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Execute.104:戦いの基本/影と影、重なる二人の男の面影

 昼休憩前最後の訓練項目は、さっきの兎塚の号令通りにナイフを使った徒手格闘訓練だった。

 勿論、使うのは本物のナイフなワケもなく、安全なゴム製や刃の付けられていないただの太い金属板などだ。本来研がれた刃で相手を切り刻むべき刃がある部分に白いチョークなんかを塗っておいて、それで何処を斬られたか視覚化したりする工夫も凝らされている。

 この訓練に関しても、兎塚の考案……でなく、意外なことに戒斗から提案したものだった。逆に兎塚は寧ろナイフ格闘の訓練にはどちらかといえば消極的な態度で、きっと戒斗が強く提案しなければこの訓練が実現することはなかっただろう。

 仕方ないことだ、と戒斗もまた、そんな消極的な態度の兎塚に対しても一定の理解を示している。彼が米海兵隊スカウト・スナイパーを経た後、どこのSEALsだかデルタだかに居たかは知らないが、どちらにせよ実戦でナイフ、或いは徒手格闘を迫られる事態なんてほぼ巡り逢うことはなかっただろう。

 軍関係のSOFとは、往々にしてそういうものだ。任務の性質的にも、交戦レンジ的にもライフルで片付くことが大半。中にはナイフの使用を強いられる任務の部隊や任務もあるのだろうが、少なくとも兎塚に関してはそういった機会に巡り逢うことはなかったのだろう。彼の経験上、全ての戦闘行為はライフルか、或いは拳銃で片付くモノという認識なのだ。

 だが、戒斗は違った。研修ということで偽名を使いSEAL・チーム7で戦っていたことのある彼だが、その後の大半のキャリアは今は無き秘密諜報機関C.T.I.U、その最精鋭実働部隊たるSTFで過ごしたものだ。軍特殊部隊とは異なり市街地での戦いも多く、闇から闇へと葬る事案も多かった。ナイフと拳に助けられたことなんて、一度や二度ばかりじゃない。

 まして、日々谷の場合は性質的にどちらかといえば後者、元の戒斗が身を置いていたSTFが担っていたような事案に巡り逢うことが多い。この間の荒城の拉致に伴う大規模なサナトリウムの襲撃なんて、レアケース中のレアケースだ。

 そういう意味で、戒斗は銃抜きでの戦闘訓練が必要だと感じていたのだ。そのことを兎塚も薄々感じているからこそ、こうしてナイフ格闘の訓練が恒例化したともいえる。

「ふっ……!」

「へへっ、見かけに寄らず禅ちゃんってばやるゥ」

 なんて経緯があり、毎回の恒例行事と化したナイフでの徒手格闘訓練。丁度、戒斗が今相手にしているのは禅だった。

 海軍AOR1の砂漠迷彩が施されたカーゴパンツに、上は黒のTシャツのみと身軽な姿の戒斗と、ほぼほぼ似たような格好の禅とが刃と、そして拳とを交わしている。三月も半ばに差し掛かったことで気温も大分暖かく、汗を掻く今ならこれぐらい軽装の方が丁度良かったりするのだ。

 禅が右手で逆手に持った、コールド・スティール製のラバーナイフが空を切る。大して戒斗は右へ左へ、バックステップで避けるのみで、未だ彼の方から手を出すことはしていなかった。禅の様子を窺っている、というのが一番正しいか。

「ええい、ちょこまかと……!」

 そうして戒斗が避けまくっていれば、禅は苛立ちで歯を食い縛りつつ更なる突進を掛けてくる。流石に血の気の多い斬り込み隊長だけあってその動きは俊敏で、無駄が少ない。

(……つっても、この程度か)

 有り体に言って、センスはある。センスはあるのだが、まだ素人臭さは抜け切れていない。教則を一通り守った教科書通りのスラッシュに、深くも迷いの見える踏み込み。優等生の禅らしい動きだが、しかしそれではイザって時に自分の脚を引っ張ってしまう。

「そろそろ、か」

 ボソリと口の中で独り呟けば、戒斗は後ろずさっていた動きを止める。

「…………!」

 そして途端に、戒斗の眼の色が変わった。

「っ!?」

 そんな戒斗の変化を機敏に察知した禅が、一瞬の内に色を変えた戒斗の双眸を、普段の間の抜けた彼からは想像も出来ぬほどの深い闇を湛えた双眸を目の当たりにして、一瞬息を呑んでしまう。右で横に薙ぐような斬撃を逆手で放っていた禅の腕が、一瞬だけ迷いに揺れた。

