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Execute.107:Deux personnes ensemble./意外すぎる客人の名は

 ――――コトの発端は、ほんの少しだけ遡り。

「……んー?」

 午前中でやることは大体終わらせて、家のリビングでエマがくつろいでいると、突然鳴り響く玄関のチャイムが控えめに来客を告げた。

 思わず、ピクリと身体が竦んでしまう。宅配便で荷物が届く予定も無いし、戒斗からもそれは聞いていない。こんな時間に、こんな家に。一体誰が何の用なのだろうか。

 もしかしたら、宗教の勧誘か、或いはセールスかもしれない。これぐらいの時間ならよくあることだ。追い返すのも億劫だし、もしそうだったら出ないでおこう。ああいう手合いは居留守を使ってやるのが割とスマートなんだ。下手に相手をして、時間を使ってやることもない。

 とはいえ、一応ソファから立ち上がって、インターフォンの画面には眼を通した。もしかすれば、戒斗の関係者である可能性もあったからだ。前にも何度かミリィ・レイスがやって来ては、ちょっとした資料を直接持ってきてくれていたことがある。

「あれ、このヒトって」

 そうしてエマがインターフォンの画面を見ると、そこに映っていたのは、見覚えのある……しかし、意外すぎる相手の顔だった。

「あ、はい」

 とりあえず、受話器を取って応じる。その相手は戒斗関連と言って良いのかどうか、何とも微妙な……だが、とにかく意外な人物だった。顔も、聞こえてくる声も、紛れもなく彼女のモノだったのだから、間違いはないだろう。

『えーと、あのぅ……安藤ですっ。安藤葉月、ですっ。えーと……エマさん、いらっしゃいますか?』

 その相手は、安藤葉月だった。





 葉月の突然の来訪から、おおよそ二〇分ぐらいが経っただろうか。時計の針が午前二時ぐらいを指している頃、エマは何故か葉月がステアリングを握る車の、その助手席にちょこんと座っていた。

「ほんっとにごめんなさい、突然こんなこと……。エマさんも、きっと迷惑でしたよね?」

「そんなそんな、大丈夫ですよっ」

 信号待ちの間、しょんぼりと小さくなってしまう葉月に、エマが笑顔で言葉を返す。そんな彼女の反応に、ただ「うぅ」と申し訳なさそうに唸る葉月の格好は、いつも通りの着物姿ではなかった。

 だから、エマもインターフォンを見た瞬間、一瞬誰か分からなかったのだ。よく考えれば、葉月が洋服を着ている姿なんて初めて見る気がする。というか、彼女と逢ったこと自体がそんなに無いのだが……。

 ともかく、コクピット・シートに座る葉月は彼女にしては珍しく、洋服姿だったのだ。モヘアの白っぽいセーターに、下は若草色……というのだろうか。とにかく鮮やかな緑っぽい色をしたシフォンスカートを履いている。ふわっとしたニット生地のキャスケットなんて被っている頭は、珍しく緩やかな三つ編みに編んでいるぐらいだ。

 ちなみに、そんな葉月を横目に見るエマの格好は、灰色をしたパーカー・ワンピースに濃緑っぽい冬物のジャケットを羽織り、下は厚手のタイツといった具合だった。まだまだ肌寒い時期ではあるが、どうせ車で移動するのだと思って、そんなにガチガチの防寒装備はしてこなかった。

「うぅ、今になって私ってば……ほんっとに申し訳ないです。突然、連れ出しちゃったりなんかして」

「だから、大丈夫ですって。僕も丁度、暇を持て余してたところだったから」

 と、尚も縮こまる葉月にエマが苦笑い気味で言葉を返した時、信号が青に変わった。

 葉月はサイドブレーキ・レヴァーを下ろし、クラッチを切りながらギアを一速へ入れる。繋ぎながらスロットルを煽り、可愛らしいような図体をしたハッチバックの車が動き出していく。その一連の動作を横目に見ていたエマですら分かるほどに、葉月の手つきは見かけに寄らず手慣れていた。いや、手慣れすぎていた。

 彼女がステアリングを握るのは、フランス製の可愛らしい赤の五ドア・ハッチバックの車だった。しかし、可愛らしいのは見た目だけだ。

 ――――ルノー・メガーヌRS273。

 小さな赤いボンネットの下に収まるのは、排気量二リッターのツインカム・十六バルブの直列四気筒ターボ・エンジン。この小振りな心臓から弾き出されるパワーはおおよそ二七三馬力と強烈で、六速仕様のマニュアル・ギアボックスを組み合わせれば、乗り手次第で異常なまでに素早く機敏な走りを見せることだろう。

 正に、羊の皮を被った狼とはこのことだろう。エマは元々フランスの出身なので、このメガーヌの存在自体は知っていたが。しかし、こうして実際に横に乗るのは初めてのことだった。前輪駆動車で無ければ欲しいと、前に戒斗が独り言を呟いていたのも、何故か覚えている。

 とにかく、葉月がステアリングを握るのは、そんなマシーンだ。可愛らしいのは見た目だけの、正に狼のようなフランス車。今日は珍しくあの執事の姿が見えないから不思議に思っていたのだが、葉月とこれを見ればエマも何だか察してしまっていた。

