Execute.102:Who What Who What...?/漆黒の影、垣間見える深淵
やがて戒斗以外にも、兎塚など数名に行き渡ったHK433の評価テストの項目は終了し。試供品めいたそのライフルを支給された面々はそのまま継続してHK433を使い、後の面々は各々の好みで勝手な装備をチョイスすれば、今度は普段通りの業務訓練が始まった。
「ホステージ・インサイド! ほら何してる、さっさとフラッシュを投げろ!」
指導役たる兎塚の怒声が響く中、敷地の一角にある平屋のキルハウス。天井がなく、構造もベニヤ板を立てて組み合わせた迷路のような趣の、屋内をイメージしたそのキルハウスの中で日々谷の面々が忙しなく動く。
禅が閃光音響手榴弾を投げ、それが爆ぜると同時に貴士や吹雪、そして戒斗も一緒になって雪崩込んでいく。米海軍特殊部隊、SEALチーム上がりでC.T.I.UのSTF要員として第一線で戦い続けてきた戒斗にとっては朝飯前のようなことでも、こういったシチュエーションに慣れていない連中――とりわけ吹雪に関しては、戸惑いぎこちない様子を見せていた。
「遅いぞ吹雪、それじゃあアッという間に蜂の巣だ!」
「う、うっす!」
「それに貴士、お前はケツ持ちのフォローだろ! お前まで一緒になって入ってどうする!?」
「あっ!? わ、悪りぃっ!」
「今のをもう一回、やり直しだ! ……配置に付け、さっきのエントリー・ポイントだ!」
物見台のような高い櫓の上からキルハウスの中を見下ろす兎塚の声が無線から響けば、中の連中はもう一度先程と同じ突入位置へと戻っていく。
「……よし、エントリー!」
そしてまた兎塚の号令が告げられると、二度目の模擬突入が始まる。
二つ目の閃光音響手榴弾を掴み取った禅がドアの隙間から部屋の中へそれを投げ入れ、数秒後に爆ぜる。それを確認すると禅がドアを派手に蹴破り、開いたドアから戒斗と吹雪が室内へと雪崩込んでいく。この時、貴士は禅と背中合わせみたく後ろを向いて、不意の襲撃からチームの背中をカヴァーする役割だ。
響く銃声、撃ち倒される人型のスティール・ターゲット。いの一番に突入した戒斗の構えるHK433が吠え、続き滑り込む吹雪のG36Cが銃口から火花を散らす。
「クリア!」
目の前にあった数個の標的を殆ど一瞬で撃ち倒せば、戒斗の声がキルハウスに木霊した。その数秒後、何度かの発砲音の後で「く……クリア!」と、緊張した面持ちでの吹雪の報告が聞こえてくる。
「よし、ホステージは確保した。……後は脱出だ。ブッキー、カヴァーを」
「分かってるよ、言われなくたって!」
そうして室内の制圧が完了すれば、中でパイプ椅子に縛られるような格好で待っていた人質役の英治を解放し、その手を引いて戒斗が部屋を出て行く。いつも通りに刺々しい言葉を吹雪に投げ掛けられる傍ら、戒斗はHK433から予備の自動拳銃、グロック19へと構える獲物を切り替えている。
「順調みたいね、訓練の方は」
そんな様子を、物見櫓から腕組みをして兎塚が眺めていれば。同じく櫓の上でみどりとともに訓練の様子を眺めていた社長がそう、兎塚に背中から声を掛けた。
「順調といえば順調、前途多難といえば否定はしきれないね」
社長の方に一瞬振り返って一瞥した後、また眼下のキルハウスの方に視線を戻した兎塚が頷く。兎塚は黒いTシャツにカーキ色のカーゴパンツという出で立ちで、胸にはいつものFAPCプレートキャリアを羽織り、目深に被る砂色のベースボール・キャップから垣間見える双眸には、シューティング用の黒く細身なサングラスを掛けていた。パッと見の印象はどこぞのPMSCオペレータか、或いは非正規作戦に従事する特殊部隊員のようだ。
事実、兎塚の経歴はその風貌に見合っていた。米海兵隊スカウト・スナイパーを経験した後、別部署のTier1級特殊部隊へと引き抜かれている。そんな人材がなんでまた日々谷に引き抜かれているのか、その辺の事情はさておきにしても、彼がこうして皆の指導役に抜擢されるのには、それだけの経歴と実績があってのことだ。
