自由の奪い合い
「着いた。降りろ」
ひたすらに走らせて着いた場所は、それなりに人が賑わう汚れた街だった。
整備が行き届いていない地面は当然のように土で、素足で生活する者も多い。当然、皆が来ている服も綺麗な物とは言い難く、街並みも有り合わせの木材で作られた小屋のような建築物がほとんどだった。
ちらほらと見受けられるコンクリートの建物は病院などの重要な施設で、すぐに目につくような場所に立っている。
そんな中、病院からそう遠くない場所にある小さな酒場の横に止めたバイクから降りるリベルが聞いた。
「ここはどこ?」
「スラム街。本で知ってんだろ?」
「知ってる。良く物語の舞台に使われる」
「だったらどんな場所かも分かってるよなぁ? ここが取引の場所だ」
ドラゴンは酒場を親指で差して言った。
リベルは酒場を茫然と眺める。
「取引……」
「お前と俺の自由を交換する場所だ」
「自由……」
「お前も少しは自由を味わえただろう? 優しい俺の自由のお裾分けだった訳だ。感謝しろよ?」
「おにーさん。私はこれからどうなるの?」
「また貴族に飼い殺しにされる生活だろうよ。お前からすればもう慣れたもんだろう? さぁ行くぞ」
ドラゴンが酒場の入り口に進んで行くが、リベルはそこに立ち尽くすだけで動かなかった。
「行きたくない」
ドラゴンも立ち止り、振り返りながら言った。
「なんだとぉ?」
ドラゴンの怒りの表情にリベルは一瞬、目を逸らすが、すぐに前を向いて強く言い返した。
「私も自由が欲しい!」
「調子に乗るなよ、ガキが。お前を丁寧に扱っていたのは好意じゃねぇんだぞ……! 分かってんだろうがよぉ。お前はただの取引の道具なんだ。さっさとこい! ガキ!」
「じゃあ私、道具やめる。だからおにーさんこのまま私を――」
リベルがそこまで言うと、その声をかき消すようにドラゴンが叫んだ。
「――黙れっ!!」
体をビクッとさせて俯くリベル。そのまま下を向いた姿勢で言った。
「おにーさんもまた私を閉じ込める為の人だった」
「初めからそうだったろうが。何夢みてんだ。俺はお前の思うような人間じゃねぇ」
リベルは顔を上げ、構える。その顔には一筋の涙が零れていた。
「おいおい、何泣いてんだ? それになんだお前……俺とやろうってのか?」
「上位火魔法『フレア』」
リベルは片手を天に掲げ、魔法名を口にした。そして手の上に現れた火球はジリジリと周りを赤く照らしながら、大きくなっていく。
「こいつ……! 上位魔法まで……?!」
ドラゴンが熱に後退りをしながら言うと、複数の小さな歯車を宙に投げ、言った。
「虚空式科学魔法展開」
宙の歯車は巨大化してドラゴンの足元に突き刺さるように落ちてくる。ドラゴンはすぐに一つ拾うと、リベルの居る方角へ向けて投射した。
「……!」
リベルはすぐに避けようと試みるが初めて使った魔法を使い慣らせず、その場で立ち往生をしてしまう。
すると歯車はリベルの手の上の火球を真っ二つに貫いて飛んで行った。その瞬間、大爆発を起こす火球。リベルはその爆風に巻き込まれ、黒い煙を体に纏いながらドラゴンの居る方に吹き飛ばされた。
周囲の人もこの騒ぎに気が付いたのか、足早に去って行く。
「面倒事に巻き込まれたくねぇって感じだな、おい、リベル。ここの奴らは薄情だなー。誰一つお前の身を案じる奴は居ねぇ」
「おにーさん……。何が言いたいのか良く分からない」
体を震わせながら立ち上がるリベルにドラゴンは言った。
「つまり俺も薄情なんだ。利口なお前なら分かるよなぁ?」
「私は利口でもおにーさんが利口じゃないから……。その回りくどい言い方は伝わりにくいし恥ずかしいからやめた方がいいよ」
ドラゴンは首を鳴らすと、頭を掻きながら低い声で言った。
「恥ずかしいのはお前だ。リベル。今の自分を無様だと思わないのか?」
そのままリベルの腹部を蹴り上げる。
そして浮かび上がったリベルの胸倉を掴み上げて言った。
「威勢が良いのは口だけか?」
ドラゴンはそのままするっとリベルを落とすと、回し蹴りをしてリベルを吹き飛ばす。
「ほら立てよ。自由が欲しいんだろう? もっと抗って見せろよ」
両手を地面に突き立て、なんとか立ち上がるリベル。
「上位火魔法『フレア』」
そしてまた手を天に掲げて魔法名を口にする。
「またそれか。お前、さっきそれで失敗しただろうが。その魔法はな、火球のバランスを取らないといけねぇから自由に動けなくなるんだよ。下手に動くと火球を落としてしまうからな。だからさっき動けなかったんだろ?」
「……違う、おにーさん。この魔法はバランスを取りながら扱う物じゃない。さっき使ってみて分かった」
ドラゴンは笑いながら返事をする。
「だったらお前はどう扱うんだよ」
「バランスを取らなければならないような大きさで放つ魔法じゃない」
リベルがそう言うと手の上に現れた火球がみるみるうちに大きくなっていく。それはどんどん温度を上げ、熱風を巻き起こし、ドラゴンは目を開けるのがやっとだった。