「本当に申し訳ありません。エマさんも、その……お忙しかったでしょうに」

「いえいえ、今日はもうお洗濯も全部終わっちゃってますし、お夕飯の支度も大方は出来ちゃってますし。後はどうやって暇を潰そうかなって、悩んでたところなんですって。……ホントですよ、嘘じゃないですよ?」

「なら、良いんですけれど……」

「ところで葉月さん、そういえばいつも一緒に居る、あの執事さんは?」

「……置き去りにしてきたんです」

「えっ?」

「置き去りっていうより、抜け出して来ちゃったんですっ!!」

「えぇぇぇ……!?」

 驚きはしたが、エマの予想通りでもあった。

 やっぱり、今日のこれは無断外出だったのだろう。追い掛けて来たあの執事は、大方このメガーヌRSで振り切ったといったところか。葉月は顔に似合わず良い腕をした乗り手っぽいので、それも納得だ。

「忠仁さんには、本当に悪いことをしてしまいました」

 えへへ、と小さく笑って、葉月はちょっとだけ舌を出してみたりなんかした。そんな葉月の悪戯っぽい仕草に、エマは少しだけ驚いてしまう。

(葉月さん、こんなヒトだったっけ)

 彼女の仕草が、言葉の一つ一つが、意外すぎて。エマはさっきから驚きっ放しで、眼をぱちくりさせていた。

 もっとこう、安藤葉月は冷酷なヒトだと思っていた。ファースト・コンタクトがあんな風だったから、仕方ないといえば仕方ないのだが。しかし今の葉月は、初対面のあのシーンでは絶対に見せなかったような、ある意味で無邪気とも思えるような態度や仕草ばかりをエマに見せている。だから、エマにとっては色々と衝撃が大きかった。

「その、お友達とお買い物に行きたい、って言っても、きっと忠仁さんは止めてくるでしょうから。普段のあれこれが充分に事足りているのは、分かっているんです。分かってはいるんですが、でも、そうではなくて……」

 そこから先の言葉を見失って、葉月は言葉を紡いでいた唇の動きを失速させ、ただ小さく首を傾げてみせた。

 エマにも、そこから先の葉月の気持ちを表すべき、適切な言葉は分からなかった。分からなかったが、しかし彼女の言いたいことは、何となくで察していた。

 と、そうこうしている内に、葉月が運転する真っ赤なメガーヌRSは目的地へと到着していた。

 可愛らしいボディが駐車場に鼻先を突っ込んだのは、何処にでもあるような……本当に、極々普通のショッピングモールだった。それなりに敷地も広くて、それなりに整っていて、それなりに客入りもある。そんなありふれたショッピングモールのだだっ広い駐車場に、葉月はメガーヌRSを突っ込んだ。

 エンジンを切って車を降りた彼女と一緒になって、エマもメガーヌRSから降りる。ドアを後ろ手に閉じていると、ほんの少しの冷たい風が吹き込んできて。金糸より透き通ったプラチナ・ブロンドの髪を揺らす風が、冷たくエマの白っぽい頬をそっと撫でつけた。

「……うぅ、やっぱりご迷惑ですよね。こんなに突然、私なんかと買い物にだなんて……うぅ……」

 そんな傍らで、葉月はまたまた申し訳なさそうな顔で呟けば、被っているキャスケットの鍔をぎゅうっと握り込んで下げ、その奥に顔を隠してしまった。まるで、恥じらう乙女のような態度と仕草で。

「何だか、しょうがないヒトだな……♪」

 と、エマはそんな風に顔を隠した葉月の真正面に、満更でも無い顔で回り込むと。彼女が深く下げたキャスケットにそっと両手で触れ、元の位置へと強引に戻してしまった。しもやけみたいに頬をポッと朱に染めた、葉月の恥ずかしそうな、申し訳なさそうな顔と、すぐ傍で眼が合う。

「僕はね、葉月さんに誘って貰って、とっても嬉しいんだよ」

 葉月の双眸を、アイオライトの瞳で真っ直ぐに見据えながら、エマが優しげな声音で言うと。すると、葉月はきょとんとした顔になってしまった。

 睫毛の長い、ぱっちりとした可愛らしい葉月の瞳が、上目遣いっぽくエマの顔を小さく見上げる。そんな彼女の仕草にまた微笑むと、エマは縮こまっていた葉月の手をそっと取った。

「さっ、いつまでも寒いお外に居たら、僕たち二人も風邪引いちゃうよ! だから――――行こっ!!」

 手を引いて駆け出したのは、もしかすれば少し強引すぎたのかも知れない。

 でも、これで良いとエマは思っていた。これだけ奥ゆかしいような葉月に、何の気兼ねも無く楽しんで貰うには、少しぐらい強引なのが一番なんだ。彼女のような女の人……いいや、女の子(・・・)には。多少強引にやってやるぐらいが、きっと最善手なんだろう。

「あっ……はいっ!」

 強引に手を引かれた葉月が、慌てて追い縋るように脚を動かしているのを背中越しに感じれば、手を引くエマはまた独り、小さく微笑む。

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