当然のことではあるが、戒斗を始めとし兎塚の詳しい経歴を知る者は、この櫓の上に居る社長とみどりを除いては、この場に誰一人として存在しない。しかしまことしやかに囁かれる噂と、そして何よりも彼の実力を認めているからこそ、兎塚が指導役に付くことに異を唱える者は誰一人として居ないのだ。
「んでんで、うさぎさん的な皆の所見としては、どんなとこなのよォん。おばちゃんに訊かせちゃあくれないかねえ?」
兎塚の横に立ったみどりが、いつも通りの妙にねっとりとした声で訊けば。すると兎塚は「そうだね」と普段通りに優しげな横顔を見せながら頷いて、
「全体的に、悪くはない。でも良くはないね。個々の能力は突出しているけれど、肝心の連携がイマイチだ。多少なりともチームワークを意識してるのは禅ちゃんと黒沢ぐらいで、後は正直そこまで考えてないって感じだ」
「禅ちゃんはさておき、鉄ちゃんもああ見えてさ、根はクソ真面目っぽいからねえ」
「否定はしないよ」みどりの言葉に、兎塚は苦笑いしながら同意する。
「千鶴や大滝みたいな野獣はまた別にするとしても、現状で一番色々と目立つのは……」
「まあ、ブッキーだろうねえ」
兎塚が言い切る前に先読みして言ったみどりの言葉に、兎塚は否定もせず「そうだね」と頷いた。
「元の出が出だからある程度は仕方ないのかも知れないけれど、かなりスタンドプレーが目立つ感じかな。接近戦での彼のセンスには僕も光るモノを感じるけれど、肝心の技術もメンタルも、フィジカル面でも追いついていない。
それに、戦い方も銃の狙いも、言ってしまえば全体的に雑なんだ。今までならそれで通用してきたかもしれないけれど、これからこの会社で業務に当たっていく以上、今までのままで通用するとは限らない」
「へーえ? 兎塚くん、今日はいつにも増して言うじゃないの」
感心した様子で社長にそう言われれば、兎塚は「まあね」と笑顔のままで反応をし、
「…………喧嘩殺法じゃあ通じない相手を、僕は嫌ってほど見てきてるから」
と、途端に横顔へほんの少しだけの影色を落とせば、消え入るような小声でポツリとそう呟いた。小さな小さな声音で、過去の記憶に思いを馳せるような瞳の色で。
兎塚の脳裏に浮かぶのは、一面砂と岩場で埋め尽くされた灼熱の記憶。イラクやアフガニスタンは当然のこととして、時には東南アジアや南米、アフリカでだって戦ったことがある。潜り抜けてきた無数の視線で、戦い抜いてきた幾千もの戦場で。生半可な戦い方では通じない相手を、兎塚は嫌ってほど相手にしてきた。
時に、それは義憤に燃える戦士だった。時に、それは民族自決に燃える独立の志士だった。時に、それは合衆国への復讐を企てるテロリストでもあった。そして時には、どう考えても同じSOF上がりとしか思えないような、そんな恐ろしい腕前の傭兵たちと銃火を交えたことだってあった。
それらの記憶が、兎塚の奥底に堆積した経験が訴えかけてくるのだ。今の日々谷のままではいけないと。今のままでは、次に訪れるだろう更なる困難な局面に、対応しきることが出来ないだろうと。
まして、この間の荒城が拉致された一件もある。あの事件に際し突入部隊として久々に矢面に立ち、兎塚は痛烈に感じたことがあった。もっと部隊全体としての練度を上げねばならない。もっと、更にこの日々谷警備保障を強固な体制にしていかなければいけないと。
そのことが、巨大な化け物を。日々谷警備保障という強大なハイドラを育て上げてしまうことだと理解していても、兎塚はそうしなければならないと……何処か、使命感にも似たものを感じていた。
だからかもしれない。今日に限って、ここまでいつもより強く熱が入ってしまうのも。兎塚はそれを自覚すると、フッと自嘲めいた笑みを微かに浮かべてみせた。
「……おっと」
