幼馴染の店
「どこに行くの?」
バイクを走らせるドラゴンの後ろでそう聞くリベル。それに対してドラゴンは大きな声で答えた。
「資金調達すんだよ」
「どうやって」
「うるせぇーな。当てがあんだよ」
そうして山の中でバイクをしばらく走らせていると、大きな屋敷が見えた。
ドラゴンはその屋敷を1度素通りすると、整備された道ではあるものの、草木が手を伸ばす横道に進路を変え、そのまま砂利道をがたがたと走って屋敷の裏側に回ると、そこにバイクを停めた。
「着いたぞ」
「ここはどこ?」
「知り合いの店だ。俺みたいな奴にもちゃんと物を売ってくれる」
「俺みたいな? おにーさんってやっぱり世間からは堕落者って呼ばれてるの?」
「今更気付いたのか?」
「うすうす気付いてた」
「だったら堕落者がどんな人間かも分かってるよなぁ? お前はそんな人間の子分になったんだよ」
リベルはバイクから降りて返事をする。
「私は構わない。幽閉されるよりずっと良い」
「だったら良い。おら、これ持て。子分だろ?」
ドラゴンはメットインを開け、膨らんだ布袋を取り出してリベルに渡した。
リベルがそれを受け取り、ドラゴンが手を離すと、予想より遥かに重かったのか、リベルは布袋を落としてしまう。
「ご、ごめんなさい」
「謝ってる暇があるならさっさと拾え。そして付いてこい」
「う、うん」
ドラゴンがすたすたと砂利道を歩いて行くと、リベルは慌てて布袋を拾い、両手で抱えて付いていく。
そして屋敷の扉をノックするドラゴン。
すぐに扉の覗き口が勢い良く開き、ドラゴンの顔を見つめる扉の向こうの人物が言った。
「聞いたことのある声がすると思ったらやっぱりドラゴンか。今日は何の用?」
女性の声だった。
「バイクのメンテナンスと武器、金。あとは服が欲しい」
「服?」
女性は眉間にシワを寄せて聞いた。
ドラゴンは少し横にそれてリベルが見えるようにして返事をする。
「俺のじゃねぇよ。こいつのだ」
女性はボロボロになった服を着るリベルを凝視する。
リベルがその目を呆然と見つめ返していると、扉の鍵が開く音と共に女性が言った。
「まぁ良い。入りな」
きしんだ音を上げ開かれる扉のドアノブを掴んで中に入るドラゴン。
リベルも後に続く。
「それにしても儲かってんのかぁ? 相変わらずの最低の立地条件じゃあねぇか」
薄暗く、歩く度に軋む廊下を奥に進んでいく女性の後ろでドラゴンがそう言った。
女性は振り返ること無く前を向いたまま返事をする。
「この立地条件のおかげであなたみたいな道を踏み外した人に物を売って上げられるんだけどね」
「……うるせぇな。良いんだよ俺の事は。そんな事より親父さんから引き継いだ大切な店なんだろ?」
「もちろん。でもあなたの心配なんて要らない。ついさっきもおいしい話が舞い込んできたのよ」
「……おー。そうか。良かったじゃねぇか」
「それであなたの話に戻すけどその子は何? 妹? まさか恋人だなんて言わないよね? 性癖を疑うわ」
「んなわけねーだろだろうが!」
「そう。冗談だったんだけどそれを聞いて安心したわ」
女性は突き当たりの奥の扉を開けると、部屋の明かりをつける。
その時初めて女性の姿がはっきりとした。
女性は少し焼けた健康的な肌に、黒い髪を1つに束ね、デニムのズボンに黒いティーシャツを着ていた。
「まぁ、ここでゆっくりしておきな。私はこの子に合いそうな服を持ってくる。バイクのメンテナンスは店の子に任せるよ、いいね?」
「あー」
部屋を後にする女性にドラゴンが適当な返事をしてソファにだらしなく腰を掛ける。リベルはそのソファの前の机に布袋を置いて辺りを見渡しながら言った。
「おにーさんとあの人はどんな関係?」
ドラゴンは呆然と天井を眺めたまま返事をする。
「ただの顔馴染みだ。ここには昔から世話になってたんだよ。それこそあいつの親父さんがこの店を切り盛りしてた時からな」
「ふーん。幼馴染みなんだね」
リベルが座るところを探していると、女性が扉を開けて帰って来たた。
「この子のサイズになると、こんなのしかないけど」
そう言って女性が持ってきたのはスカートの裾に縞模様が入った黒のエプロンドレスだった。
リベルはその服を見てすぐに反応する。
「本で読んだ物語に出てくる服みたい……!」
ドラゴンは一目だけ見てすぐに返事をした。
「俺からすればそれも囚人服みたいだかな。横線入ってるしよー。だがまぁそれで良い。このボロボロの服よりよっぽどましだろう」
「あんたは?」
女性が腰に手を当てながら言った。
ドラゴンは自分の着ている、同じくボロボロの服を一瞥してから答えた。
「俺は良いんだよ。なんでも。第一ここで俺の着れる服って従業員の作業服くらいだろうが」
「そうね」
女性はそこでリベルに視線を移すと続けて言った。
「じゃあ、あんな汚い奴はほっといてあなたは着替えましょうか。ごめんね、私のお古で。でも昔、親父に無理矢理着せられて以来着てないから汚くないよ」
対してリベルは困ったように返事をする。
「でも私お金持ってない」
「お金ねー」
女性はそこで再びドラゴンに視線を戻すと話を続ける。
「持ってきてるんでしょ? 価値のありそうなもの」
