――――ってね?」
それは、嘗て母が遺してくれた言葉だった。それは、在りし日に彼女の母が、幼かったエマに遺してくれた、小さな金のロザリオと一緒に遺してくれた、たったひとつの大事な言葉だった。
大事な、言葉だから。そんな言葉だから。故に、エマはその言葉を葉月に受け渡していた。
だって――――。
(だって、僕の恋はもう、叶ってしまったのだから)
だから、この言葉は次の彼女に託そう。他でもない、彼女に…………。
もう少しだけ、もう暫くの間だけ、二人は互いの手と手を重ね合っていた。