そうして、自然に顎先へと伸びていた手が空を切ってしまう。昔、中東に居た頃に髭を伸ばしていた時の名残だ。今でもこうして、昔の癖がふとした時にひょっこり顔を出してしまう。今はもう全部剃ってしまって、熊のようだった髭は面影すらないというのに。それでもこうしてしまうのは、自分が無意識の内に不安を感じているからなのか。
「……伯ちゃんのことなら、心配いらないよ。まだ療養中だけれど、じきに復帰したいって本人も言ってる」
そんな兎塚の様子を機敏に感じ取り、みどりが彼の横でボソッと小声で囁きかけた。兎塚は「分かってるよ」とにこやかに頷き、再び腕を組み直し眼下のキルハウスへと意識を戻す。
荒城はあの後、今日に至るまで療養措置が社長から命じられている。彼の傷を癒やす為だと、社長は言っていた。身体と心、双方に負ってしまった深手を癒やす為に、暫くの間は業務に出さず、やってもデスクワークに徹せさせるそうだ。
それでいい、と兎塚も納得している。荒城には確かに暫く休憩が必要だったし、それに何よりも、手負いの身体で鉄火場に出てこられても困るというものだ。どうせなら、ちゃんと傷を癒やし、英気を養ってから復帰して貰いたい。
(……出来ることなら、もう駆り出したくはないんだけれど)
兎塚の本音としては、実はこんな具合だった。昔の苦々しい記憶と、見た目同様にまだまだ幼い荒城を重ねてしまっているからなのか。彼もまたそれを望まないと分かっているのに、兎塚はそう思わずにはいられない。そう願わずにはいられないのだ。出来ることなら、もう二度と自分たちの世界に関わっては欲しくないと。出来ることなら、後の人生は平穏に、健やかに幸せに過ごして欲しいのだと。
でも、それが叶わないことであることもまた、兎塚は痛いほどに知っていた。それこそ少年兵のように幼き頃から戦いばかりを強いられてきた荒城が、血生臭いことしか知らない彼が、はい終わりましたでこの先、マトモに人間らしく暮らしていけるワケがないのだから。
―――――彼は、荒城伯はとどのつまり、空っぽなのだ。
空っぽの器。何も知らない、血の流し方以外は何も知らない、あまりにも空っぽの器。荒城がそういう生き方を強いられてきたことを、痛いほどに知っているから。だからこそ兎塚は、己の願いがどう足掻いても叶わぬ絵空事であることを、十分すぎるほどに理解しているのだ。
まして、そんな安穏とした日々に戻ることなんて、彼自身が望まないだろう。それを分かっているから、兎塚は彼に何も言わないのだ。いっそ、生きていてくれさえすれば良いとすら思う。独善的な願いだと分かっていても、もう二度とあんな哀しい光景は目にしたくない。子供が死んでいく場面に出くわすのは、もうまっぴらなのだ…………。
「で、他の子たちはどうなの?」
社長に問われ、兎塚はハッと我に返る。どうやらいつの間にか、深い思考の渦に囚われていたらしい。らしくないことだ。兎塚は内心で小さく自省した。こんなに考え込むだなんて、本当に自分らしくない。
「貴士は中の上ってところかな。難なくそつなくだけれど、たまに自分の役割を忘れるのが致命的だね。それに戦術眼も育ち盛りってところだから、今後の成長に期待かな」
「ふーん」興味深げに社長が唸る。「じゃあ、禅ちゃんは?」
「禅に関しては、本当にそつなくこなしてるって感じだ。何をやらせてもキッチリ仕事はこなすし、ここの連中じゃあ珍しく、チームワークも取ろうと努力してくれてる。ああ見えて血の気はかなり多い方だから、室内戦ならショットガン持たせてポイントマンに立たせるのがベストだと僕は思うよ」
「禅ちゃん、顔に似合わず武闘派じゃからのう」
ほっほっほ、と何故かどこぞのご隠居みたくジジ臭い笑い方をみどりがするものだから、兎塚も社長も苦笑いしてしまう。みどりの茶化し方は何というか、独特というか……妙に斜め上だ。
「千鶴くんと大滝くんは色んな意味で論外として、英治くんもニンジャだからまあ別枠。保くんはまあ見れば分かるとして……」
