命辛々
「74……75……76……77……」
リベルが数を数えながら石造の螺旋階段を上がっていく。
その先で男は石造の壁に手を添えながら上がっていた。
「あーくそ。なげぇな……この階段……」
「……97……98……99……。1……2……」
「そう言えばお前……なんで閉じ込められていたんだ? 家族は?」
「5……6……。おにーさん。ここ怖い?」
「分かった分かった。そう言うのはめんどくせえから俺の質問に質問で返さず普通に返事しろ」
「閉じ込められた理由は……みんな私を恐れてた……からかな? 家族もどんどん私に怯えていってた」
「あー。興味がねぇのに聞くんじゃなかったわ。ほんとつまらない話だなそれ」
「おにーさんは?」
「あ?」
「家族は?」
「家族か……とっくに縁を切ってやった。俺の家族も俺の事を恐れていたし、怯えていた。だからそれが最後の親孝行だと思ってな」
「そう言うのは親不孝だと思う」
「お前だってそうだろうが」
「私は……私は違う。そこに私の意思は……無かった」
「結果として親を不幸にさせてちまったなら俺と同じなんだよ。馬鹿が」
リベルはそこで黙り込んでしまう。
それからしばらく沈黙が続いたが、男はその気まずい雰囲気に嫌気を刺したのか新たなに会話を始める。
「そう言えばお前……99の次知らねぇのか?」
「……知ってる。100」
「あ? 意味が分からねぇ奴だな。だったら素直に100から上も数えたら良いじゃねぇか」
「だって……この階段、99の次はまた1からなんだもん」
男はその歩みを止めるとリベルの方へ振り返り、改めて聞いた。
「悪いがお前の言っている事がまた良く分からねぇ。もっと分かりやすく言ってくれねぇか?」
「壁とか階段のヒビや汚れがまったく同じ。何回も繰り返してる。それ以前におにーさん、今何階? ここは何階の建物?」
「ここは2階建てだ……。落とし穴もそんな深く無かったな」
「おかしいね」
「だったらどうすれば良いんだ?」
リベルは少し悩んだ後、答えを出した。
「……壁を破る。とか?」
男がにやつき、歯車を手に取り構えを取った所で上から突如、兜までしっかりと鎧を着た人物が現れた。
あまりにも突然な事に男も対応できず、手に持つ歯車を蹴りで弾かれてしまう。
男はとっさに殴りかかるが厚い鎧には何の効果も無く、首を掴まれそのまま壁に押しやられてしまった。
「壁を破ると言う選択肢が出てきた事には驚いたよ。あのお方が来てくださるまでここで時間稼ぎをする予定だったが、仕方ない。殺してしまうか」
男が返事をする間も無く鎧の人物はそのまま男を持ち上げると、男が背にしていた方とは逆の壁に投げ捨てた。
その勢いで石を重ねた壁が軽く粉砕し、天井からは砂埃が舞う。
「一発で伸びてしまったか? お前も知っているだろう? この鎧の戦闘能力の上昇の効果を」
鎧の人物は倒れこむ男の胸倉を掴み上げると、下の階の方向へ飛ぶように顔を殴りつける。
リベルの上を通り越すようにして下の階へ転がって行く男。
「おにーさん!」
「おにーさん! ……ぷっ、笑わせやがる」
リベルの叫びを真似するように鎧の人物がそう言うと、少女の腹部を蹴り飛ばした。
階段を転がり、男に引っかかる形で静止する。
「お前は殴られねぇとでも思っていたのか? クズの心配する暇があるなら自分の身でも案じるんだな」
男の上に倒れこむリベルを男は乱暴に除けると、壁に手をついて立ち上がり、階段を駆け上がって行く。
「へぇ。しぶといじゃねぇか。こいつが拾いたいんだろ? ほらやるよ」
鎧の人物は足元に転がる歯車を蹴り飛ばすと、男はそれを必死に掴み取ろうとする。が、その時には既に鎧の人物が目前に迫るまっていた。
「やっぱこいつがお前の強さの秘訣だったわけか」
男は時間の流れ遅く感じる世界の中で鎧の人物の声をはっきりと認識するが、反応は出来ずそのまま剣で左腕を貫かれてしまう。
走る激痛の中、対抗しようと試みるが、そのまま剣を横に振り払われ大量の血液と共にまたも下へと転がり落ちていく。
「大丈夫かー? 左腕まだ繋がってるかー?」
嘲笑混じりに聞こえてくる挑発。
男は右手を壁について辛うじて立ち上がり、自分の左腕を確認する。するとそこには今にも落ちてしまいそうな腕が皮膚でなんとか繋がっている状態だった。
息が荒くなる男。傷口を押さえようとするがそれがあまりにも酷すぎてそれさえも出来なかった。必死に鎧の人物を睨みつけるが焦点が合っていないのか、目が霞んでいるのが見て取れる。
「可哀想に」
鎧の人物はそれだけを言うとゆっくりと階段を下り、男との距離を詰めていく。
男は後退りをするのが限界だった。しかしそれもおぼつかず足を滑らせて仰向けに倒れこんでしまい階段を数段、がたがたと落ちて動きを止めてしまう。
「今楽にしてやる」
鎧の人物がそう言った瞬間、突如発砲された銃弾が兜に当たり後ろによろめいた。そしてその姿勢のまま言う。
「なんだ? そんな物でこの鎧が貫けると思ったのか?」
鎧の人物は階段の端で銃口を向けるリベルを睨む。
「想像する」
リベルがぽつりと言ったその言葉に鎧の人物が姿勢を正し、笑いながら聞く。
「なにをだ?」
「あなたの倒し方」
「笑わせるな。いかにお前が化け物と呼ばれていようが子供に何ができる? やってみろよ」
鎧の人物が階段を駆け下りる。
リベルは近くに転がる歯車を手に取ると、真向から鎧の人物へ向けて投射する。
それを鎧の人物が回避すると、その歯車は天井に突き刺さった。
「やっぱり避けた!」
「だからどうした!?」
鎧の人物は剣先を少女に向けて飛び掛かる。
リベルは全力で横に跳びその攻撃を命辛々に回避すると、手の平を鎧の人物に向けて魔法名を口にした。
「火魔法『ファイアー』」
放たれる炎の塊。それは周囲をチカチカと照らし、鎧の人物へ向けて一直線に飛んで行く。
鎧の人物はそれを剣で一刀両断に切り裂くと、その炎は周囲に広がるように散っていった。
「そんな弱い魔法が通用すると思ったのか? 手本を見せてやるよ。上位火魔法『フレア』」
鎧の人物は左手を天に掲げると、そこに炎の玉が浮かび上がる。
しかし先程リベルが使用した魔法とは違い、それだけでジリジリと焼けるような熱気を周囲に発していた。
リベルは壁に背を預けてその場から動けずに居ると、鎧の人物はゆっくりと左手を降ろす。
「馬鹿野郎が! 避けろ!」
しかしそこに男が割り込みリベルを残された右腕で肩に担ぎあげると、階段を駆け上がって行く。
そして壁に触れた魔法が爆発を起こし、壁に大きな穴を開けて黒い煙をを巻き上がらせた。
「なに!? しぶといやつめ!」
鎧の人物がそう言った所で自分の魔法で黒煙が舞い、前がろくに見えず、後を追う事が出来なかった。
『すまない。逃がしてしまった。奴らは上に向かった。対応を頼む』
鎧の人物が奥歯を噛みしめ、通信機で連絡を取る。煙が晴れた頃にはそこに二人の姿は無かった。