Execute.103:Confirm, Aiming, and...Fire.
昼休憩を挟み、次は再び広大なシューティング・レンジに戻っての標的射撃訓練だ。今度は新型自動ライフル・HK433の評価試験ではないので、ほぼ全員でレンジに立つ。
「次は射程三〇〇、この程度なら鼻くそと変わらない距離だ。キッカリ狙って全段叩き込め」
またもや指導役に回った兎塚の声が響く中、東屋のような屋根があるお陰で日陰になっているレンジの射撃スペースに、コルダイト無煙火薬の爆ぜる強烈な爆音が絶え間なく轟いている。空薬莢はそこら中に転がり散らかし、空になった弾倉はついつい出てくる普段の手癖のせいで、容赦無く足元へと叩き落とされてしまう。
「…………」
そんな中、戒斗もまた他の連中と同様、構えた獲物越しに睨み付けるスティール・ターゲット目掛け、小気味良いとすら思えるほどのハイテンポで超音速の弾頭を次々と叩き込んでいた。無言のまま、照門越しに標的を捉え細める右眼を鷹のように鋭くし、立射の状態ながら三〇〇メートル先の標的へスパンスパンと命中させている。
ちなみに、戒斗が構えているのは先程までのHK433ではない。いい加減飽きたという理由でHK433を手放せば、その代わりに戒斗が引っ張ってきたのはフランス製のブルパップ式自動ライフル、FA-MASだった。初期型のF1モデルで、ここの武器庫の奥で埃を被っていた物だ。恐らくは物珍しさから誰かしらが持って帰ってきた代物が、そのまま使われることなく倉庫に放り込まれっ放しだった物だろう。
そんな曰く付きの代物だけあって、正直具合はあまり良くない。備え付けのアイアンサイトもアテにならず、弾の飛ぶ方向にも妙に癖がある。とはいえ暴発して機関部が吹っ飛ぶような酷い状態でないことは簡単な分解結合で把握しているので、そこまで悪いというワケではない。かといって実戦で使えるような状態ではないので、武器庫に長らく放置されていたのも頷けるというものだ。
「懐かしいな……」
そうしてFA-MASを撃っていれば、戒斗は思わずそんな独り言を漏らしていた。FA-MASは前にも何度か使う機会に巡り逢っている。戒斗が慣れた手つきで分解し、中の状態を検めることが出来たのも、そういった経験があってのことだ。
確か、最後に使ったのはフランス本国に居た頃だ。銃口付近を改造して無理矢理にサイレンサーを組み込んだFA-MASを使ったのを覚えている。標準装備の二脚も取り外し、フラッシュライトはダクトテープで強引に装着していたはずだ。戒斗の長い経験でも五本の指に入るぐらいには意味の分からない改造だったが、よりにもよってFA-MASしか入手できなかったのが全て悪い。
そういえば、エマを拾ったのもその前後ぐらいだった気がする。……というか、思い出した。あの頃は大半が拳銃だけで片付く案件ばっかりだったのに、急に自動ライフルが要り用になって。その末に超短期間で無理矢理入手したのが、FA-MASだったのだ。丁度、今構えているのと同じF1型の、だ。
思い出してみれば、何だか感慨深くなってくる。知らず知らずの内に、あれからもうそんなに長い時間が経っていたのかと思えば、不思議な気分に浸ってしまう。あの日から、あの雨の降りしきっていたパリの街での出逢いから、もうそれだけの時間が経っていただなんて。時間の流れとは時に優しく、時にあまりに残酷なものだと、戒斗は不思議な気分とともに実感していた。
「……ん?」
そうした思いに浸りながらFA-MASを撃ちまくり、何本目かという弾倉が空になった頃。戒斗はふとした時に流した横目の視線の中で妙なものに気づき、撃ち尽くしたFA-MASを目の前の机に置けば、その違和感の発生源――つまり、吹雪の方へと歩いて行く。
「遅いぜ、ブッキー。ソイツじゃあ遅すぎる」
吹雪が丁度射撃を中断したタイミングを見計らい、戒斗はニヤニヤと。あくまで黒沢鉄男を装いつつ、彼の後ろからそう声を掛ける。
「んだよ」癇に障ったのか、苛立った様子で吹雪が振り向く。「何が遅いってんだよ、俺の」
「全部だよ」
「全部だぁ?」
相変わらず棘の目立つ吹雪の反応に尚もニヤニヤとしながら、戒斗は「そうそう、全部」と強調するように言う。
「敵を見て、狙って、トリガーを引く。この三テンポのどれもが、ブッキーの場合はちょいと遅せえな」
「……どういうこったよ、言ったからにはアンタの方が速いんだろうな?」
と、吹雪は相変わらず突っかかる様子で文句を言い。自分が手に持っていたG36C自動ライフルを、不満たっぷりな顔色で戒斗の方へと手渡してきた。文句を言うならやってみせろ、ということらしい。
「勿論」と戒斗はニヤニヤしながら頷き、そのG36Cを受け取った。受け取った後で、一応軽く状態を検分する。武器の現地調達が多かった戒斗の職業病というか、癖みたいなものだ。
見たところ、吹雪のG36Cはほぼノーマル状態と云っても良いぐらいに没個性的だ。プラスチック多用の……一見すると、それこそ『エイリアン2』に出てきたパルスライフルかと思うぐらいに玩具っぽい見た目のG36Cには、至る所に小傷が走っている。折り畳み式の銃床も前後やチークピースの上下が調節可能な最新モデルでなく、昔ながらの折り畳みオンリーのシンプルな物だ。