「…………一番不思議なのは、やっぱり黒沢だね」
社長が言い掛けた言葉を引き継ぐようにして、何処か神妙な顔で兎塚が言えば。社長もみどりもうんうんと静かに頷き、兎塚の言葉に完全なる同意の意志を示した。
「前から不思議に思ってたけれど、黒沢だけは妙に経験値が高いんだ。やたらと場慣れしてるっていうか、異様なぐらいに落ち着いてる」
「あー、分かるわー」と、みどり。「鉄ちゃんって時々、なんてーか別の顔がフッと出てくることあるよね。ほんの一瞬なんだけどさ」
「……ねぇ、みどり。貴女はどう思う?」
質問の意図が分からず、みどりが「どうって、どういうことさ」と社長に訊き返せば、社長は「簡単なことよ」と言い返し、
「黒沢くんのことよ」
「あー……」
「貴女の率直な感想を訊かせて貰いたいの」
「……何ていうか、気ィ張ってるっぽいんだよね」
その言葉を皮切りにして、みどりは戒斗に対して抱いた率直な感想を、二人に向かって述べ始めた。
「前にも保っちゃんと話してたことあるんだけどさ、妙に張り詰めた感じなんだわ。例えを持ってくるなら、張りすぎたギターの弦って感じ? テンションが掛かりすぎてパッツパツで、今にもパチーンって切れちゃいそうな、そんな感じ。
……で、これも保っちゃんと話してたんだけど。さっきも言った別の顔っていうか、ボロってーのかな? たまーに、たまーにね、ほんの少しだけポロッと出すことがあるのよ、鉄ちゃん。注意深く見てなきゃ分かんない程度には小っさいんだけどさ。……分かるかな、シャッチョさんにうさぎさん?」
「分かるわ」
「……まあ、分からなくもないかな」
最後の方がやたらと自信なさげだったみどりに、社長はうんうんと頷き全力の同意を。兎塚の方は困ったような顔で、曖昧な色を示してみせる。
「まあ、ンなことはどうでも良いんだけどね。あの子が何を隠してようが何を抱えてようが、正直アタシには関係ないことだし。毎日のお仕事だけちゃーんとこなしてくれれば、それで問題ないわけヨ。
……でもまあ、心配といえば心配でもあるか。パツーンと張り詰めた何かが切れちゃう瞬間がね、それが来ないかだけが心配かなァー。危うくて、怖いんだよね。鉄ちゃんああ見えて、さっきも言ったけど根はクソ真面目っぽいから」
「……だそうだけれど、兎塚くん的にはどう?」
と、みどりの話が一通り終わった所で社長に話を振られ。兎塚は「そうだなあ」と髭が消えて寂しい顎に手を当て、暫くの間唸り考え込んだ。
「黒沢の経歴、前に社長に見せて貰ったので全部だっけ?」
「そうね」頷く社長。「少なくとも、ウチの方で把握してるのはアレで全部だわ」
実のところ、兎塚は戒斗のやたら場慣れした雰囲気が気になり、社長に頼み込んで彼の経歴を見せて貰ったことがあるのだ。
勿論、それは葉月が周到に用意した、黒沢鉄男としての経歴。完全に偽の、真っ赤な嘘の経歴だ。当然そんなものを見せられても兎塚が納得するワケもなく、疑問は今の今まで持ちっ放しだったのだ。
「……だとしたら、SEAL系の誰かに教え込まれてたって線がやっぱり濃厚かな」
社長の回答を聞いた後、兎塚はまたひとしきり唸った後で、そう独り言で一つの可能性を提示した。それに社長が「どういうこと?」と問いかけると、
「ほら、黒沢ってライフル構える時、ハイレディのポジションになること多いよね? ……おっ、丁度今みたいな感じだ」
兎塚が顎で示した先を、みどりと社長も見下ろしてみる。
すると、確かに戒斗はHK433の銃口を上に向けるような格好で壁際に張り付いていた。他の貴士たちが皆、銃口を下に向けたローレディのポジションを取っているのに対し、戒斗だけが銃口を上に向け、あたかも銃を掲げているような格好だ。
「アレはハイレディ・ポジションって言ってね、海軍のSEALチームじゃああいう風に教えるんだ」
例えば、海兵隊上がりの僕が毎回、AR-15を撃つ度にダスト・カヴァーを閉じる癖があるみたいにね――――。