 ――――そんな迷いが、格闘戦では命取りだ。

「ッ――――!!」

 遂に、戒斗が動いた。

 飛んで来た禅の、ナイフを逆手に持つ右の拳を右手で受け止め、途端に滑らせるようにして手首を掴み、きゅっと極める。

 そしてそのまま、左手でくるりと器用に逆手に持ち替えたラバーナイフの裏側、峰で引っ掛けるようにして禅の右肘を押さえ付け、脚を払い、そのままテコの要領で禅を地面へと引き倒す。くるりとコマのように空中を大きく回転した禅が、背中からバタンと砂の地面に倒れ込んだ。

 禅を地面に引き倒せば、膝で胸を押さえ込むように戒斗もまたしゃがみ込み、左手のナイフを素早く閃かせる。腕の裏側に脇、首筋に脇腹、最後に脇腹や胸に何度も切っ先を突き下ろす。全て致命傷だ。途端に禅の身体のあちこちには白いチョークの痕が刻まれ、白い痕が走る部位を鑑みても、誰が見たって勝負は付いていた。

「あ痛たたた……。鉄男さん、少しは加減してくださいよ……」

 激しく打った背中をさすりながら、拘束を解かれた禅が起き上がる。それに戒斗は「へっへっへ」と引き笑いめいた笑みで返し、

「禅ちゃーん、逆手でブンブン振っちゃう癖は相変わらずだねえ。ナイフ戦の基本は順手だぜ? 力が入れやすい逆手に走る気持ちは分かるけど、順手の方が動きの好きも少なくて済むし、あらゆる状況に対応出来るって前に言ったろ?

 ……それに、ナイフの方にばっかり意識が行き過ぎて、反対の手と両足がお留守になってるのも悪い癖だ。武器は何もナイフだけじゃあない」

「分かってますよ、分かってはいるんですけれどね……。貴方に言われては形無しだ、精々精進させて頂きますよ……」

「その息だぜ、ぜーんちゃんっ!」

 最後にドンッ、と戒斗が強く平手で背中を叩いてやれば、禅は咳き込みながら「な、何をするんですか!?」と文句言いたげに振り向いた。

「うーん、気合い注入?」

「しないでくださいっ!!」

「へいへーい」

 咳き込みながら下がっていく禅を、戒斗がニヤニヤとしつつ見送る。言い出しっぺの法則という奴で、ナイフ格闘に関しては戒斗もまた教官役をやらされているのだ。流石に数が多いので兎塚と分担しながら捌いているが、それでも一度に何人も捌いていれば、流石に疲れてくるというものだ。

「んじゃあ、次は……」

「あ、多分俺だわ」

 少しの休憩の後、次の相手は誰かと戒斗が見渡せば。自分の順番が回ってきたことに気付いた貴士が彼の方に出てくる。やはり戒斗と同じような格好の貴士だが、カーゴパンツの方は何故か昔懐かしいタイガーストライプ迷彩の柄だった。





 それから間もなくして、貴士を相手にした徒手格闘訓練が始まった。

「ほっ……!」

「…………」

 必死にラバーナイフを振るう貴士を相手に、戒斗はまた彼の動きの観察に徹する。簡単に引き倒してしまう前に、訓練であるからには相手の動き方と癖を見ておきたい。何か助言をしてやる為にと、ここでもまた戒斗の根本的なクソ真面目さが知らず知らずの内に表面化していた。

「おいおい……」

 前々から思っていたことだが、貴士の動きは何というか単調だ。隙だらけすぎて、逆に誘われているのかと邪推してしまうぐらいには動きに無駄も多い。ひとたび日本刀を持たせれば苦戦を強いられる相手だというのに、獲物がちょっと短くなっただけでここまで下手くそになるとは。何というか、拍子抜けしてしまう。変な話、下手にナイフを持たせず素手にさせた方が余程強いぐらいだ。

「おうおう、どうしたどうした。いつものキレッキレさは何処行ったァ?」

「っるっせ……! 黙って仕事だけしてろ!」

「へいへい、分かったよ」

 とまあ、貴士の問題点は今更観察するまでもなく明らかなことだ。改善の兆しも見当たらないし、これはもう根本的にナイフという武器が貴士の身体に合っていないと思うしかない。

「んじゃま、今日ぐらいはちょいと本気を出してやるか……」

 折角なので、そうすることにした。たまにはこっちも真面目に取り組まないと、自分の腕の方が鈍ってきてしまう。仮にも教官役の腕が落ちてしまいましただなんて、洒落にもならないことだ。