「させるか! クソが!」
ドラゴンは歯車を一つ火球に向けて放った。しかしあろう事か火球はその歯車を簡単に飲み込み、その体積をどんどん大きくしていく。
思わず言葉を失うドラゴン。
そのままドラゴンはリベルへ視線を向けて言った。
「……悪いな。俺もここでくたばるつもりはねぇんだよ」
ドラゴンはまた一つ歯車を拾うと、その歯車をリベルへ向けて投射した。
「……!」
しかしリベルは迫り繰る歯車をしっかりと凝視すると、当たる寸前で飛び上がり、それも上の大きな火球に当たらないように体を横にして飛び上がった。
そして歯車の側面を地面に叩き付ける様に蹴り落とし、そのまま宙で回るように着地する。
「次は私の番」
リベルはそのまま立ち上がると、両手を上げる。すると綺麗な円形だった火球がぐにゃぐにゃと形を激しく変え、熱風をさらに激しくする。
ドラゴンは思わず呟いた。
「こいつ……爆発しやがる」
熱風に吹き飛ばされないように必死に踏ん張るドラゴンは、少し悩んだ後、意を決したように言った。
「こいつは二度と使わないと誓ったんだがな……。仕方ねぇか……秘氷『ペニテンテ』」
ドラゴンが魔法名を口にすると同時に、火球が爆発を起こした。
それは周囲を焼き尽くす。木々も木造の建物も焼き、地面の土を浮かび上がらせて、熱で消滅させる。
そして一瞬の出来事だった。その一瞬で、リベルの立っている周り以外は黒く焼き、炭と化した木からも、地面からも、原形の無い建物からも、火と煙が巻き起こっている。
しかしそのリベルの前に片膝をついて立つ者が居た。
「そんなものか? おい」
氷の壁に守られ、そう言ったドラゴンは立ち上がり、腕を広げる。するとリベルに向かって氷柱が一直線に迫り、リベルの右手首を、腕の形へと姿を変えた氷が掴んだ。
腕を引っ張り、必死に抵抗するリベル。
そうしていると次は両足を氷塊により固定されてしまう。
リベルはドラゴンの顔を睨みつけて、魔法名を口にした。
「秘氷『ペニテンテ』」
しかし何も起きなかった。
ドラゴンは困惑するリベルに歩み寄りながら言った
「そりゃそうだ。だってこいつは遺伝魔法なんだからな」
「遺伝魔法……?」
「なんだ? お前の好きな本に載って無かったか? 言わばその家系の者にしか扱えない魔法の事だ」
「知ってる……! でもそれって……!」
「うるせぇなぁ。本当はこの魔法は二度と使わないって決めてたんだ」
リベルは抵抗しても逃げ出せないと悟ったのか、そこで大人しくなって会話を続けた。
「どうして……?」
「家を出た時に親父に言われたんだ。代々伝わる遺伝魔法は大切な者を守る為の魔法だとよ。家族を捨てた俺に使う権利はねえってな」
「……言い付けを守ってたの?」
「だから言っただろうが。俺の唯一の親孝行だってな。これもその一環だ」
「でも守り切れなかった」
「ほんとめんどくせぇなぁ。お前って。……まぁいい、俺の今から言う事を良く聞けよ」
「なに?」
「親父の言い分だと……。この魔法を大切な人間に使う分には良いって事だろう?」
「……たぶん、そう言う意味で言った訳じゃないと思う」
「うるせぇし、めんどくせぇ! そういう風にも捉えられるだろうがっ!!」
「じゃあ私が……あなたの言う大切な人って事?」
平然として言うリベルに対して、ドラゴンは焦って慌てて返事をする。
「お、お前の捉え方も随分と前向きな考え方じゃねぇか! 別に大切なんかじゃねぇが情が無くは無いって言ってやってんだよ! み、見込みもあるし俺の部下にしてやろうかなって思っただけだ!」
リベルは自然と出てしまいそうになる笑みを抑える為、視線をドラゴンから逸らしながら言う。
「もう暴れないから解放して。冷たいよ」
ドラゴンが腕を組むと同時に、氷が一斉に消えていきリベルが解放される。
何とも言えない表情を浮かべるドラゴンをリベルは一瞥すると続けて言った。
「おにーさん、気まずい?」
「お前が変な勘違いするからだろうが。殺すぞ」
リベルは思わず「ふふ」っと笑みを零してしまうと、腕を背中で組んで笑った事を誤魔化すように言った。
「私、おにーさんの部下になる」
「……良いだろう」
「でも良いの? 取引なんでしょ?」
「お前を見ていて思ったんだ。自由は人に乞う物じゃあねぇなと。そうだろうが」
「そうだね。じゃあやっぱり私を――」
「――おら、さっさと行くぞ。ここが取引の場所なんだ。幸い奴はまだ来てねぇみてぇだしな」
ドラゴンは氷の魔法で共に守っていたバイクに駆け出すと、リベルもそれに付いて行く。
そして二人は足早にこの場を去り、そうして静かになったこの場所に、新たな声がする。
「これでよろしかったのですか?」
「あぁ、構わないよ。あの子を育てる手間が省ける。しばらくは彼に任せておくとしよう。それに彼に高い金を出したんだ。それも無駄にしたくない。使える道具は最後まで使ってあげなくちゃね」
「なるほど……。さすが、良くお考えになられていらっしゃいますね。ハーシャッド様は……」