少女と堕落者
魔法ものです。
サクサク展開で行きます!
暗い展開が待っているかもしれません。
薄暗い部屋、そこで少女の声が一人寂しく響き渡る。
「昔々、男の人と女の人が仲良く一緒に暮らしていました」
少女は小さなランプの前で本を朗読しているようだった。
「ある日、二人の家は嵐に襲われ怖い夜を過ごしていました。しかし女の人があまりにも怖がるため、男の人はある力を使いました」
少女はページを捲り続ける。
「それは魔法だったのです。その魔法は家を守り、女の人を守りました。ですが女の人は男の人をひどく恐れ、二人が元の生活を送る事はありませんでした。嵐も怖かったのですが、魔法もまた恐怖の象徴だったのです」
少女はまだ終わっていない絵本を閉じた。
「どうして俺がこんな事を……」
右足が少し不自由なのか、その右足を庇うようにぎこちなく歩く男が居た。
その男は壁に手を付きながらも、まっすぐと薄暗い廊下を進んでいく。
「なんなんだよ……ここはよ……」
辺りを照らすのは壁に掛けられた小さなランプのみだった。おまけに床はコンクリートにひたすら長いカーペットが敷かれているだけでそれ以外に何の装飾も無かった。
そうして男は大きな扉の前に辿り着く。
その扉の前には見張りと思われる人物が立ったまま俯いてうたた寝をしていた。
「寝てやがる……のか? これもあいつの言った通りじゃねぇかぁ……。気っ持ちわりーなぁ」
男はジーパンのポケットから小さな歯車を取り出すと、それを宙に投げた。
「虚空式魔法科学展開」
歯車がそのまま巨大化すると男はそれを手に取り、見張りの人物へ投射する。
すると回転しながら飛んで行く歯車は青白く発光する刃が出現させ、そのまま見張りの首を切り落とした。
背後の壁と扉を真っ赤に染めて遅れて倒れていく胴体。男はとぼとぼとその胴体に近付くと腰に掛かっている鍵を引きちぎり、赤くなった壁に突き刺さる歯車も一緒に回収する。そしてその鍵を鍵穴に突き刺すと、体全体を使って扉を開けた。
薄暗い部屋に、廊下からの弱々しい光が差し込む。
「おい、悪いが俺と一緒に来てもらおうか」
扉を開け切った男がそう言うと、暗闇の中から男の腰ほどの高さしかない何者かが廊下へと駆け抜けた。
「おい! なんだ? ガキか……?」
少女だった。その少女は扉を出てすぐの所で立ち止ると、
「明るーい」
跳ねるように男の方へ振り向いた。
囚人服を思わる白と黒のボーダー柄のワンピースを着た少女は、顔に掛かる腰の長さほどある金髪を払いのけながら続ける。
「あ、私それ知ってるよ。竜でしょ?」
少女が男の顔を指差す。正確には男の顔に掘られたタトゥーを指差していた。
そして男が返事する前に、少女をそのまま指差す先をずらしながら続ける。
「それでこれがね。んーと……。人……かなー? それとも死体? どっちだろー」
少女が臆する事無く額にしわを寄せて考え込んでいると、男が返事をした。
「人の死体だ。お前もこうなりたく無かったら大人しく付いて来い」
「おにーさんは私を人の死体にしたいの?」
「こいつ……。堕落者よりさらに堕落してやがる……。あいつはこんなの攫って何がしたいんだよ……」
男が顔を歪ませ、頭を掻きながらそう言っていると、少女は男に対して構えていた。
男は一瞬固まったが、続けて言った。
「へぇ、いっちょまえに俺とやろうってのか?」
「私、人の死体になりたくない」
「ああ、うざってー。あまり無理は出来ねぇが……長居してる暇も無いんでな」
男は駆け出すと少女を肩に抱え、ぎこちなく走り出す。
「おー。攫われるー」
少女は小さくなっていく部屋の扉を見ながら言った。
「こいつ話聞いてんのか聞いてねぇのか良く分からねぇ奴だな」
男がぽつりと零して螺旋状の階段を駆け上がろうとしたその時、突如耳を劈くような警報が鳴った。
先程までは薄暗く照らしていた壁の小さなランプも、さっきとは打って変わって強烈に赤く点滅する。
その事に男は思わず足を止めてしまう。
「なんだと……?! 俺はそんな話聞いてねぇぞ!?」
「おにーさんも聞いてるのか聞いてないのか良く分かってないの? じゃあ私と一緒だね」
「うるせぇ!」
「私? それともこの音?」
「どっちもだ!」
男が叫んでいると、螺旋状の階段から複数の人間が降りて来る。
「侵入者だ! あのお方の警告通りだぞ! では当初の予定通りに……」
「やっべぇ……」
男は少し後退りをする。
「いや、待て! 侵入者の位置が悪い! 罠を使うな! このままでは人質を回収出来なくなる! 早く伝令を回せ!」
洋の鎧を着た前衛の人間が螺旋階段の上へと叫ぶ。
「位置が悪い? 罠? くそ……どうしたら……」
男が冷や汗を流していると、突如足元の床が抜けた。
「うわあああああああああああああ!!!!」
当然成す術無く、見えない底に落ちて行く男と少女。
「くそ、間に合わなかったか……。どうする……」
鎧を着た人物達はその様子を上から眺める事しか出来なかった。