生きるための知恵。一か八かの賭け
リベルを抱えて走る男は、適当に部屋の中に入り込むとその場に倒れこんでしまった。それに伴い床を転がって行くリベル。
「おにーさん! 大丈夫!?」
リベルは素早く立ち上がると、男に歩み寄って聞いた。
男はうつ伏せから仰向けの状態に転がると、深く息をして返事をする。
「うるせぇ。血が足りねぇんだよ。何か止血出来そうな物持って来い」
「分かった……!」
リベルは周囲を見渡す。
綺麗に整頓された部屋だった。どうやらここは個人的な部屋であるのが内装からはうかがえる。それも置いてある小物やインテリアから、女性の部屋と想像出来る。
「ここなら使えそうな物あるかも」
「だったら早く持って来い!」
リベルが駆け出し、がさごそとあちこちを探索している音を男は天井を見上げながら聞いていた。
「あった……!」
リベルが抱えて持って来たのは、包帯と謎の液の入った小瓶、そして針と糸だった。
男は上半身を起こすと迷わず小瓶に手を伸ばし、瓶の裏を見て言った。
「蓋を開けてくれ。そいつは使える」
リベルは大きく何度も頷くと、手に抱えている物を一度床に置いて、蓋を開けて渡した。
男は中の液体を左腕に豪快にかけると、すぐさま包帯を手に取って巻こうとする。
「私が巻いてあげる……!」
不便そうにする男からリベルは包帯を取り上げると、くるくると腕に包帯を巻いて行く。
「この薬は良かったの? 元気出た?」
「こいつは戦闘のプロでも医療の現場でも愛用されている魔法液だ。魔力を回復させる優れものなんだが、副作用が強すぎてな。だがこいつはその副作用を最小限に抑えた高級品だ。当然値が張る物だが、なぜこんな所に置いてあるんだ?」
「良かった……! 元気になった!」
「……お前、自分が置かれている状況分かってんのか? 俺はお前を利用しているに過ぎないんだぞ? 何普通に喜んでんだ?」
「それはおにーさん。私にも同じ事が言える。私がここを出る為におにーさんを利用してるって事にもなる」
「なるほどな。物は考えようか。……それにしてもお前、この裁縫用の針と糸は何のために持って来たんだ?」
リベルは包帯を巻き終えると、逆に不思議そうに首を傾げながら言った。
「縫う為?」
「馬鹿が。本の見過ぎだ。こんなもので人体が縫える訳がねぇだろうが」
「……」
リベルは黙り込む。
「あぁ? 何か言えよ」
「縫おうと思えば縫えるけど、おにーさんの言う通りだね。現実的じゃない。消毒からしないと……」
「そうじゃねぇが。お前はほんとめんどくせーわ」
「おにーさんは見かけによらず博識だね」
男は仰向けの倒れこんで返事をした。
「生きるための知恵さ」
「生きるための……知恵」
リベルはそこで黙ると続けて言った。
「そう言えばこの部屋にベッドあった」
「借りるか」
男はのそのそと残された右腕を駆使して立ち上がる。
「追手は? そんな時間あるの?」
「うるせぇな。どちらにせよ俺はもう動けねぇよ。一か八か体力の回復を図る」
男はテーブルや部屋の隅に飾ってあった観葉植物の植木鉢、他に大きめの家具を扉の前に運ぶと、奥の方にあるベッドに倒れ込む。
リベルも遅れてそのベッドに腰掛けるとハッとして聞いた。
「そう言えばおにーさんの名前聞いてなかった」
「名前……なんてものはとっくに捨てた。だが俺の周りの奴らは俺の事をドラゴンって茶化して言ってたな」
「ドラゴン……! 顔のタトゥーから?」
「だろうな。……もう無駄話は良いだろう。少し寝かせてくれ」