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第5話 対局開始

 対局場と呼ばれる囲碁を行う場所は、音楽室や美術室など部屋をひとまとめにした、特別棟という建物の中に入っていた。


 吹奏楽部が練習をしているのだろうか。音楽が響き渡る中で階段を昇っていく。


 三階へとあがった夏実と優子は、扉を開け対局場へと足を踏み入れる。そこは、長机と椅子が多く並んでいる、ごくごく普通の部屋といった感じだった。夏実が中を物珍しそうに見渡す。


「想像していたより普通な感じだね。もっと畳とか敷いてあって、正座してやるのかと思ってた」テレビなどで見た、囲碁の対局風景を思い出しながら、話しかける。


「私もそう思っていたけど、普段からやるならこっちの方が何かと楽だし」


 夏実は自分のスカートの端をつまみながら、まあそうだよねと独りごちる。


「対局のための道具なんかは、ここの棚に入ってるんだ。囲碁を専攻している人なら、放課後とかにいつでも使っていいことになっているから。今日はまだ誰も来ていないみたい」優子が説明する。


「おお!」棚を見た夏実が驚きの声を上げる。中には囲碁をするための碁盤や対局時計などの道具がずらりと並んでいた。


「すごい量だよね。多いときには四十人以上が同時に対局するから、その分だけあるみたい」


 こうして道具が並んでいる光景を見ていると、囲碁を勉強できる学校に入ったのだと実感が湧いてくる。


「ねえ、今ちょっと打っていかない?」夏実が優子を誘う。囲碁をすることを「打つ」という。


「うーん、門限まではまだ時間があるから、少しだけなら」壁に掛けられている時計を見ながら優子が答える。


 木製の碁盤と、碁笥ごけと呼ばれる碁石の入れ物を机に運んで、対局の準備をする。


囲碁を打つのに、さほど道具と場所はいらない。人が二人座れるだけのスペースと、座布団程度の大きさの碁盤、それに白と黒に分かれた碁石があれば十分だ。


「先手後手はニギリでいい?」優子が準備をしながら尋ねる。


 ニギリとは、囲碁で先に打つ順番を決める方法で片方が白い碁石を適当に片手で掴んで、拳を握ったまま碁盤の上に置く。もう片方が握られている碁石の数が、偶数か奇数かを予想して宣言する。


 予想が当たっていれば、宣言した方が先に打つようになり、外れていれば後から打つようになる。先に打つ方と、後から打つ方とどちらかが極端に有利にならないようにされているが、それでも公正を期すためにこのようなニギリと呼ばれる方法が伝統的に取られることが多い。


「うん、それでいいよ」夏実の返事を聞き、優子が碁石を掴んで拳を碁盤の上に置く。


 夏実が碁盤の上に黒い石を一つ乗せる。黒石を一つ乗せるのは数が奇数だという意思表示になる。逆に偶数だと思えば、石を二つ乗せる。


 優子が手を開いて、中からこぼれ出た白い碁石の数を数える。白石の数は全部六個。偶数だったため、お互いに碁石が入っている碁笥を交換する。碁笥には黒い石だけが入っているものと、白い石だけが入っているものがある。


 囲碁では先に打つ方が黒石を使い、後から打つ方が白石を使うというルールになっているため、自分が使う方の碁笥を碁盤の右側に置く。



「お願いします」

「お願いします」


 二人が同時に挨拶をする。対局の始まりと終わりに挨拶をするのはマナーであり、囲碁を打っている二人にとっては、習慣のようになっていた。挨拶と同時に顔がぐっと引き締まる。優子が石を掴み、一手目を打つ。


 囲碁は碁盤の上、縦横に十九本ずつ線が引かれており、その線が交差する点であればどこに打ってもよい。けれども、ただ適当に打っているだけで勝てるはずもなく、長年の研究の結果としてこの場所に打つ方が良いとされる定石がいくつかある。


 自分の陣地を作る際には、石を並べて相手の石が入って来られないように石を並べて、自分の陣地を囲う必要がある。


 碁盤の端の方であれば、真ん中と比べて囲うのに並べる石の数が少なくてすむので、結果として少ない手数でより多くの陣地を作ることができる。


 そのため碁盤の四隅は特に陣地を作りやすい場所として、最初に打たれることが多い。けれども、あまり碁盤の角の方に寄りすぎても、逆に相手に囲まれて取られてしまうし、角から離れすぎても相手が中に入って来て陣地を奪われてしまう。


 碁盤の外側から、縦横に四本目の線が交差する点を星というが、その星の周辺が陣地を確保するのにちょうどよい点とされて、いくつも定石が作られている。


 優子が打ったのは右上スミの小目。


 小目というのは外側から四本目と、三本目の線が交差する点で、右上スミ小目というのは自分から見て右上の角の、四本目と三本目の線が交差する点に石を置くことを表している。


 夏実も定石通りに星に打つ。どうやってゲームを進めていくか、碁盤の上に石が置かれるたびに、少しずつ道が見えてくるようだと、夏実は感じる。何も描かれていない真っ白なキャンパスの上に線が引かれ、絵の姿が現れてくるように、どんな囲碁を打とうかというお互いの構想がぶつかり合って、一つの模様が描かれる。


 勝つか負けるかを、ギリギリのところで競い合うことで生まれるその模様は予想もできず、とても美しいと。

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