 戒斗の左手の中で、逆手に持っていたナイフがくるりと器用に半回転。順手に持ち帰れば、一度大きく飛び退き間合いを取った戒斗は空いた右手を宙に添えて構えを取り、ナイフの切っ先越しに貴士の姿をその双眸に捉える。

「ふっ――――!」

 そして、戒斗が一気に踏み込んだ。

「早っ……!?」

 踏み込んだと同時に突き出された最初の刺突を、貴士は戸惑いながらも自分のナイフを差し出し、軌道を反らせることで何とか回避する。

「……!」

 しかし、そのままシームレスに連続し戒斗の左手が閃いて、二撃目が放たれた。戒斗のナイフの腹で強く叩かれ、その衝撃で滑らせた貴士の右手からラバーナイフが彼方へと吹っ飛んでいってしまう。初手で獲物を奪われた貴士は、苦い顔を浮かべることしか出来ない。

(悪いが、ナイフ戦なら負ける気はない)

 あの時は自前のナイフが砕けるなんてイレギュラーが起きたが、二度もそんなことは続かない――――。

 戒斗だけは、貴士が嘗てのアインであることを知っている。数年前の香港での戦いを思い返しながら、しかし戒斗は一切の容赦なく貴士へ追撃を仕掛けた。

 行き場を失った貴士の右手首をすぐさま右手で掴んだ戒斗は、そのまま合気道の要領で自分の方へ貴士の身体を近寄らせつつ、自分もまた半歩動いて貴士の背後にピッタリと密着した。

 その頃には、既に左のナイフも逆手へとまた持ち替えていて。ナイフの峰で貴士の首を上手く引っ掛けながら、半ば蹴り飛ばすように貴士の脚を強引に払ってバランスを崩させる。

 そのまま貴士の身体をうつ伏せになるようにして引き倒せば、戒斗は引き戻していた左手のナイフでサッと首裏を払った。今は訓練用のラバーナイフなので肌の上を滑らせるだけだが、本物なら延髄を裂いている角度だ。

 最後にダメ押しと言わんばかりに何度も何度も刃を突き立て、最後にまたくるりと順手に持ち替えた刃でシュッと首横に刃を滑らせる。頸動脈を両断する位置だ。そこまで念入りにやれば死は免れず、これまた一瞬の内に勝負が付いてしまった。

「うっし、一丁上がり。さーて飯だ飯」

 組み手を終え、貴士の解いた戒斗は満足げに頷き、わざとらしいぐらいに笑いながら貴士から離れていく。丁度、昼休憩の時間だ。

「…………」

 うつ伏せに引き倒された格好から起き上がった貴士は、遠ざかっていくそんな戒斗の背中を遠目に、地面に座り込んだままで眺めつつ。しかし神妙な顔の奥で、一つの疑念を巡らせていた。

(あの動き方……いや、まさか……)

 戒斗に引き倒されている最中、彼の姿の貴士の記憶の中に刻まれたある男の姿とが、奇妙なまでに重なっていたのだ。

(もしかして、マーク……?)

 だが、すぐさま貴士はそれはない、と自分の考えを否定する。あの男と目の前の黒沢鉄男とでは、あまりに似ても似つかない。あり得るはずがないのだ、そんなことは。

 それに、そうだとして。では何故今まで気付けなかったのかという矛盾点もある。勿論、貴士が今になってそんな考えを巡らせた理由わけには、戒斗が珍しく気まぐれを起こし、少しだけ本気を出してしまったということがある。しかしそれを知らぬ貴士にとっては完全な矛盾点でしかなく、ただただ否定する材料しかない状況だった。

 故に、貴士は別人だと内心で結論づけた。遠ざかっていく黒沢鉄男の背中と、あの時香港で見たあの男の背中とは完全に別物だと。あの二人が同一人物であるはずがないと、そう結論づけていた。

「おーい、早くしねえとオメーの分まで貰っちまうぞ」

「ばっ……! ふざけんな、冗談じゃねえってえの!?」

 ニヤニヤとしながら呼びかけてくる戒斗の冗談を本気にし、慌てて起き上がった貴士は彼の方へと走っていく。ノリと勢いだけで貴士がカマした飛び蹴りをスッと避けられ、貴士が派手に壁に激突するのはまた別の話だ。

 …………とにかく、この時の貴士はまだ気付いていなかったのだ。目の前に居る彼が、黒沢鉄男が確かにあの時の彼なのだと。自分の抱いた印象が、自分の中で重なった影が正しいことに、貴士は毛ほども気付いてはいなかった。


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