自由への約束
「くそ……いってぇ……」
「おにーさん大丈夫?」
無機質なコンクリートの上に仰向けに倒れこむ男の上に、ちょこんと座る少女が下を向いて聞いた。
「どけよ」
男は乱暴に少女を払い飛ばすと傍らに転がる歯車を拾って立ち上がる。
「おにーさん。落ちる時、私を守ろうとした。なんで?」
男は舌打ちをすると、そのまま少女の胸倉を掴み上げる。
足をバタバタして苦しそうにする少女をすぐ顔の前まで引き寄せ、男は言った。
「お前はなぁ、俺からしたらただの取引の道具に過ぎねぇんだよ。お前をあの野郎に届けてやっと俺は自由の身になれんだ! だからお前がくたばっちまったら俺が困るんだよ? 分かったか!」
男は少女をするっと落とし解放する。
咳き込む少女は、咳き込みながらも返事をした。
「道具……? あぁうん……分かった。いいよ」
「あぁ? なにがだよ?」
そこで少女は先程と打って変わり、冷静にそれも無表情で言った。
「私が必要なんでしょ? だからおにーさんの自由の為に協力してあげる」
「聞きわけが良いじゃねぇか。まぁ、もっともお前にわざわざ了承を得る事でもないがな」
男がそう言うと少女は立ち上がり二方向に分かれる道の一つへ歩き出す。
「おい。勝手にどこに行こうってんだ?」
「自由……。私も久しぶりに外の世界を見てみたい。だから約束ね。私はおにーさんの自由に協力するから、おにーさんは私をここから連れ出して」
「だからお前に言われなくてもそうするっての」
男はそこで頭を掻きながら続けた。
「ガキはイライラするな。それでお前はどこに行こうっての」
「自由……」
さすがに男はそこで痺れを切らしたのか、怒鳴るように言った。
「だから同じ事二度言ってんじゃねぇ! 殺すぞ!!」
少女は両手を胸元に持っていき怯えた様子で返事をする。
「……だっておにーさんが同じ事二度聞いたから……。ここに居たら自由が無くなるからって思って……」
「あ? どういう意味だ?」
「ここに居たらさっきの人達がここに来ると思って」
その時、少女が向かおうとした通路の反対側から、二人の人間が角を曲がって現れた。先程とは違い、鎧は着ていないようだ。
「いたぞ! 報告だ!」
「いや、待て! ここでこいつを仕留めて人質を回収出来れば俺らの手柄だ」
「しかしそれでは……」
「出世、出来るぜ?」
二人は顔を見合わせ、息を飲むと剣を握りしめて男へ向けて駆け出す。
男は歯車を脇に挟み拳と拳を合わせると、改めて歯車を握りしめ、構えを取って言った。
「見くびんじゃねぇよ。鎧も着てねぇ雑魚を倒す事なんて訳ねぇぜ」
目の前に迫る縦振りの剣。男はそれを体を逸らして回避すると腹部に歯車を突きつける。突如襲い繰る刃物に突き刺された痛みに一人がその場に倒れこんだ。
そして次の敵の攻撃が男を襲うが、男はそれも難なく回避し、敵の連撃を避けては歯車で受け止めまた避けて、相手を徴する。
「遅いねぇ。お前、俺が堕落者だと思って油断し過ぎだろう。俺だって魔法の一つ扱えるんだぜ」
男は相手の手首を掴んで引っ張り、そのまま懐に潜り込むと背負い投げをして地面に強打させる。
そして背中を強く打って息苦しそうにしているその人物に
「火魔法『ファイアー』」
男は魔法を唱え、そのまま手の平から林檎ほどの大きさの火球を腹部に放った。
「な? 言ったろ?」
男は敵が動かなくなった事を確認してから、少女へ向けてそう言うが、肝心の少女は最初に倒れた方の人物を指差して言った。
「でも仲間呼ぼうとしてるよ?」
続けて男もそちらを確認すると、今まさに腰に掛かってる通信機を命辛々に手に取っている所だった。
「おーいおい。誰に連絡しようってんだ?」
男はその通信機を蹴飛ばすと、流血している腹部を足で押さえ込んだ。擦れた悲鳴をあげる。
「たすけで……くだざい……」
「あぁ? なんだって?」
男は楽しそうにぐりぐりと足で傷口を抉る。
「いいぃぃぃ……たすけて……」
その人物は少女に手を伸ばして命乞いをする。
対してそれに返事したのは男だった。
「こんなガキに救いを求めてるようじゃ終わりだぜ。殺してやるよ」
男は歯車を胸に打ち付け、静かな空間に肉を貫く音が響き渡る。
それと同時に、
「動くな! 動くとこいつを殺す!!」
火の魔法で倒したと思われる人物が、少女の背後から首に剣を宛がっていた。
「おいおい……。動くなって……。頭大丈夫かお前……? そいつはお前が守らないといけねぇ人質だろう? 俺からしたら全然良いんだぜ? 殺ってちまっても」
男は半笑いで問い掛ける。
「ひっ」と情けない声を出して少女諸共後退りするその人物に少女が問いかけた。
「あなたは私をまた閉じ込める為の人?」
「う、うるせぇ! ガキが! お前みたいな気持ち悪い物、閉じ込めて当然なんだよ!」
「そう」
少女はそれだけを言うと、その小柄な体で背後の人物を背中で浮かせ、先程男がしてみせたように背負い投げしてみせた。
あまりにも突然な事に理解が追い付いていない様子のその人物に、
「火魔法『ファイアー』」
少女は魔法を唱えると、今度は顔に向かって火の魔法を放った。
今度こそ完全に倒れこむ人物。男も茫然とするのみだった。
「何が……おこりやがったんだ?」
「おにーさんの真似しただけだよ?」
「ふざけやがって。意味が分からねぇんだよ」
男は起きた事をやっと理解して来たのか少し苛立ったように言った。
「??」
対して少女は不思議そうに首を傾げた。
「まぁいい。行くぞ」
男は舌打ちをすると歩き出し、
「こいつも不思議そうに倒れてやがる。あいつがこのガキを欲しがる理由が少し分かったぜ……」
倒れこむ人物の顔を歯車で潰しながら言った。
「あ……。殺す事無いと思う」
「うるせぇ! さっさと付いて来い!」