「だから、黒沢くんはSEALsの誰かに教わってたかもしれないってこと?」
「考えられる可能性としては、一番だね」社長の言葉を、兎塚が肯定した。
「……或いは、ウチの持ってる鉄ちゃんの経歴が真っ赤な偽物で。ホントの鉄ちゃんがどこぞの特殊部隊か、秘密組織のエージェントだったりして」
その後で、みどりが冗談めいてそう言うと。しかし社長と兎塚の二人は、いやに真剣な顔でそれを訊き止めていた。
「……まさか、第57任務部隊?」
「いや、それはないよ社長。あそこには僕の知り合いも何人かいるけれど、間違いなく黒沢は混じってないよ」
「まあ、そうよねえ」
うーん、と社長が悩ましげに唸ると、兎塚は「あはは」と楽しげに笑う。
――――第57任務部隊。
十年と少し前、嘗て米軍内部に存在していた、CIA主導で設立された非公式の極秘特殊部隊の名だ。デルタフォースやDEVGRUと同じくTier1級の序列を与えられた、しかし一切外部に露出しない正真正銘の影の部隊。合衆国の暗部であり、合衆国の底知れ無さの象徴のような部隊。それが今、社長の言葉に出てきた第57任務部隊、TF57なのだ。
影の部隊として暗躍していたTF57だったが、パキスタン領内での任務で転機が訪れる。作戦終了後の帰還中に、部隊が搭乗していた輸送ヘリが待ち伏せに遭い墜落。その後の敵の追撃と逃亡で部隊の半数以上がK.I.A(作戦行動中に死亡)。僅かに残った生き残りが救助されたものの、部隊は壊滅状態の憂き目に遭ったのだ。
そして、その事件から数週間後にパキスタン経由でマスコミへと漏れ。存在が明るみに出たTF57とその生き残りは、マスコミのハイエナが如き追求に悩まされることとなったのだ。当時はメディアでも大々的に報じられていたから、社長やみどりの記憶にも深く刻まれていた。確かそのTF57の生き残りの一人は、最終的に民間軍事企業(PMSC)へ流れていったと記憶しているが……。
どちらにせよ、それだけの部隊だ。もし仮に黒沢鉄男の経歴が偽物だとして、暗部たるその部隊に所属していたのならば経歴が明かせないのも頷ける。そう思って社長はポロッと口に出してしまったのだが、実際に元TF57のオペレータと面識のあるという兎塚に否定されてしまった以上、その可能性は有り得ないと断定するしかなかった。
「まあ、何でも良いけどさ」
尚も社長が唸る中で、兎塚は柔らかな笑顔を浮かべながらで口を開く。
「仮に、黒沢がどこぞの極秘部隊の出身だったとして。もし仮に、社長の持ってる彼の経歴が偽物だったとして。それは、僕たちに関係のあることじゃないよ」
「……そうね」フッと微かに笑いながら、社長が頷いた。続いてみどりも「まー、だよねェー」と間延びした声で反応する。
「現に黒沢は、僕たちの仲間としてこの日々谷警備保障に居る。現に戦力として、社長や僕たちに力を貸してくれている。
…………だったらさ、僕は文句ないな。彼がどんな人間だったにせよ、それは全部過去のことだから。ヒトの過去をあれこれ詮索するのは趣味じゃないし、無意味だと僕は思う。この話はどのみち出口なんてないし、不毛にしかならないのは目に見えてる。
だからさ、二人とも。この話はこれでおしまいにしておこうよ」
兎塚の言った言葉に、みどりが「んだんだ」と呑気な声で反応する傍ら。社長は小さく息をつくと「そうね、そうだわよね」と今一度うんうんと深く頷いて、
「私も、彼の過去にさほど興味があるわけじゃないわ。確かに兎塚くんの言う通りよね」
そんな言葉とともに、戒斗に対してのこれ以上の詮索を取りやめた。
「どうだっていい。私の力になるのなら、何だって構わないわ……」
そして、高い物見櫓の上から彼を見下ろす。ある意味では的外れな、しかしある意味では的を射ていた予測の的にしてしまった彼――――黒沢鉄男。いや、戦部戒斗がキルハウスに立つ姿を、兎塚やみどりと一緒になって。社長はじぃっと、遠くを眺めるように見下ろしていた。