取り付けられているアクセサリ類も、トップレール上にEOTech製のEXPS-3ホロサイトが乗っかっているのみで、ハンドガード部にフォアグリップの類も見当たらない。銃口部のフラッシュ・ハイダーはクイック・ディタッチメント(QD)式のサイレンサーに対応した物に交換されているが、それ以外は本当にノーマルのままといった具合だった。
確かにこれなら、小柄でどちらかといえば非力な吹雪にはよく合うライフルだろう。重量は三キロ手前ぐらいで軽く、銃身も短いから小柄な吹雪でも取り回しには困らないはずだ。銃身基部に致命的な欠陥をG36シリーズは抱えているといえ、別に灼熱の砂漠地帯で使い倒すワケでもない。戒斗が思う限り、確かに吹雪にはこれ以上無いぐらいにベストなライフルだろう。
「ブッキー、誰に勧められてコイツを?」
「……兎塚さんだよ、だからどうした?」
やはりな、と戒斗は吹雪の回答を聞き、内心で深々と納得する。兎塚らしい堅実なチョイスだ。吹雪の体格に特性、性格上のことまでよく捉えたチョイスだと戒斗は感心する。
「んにゃ、ちょいと訊いてみたかっただけさね」
が、それを敢えて表面に出すことはせず。はぐらかすように戒斗は言うと、吹雪を押し退けレンジの前に立った。
「百聞は一見に如かず、物は試しってね。まあ見てなよブッキー、百の言葉より一の行動さ」
ニヤニヤとしながら戒斗は傍らの吹雪に言い、一旦弾倉を抜いてコッキング・ハンドルを引き、薬室の確認。弾が未装填であることを排莢口越しに確認すれば弾倉を差し直し、銃上部のコッキング・ハンドルを左手で派手に目いっぱい引き、放す。ガシャンと音を立てて前進したボルトキャリアが半透明の三十連発弾倉から最初の一発を拾い上げたことを確認すれば、親指でセレクタを弾きセイフティ解除。セミオートに合わせたG36Cを構え、サッと狙いを付け引鉄を絞った。
タンタンタン、と物凄い勢いで5.56mm弾が吐き出される。ホロサイトの照準位置は吹雪の小さな体格に合わせているせいで、一七〇センチ半ばぐらいな戒斗が狙うと結構なズレが生じている。
何発か狙いよりややズレたところへ当てつつ、瞬時に頭の中で位置を補正。少しズレた場所を狙うことで簡易的な照準補正を行いつつ、戒斗は横並びになっていた六つのスティール・ターゲットを瞬時に撃ち抜いた。
「ま、ザッとこんなもんよ」
構えを解き、セイフティを掛け直したG36Cを肩に担げば、振り返った戒斗がニヤニヤとしつつ言う。悔しげな顔をする吹雪は「ぐぬぬ……」と何か言いたげだったが、しかし目の前で見せつけられてしまえば何も言うことが出来ず、文字通りぐうの音も出ない状態だった。
「ということで、大人の言うことは大人しく聞きなさいよ」
「誰が子供だっ!!」
「別にブッキーをガキだなんて一言も言っちゃいないんだけど……あー、もしかしてブッキーってば自覚あるゥー??」
「うるせえ黙れっ!!」
「はいはい、分かった分かった」
そんな少しの紆余曲折を経つつ、戒斗は突き返したG36Cを吹雪に構えさせる。腰を低くし、吹雪の目線と自分の目線の位置を合わせるようにしながら、戒斗はライフルを構える吹雪の横で軽く、ざっくりと教え始めた。
「さっきも言った通り、鉄砲ってのは見て、狙って、トリガーを引くの三動作でやるモンだ。厳密に言えば見て、構えて、狙って、引くの四動作か。ブッキーの場合はその動作……あー、特に狙うの段階だな。それが致命的に遅いんだ」
「じゃあ、どうしろってんだよ」
「簡単さ」と戒斗は言う。「銃口で敵をなぞるんだ」
「どういうことだよ?」
「喩えていうなら、銃口からまっすぐ赤いレーザーが伸びてると思えばいい。そのレーザーが……銃口が敵にピッタリ合わさった時にトリガーを引けば、確実に当たる。腰溜めで構えていようが、片手だろうが関係ない。ホロサイトを使って狙うのは当然のことだけど、視覚にばかり囚われすぎるな」
「それって、色々と崩壊してんじゃねえかよ。銃ってのは見て狙って当てるもんだろ?」
「その通りだ。百点満点の回答だけど、それが全部じゃない。戦いの中に於いては何が起きるか分からない、だから臨機応変に行けってことだ。特に単独で大量の敵を至近距離で相手にする場合は、狙うプロセスを極限まで短くせにゃならん。でなけりゃ、風穴こしらえてあの世行きになっちまうからよ」
「……わーったよ、やってみりゃあ良いんだろ、やってみりゃあ」
戒斗の説明が一通り終わると、不服そうな顔ながらもとりあえずは納得してくれたらしい吹雪は、再び射撃を再開した。
そうすれば、さっきよりも少しは速くなっている。後は訓練次第というところだろうが、この調子で鍛錬を欠かさなければある程度の領域までは行けるだろう。戒斗はそう踏んでいた。
それと同時に、吹雪の場合はどちらかといえばショットガンの方が合うのではないか、なんて妄言めいたことまで思ってしまう。だがすぐに頭を激しく横に振り、その考えを掻き消した。吹雪にショットガンなんか使わせてしまえば、それこそ誤射が本気で洒落にならないレベルで怖くなってくる。敵味方の区別も何処か曖昧な奴に散弾を持たせてはいけない。幾らセンスがあるといっても、吹雪は何処まで行っても所詮、ただのチンピラ上がりなのだ。ただ、少し腕が良すぎただけの。
「よーし、この辺でおしまいにしておこう。次はナイフ格闘の訓練だ」
と、そんな頃合いになってまた兎塚の号令が聞こえてくる。