ドラゴンは黙って布袋を指差した。
女性はその布袋をしばらく黙視してからそれを手に取り、中身を確認する。
「へぇ、悪くないじゃん。どうやって手にいれたのこれ」
「うるせぇな。色々あんだよ色々」
「そっかそっかー」
女性は適当に相槌を打ちながらリベルの背中を押して部屋を移動するように促す。
困惑するリベルに女性は言った。
「お金の事は心配ないみたいだしあなたは隣の部屋で着替えましょ」
そうして二人が部屋を去ってしばらくすると、先ほどのエプロンドレスを着たリベルと女性が戻ってきた。
そしてリベルが腕を背中で組みながら真っ先に言った。
「あの……おにーさん……。ありがとう」
ドラゴンは腕を組んだまま一瞥してひとつ頷く。
それに対して女性が笑いながら言った。
「それだけ? あんた良い年して照れてんの? 返事くらいしてやりなよ」
「めんどくせぇな。着れればなんでもいいだろうが……。まぁ、似合ってんじゃねぇのか……?」
「それにしてもあんたらしくないねー」
「何がだよ」
「いやー、子供に服を買ってあげるって状況がね」
「……」
ドラゴンは困った顔をして黙り込んでしまう。
そんな沈黙が続く中、会話を切り出したのはリベルだった。
「あ、あのこれから私はどうしたらいいのかな? おにーさん」
「どうするも何も子分になったんだ。しっかりと働いて貰うぜ」
そこへ女性が聞いた。
「具体的には?」
「……あー。うるせぇなぁ! 仕事くらいそのうち何かしら見つかるだろうが!」
「変わったねー、あんた。昔のあんたなら真っ先に体売らせてだろうに」
それを聞いたリベルは不安げな表情で固まった。
ドラゴンは焦りのあまり立ち上がる。
「おい! お前何言って……!」
「いやーこんな美人で上玉の子を攫って綺麗な服を着せたんだ。昔のお前ならやってだろう?」
真剣な表情の女性がドラゴンを睨みつける様にして追い打ちを掛ける。
ドラゴンは目線を落とし、またしても言葉を失ってしまう。
そこで女性は笑いながら向かいのソファに座り込んで続けた。
「その反応。そんな気はもう無いみたいで安心したよ。幼馴染が少しはまともな人間になれたようで良かった」
「悪かったな。まともな人間じゃなくて。……けどまぁ、お前の言った通り今はそんな気なんてねぇよ」
それを聞いたリベルが安堵の表情を取り戻す。
女性も先程とはうって変わって妙に優しげな表情で続けた。
「私も考えが変わったよ」
「考え……だと?」
ドラゴンもソファに腰掛けながら聞いた。
「さっきおいしい話が舞い込んできたって言ったろ? それの事さ」
ドラゴンが頭の上に疑問符を浮かべていると、真剣な表情のリベルが聞いた。
「おねーさんはなぜ、私がおにーさんに誘拐されたって事を知ってるの? 妹かどうか聞いたのは、私がおにーさんにとって近しい人じゃない事を確認する為?」
「おお! そうだ! なんでお前はその事を知ってたんだ?!」
「そりゃ知ってるもんは知ってるさ。私の所にすぐに情報が流れてきたからな。だから少しでも確信を得るために探りを入れたんだ」
女性の返答に対してリベルが続けた。
「ここに訪れた時、扉越しにおねーさんはこう言ったよね。やっぱりドラゴンか……って。私達が来るのを分かってた? おねーさんの言うおいしい話って、もしかしてだけど私達の事?」
「へぇ。鋭いね」
女性の言葉にドラゴンが立ち上がる。ここで初めて察したのか怒りを露にして言った。
「てめぇ!! 俺を売ったのか!!?」
「そんな事するわけないでしょ。けど悩んだ。あなたがこれ以上愚行を続けるならそれもあなたの為と思ったのは事実」
「くそが!!」
「くそはあなたよ。けど、そのくそさが少しでもましになってるならーー」
そこで女性はリベルへ視線を移すと続けた。
「ーーこの子の為にもあなたを逃がすべきと判断した」
「こいつの為ぇ?」
ドラゴンはリベルを指差しながら言った。
「だってこの子にとって頼りになるのはあなたしかいないじゃない」
ドラゴンは頭を掻く。
「別にそう言うのじゃねぇがな」
反応に困っているドラゴンをよそに、女性は屈んでリベルの足を見ながら言った。
「靴……無いのね。足そんなに汚しちゃって。また私のお古になるけど……これ」
そう言って女性はリベルを着替えさせた時に持ってきておいた箱の中から靴を取り出てリベルの前に並べ、同じく持ってきておいた濡れたタオルを差し出した。
「はい、足拭いて」
リベルは濡れたタオルを受け取り、近くの物に掴まりながら足を拭いていく。
そして目前の黒い靴へ足を伸ばした。
「ありがとう」
リベルがそう言ったと同時に、小さな音でブザーがなった。
女性は素早く机をずらし、床の板を外す。するとそこには地下へと繋がる階段があった。
「来たみたいだねぇ。今の音は裏道に誰かが来たときになるの。さて、私が話をしてくるからここから逃げな。バイクは抜けた先に置いてある」
「誰が来たんだ?」
「おいしい話を持ち掛けてきた奴に決まっているだろう」
ドラゴンは数回頷くと、階段を降りていく。リベルも女性に一礼するとドラゴンに続いて姿を消した。
女性は立ち上がると長い廊下の中へ消えていく。