#02
―――あれから一時間ほど経っただろうか。
俺はエリシアさんと静女と話し込み、どうにかこの世界のことや俺達が置かれている現状について大まかに理解することが出来た。
まず、この世界……【ゼレンディア】は様々な種族、人種が暮らしており、【魔法】というものが存在するらしい。静女曰く、RPG系のゲームの世界感をそのまま当て嵌めて考えた方が楽なんだとのこと。なので、雰囲気的にそう考えることにした。
そして俺達、異邦人について。
これはエリシアさんが語った通り、別の世界からこのゼレンディアに来た者を言うらしい。わりと多くの人間が異邦人としてこの地に来ており、その人間達は例外なく強力な力を持っているのだそうな。
「私達は、異邦人の方々が持つその力を【異能】と呼んでいます」
「うん? その力は魔法ではないのか?」
「はい、本来なら異邦人の方々は魔法が使えませんから」
「そうなのか、静女?」
「こっちに来てから私も試したけど、私達は本当に使えないみたい」
「当然ですよ。【魔力】が無いのですから」
魔力……ああ、ゲームでいうMPみたいなもんか。
よくあるよな、体力ゲージの下にとか。
「この世界に来た異邦人の方々は、どなたも魔法の存在を知らないとのことです。なので魔法とは無縁の世界から来たのならば、魔力が無いのも当然ですね」
「あー、確かに。使わないもん持っててもしょうがないもんな」
それは、人間としての退化と呼ぶべきか、進化できなかったというべきなのか。仮に俺達の世界で魔法が使えたなら、この世界でも使える可能性はあったのだろう。
だが、俺達の世界は魔法とは無縁の発展をした世界だ。そんな世界で生きていても魔力の発現などということは有り得ない。
言うなれば、魔法を知って発展したか知らずに発展したかが、今この世界と俺達の居た世界を分けることの出来る明確なラインだ。他にも判断材料があるのは置いておくとして。
「なので恐らく異能とは、異邦人の方々に魔法の代わりに与えられた力なのではないかと私は思っているんです」
「魔法の代わりに、ねぇ……」
「はい。現に異邦人の方々が持つ異能は、魔法に負けないくらい……もしくはそれ以上に強力な力だと私は聞いてます」
だとしたら、誰かが意図的に力を授けてるってことになる。
そんなこと出来る奴なんて居るのか? 居たとしたらもはや神様みたいな奴なんじゃないのか、ソイツ。
大体、そんなこと出来るような奴と俺は接触した覚えなんて……。
「―――あっ!」
居た。一人だけ、滅茶苦茶胡散臭い奴が。
あの女だ。あの時エレベーターに乗って来た、びしょ濡れの女。
他の異邦人がどうだったかは知らないが、俺としてはこの女にしか心当たりが無い。
とりあえず、これはあとで静女にも確認を取ることにするか。
「どうかしましたか?」
「い、いや何でもない。それで、その異能ってのは俺達も使えるんだろ?」
「今までの通りなら使える筈ですが……申し訳ありません、使い方までは分かりません」
「そりゃそっかぁ。魔法とじゃ使い方が違うんだもんね」
まぁ、分からないもんはしょうがない。そのうち分かったりするだろう。
とりあえずは、現状を把握するということが出来ただけでも有難い。
「さて……」
「何処かへ行かれるのですか?」
「いやほら、此処にずっと世話になる訳にも行かないからな。
とにかく仕事と宿を探さないと」
そう、一段落したところで俺がまずやらなければならないのは、仕事探しと宿探しである。静女が行き倒れたということは、間違いなく俺達が使っていた日本円は使えない。グッバイ諭吉!
「あの、宜しければ私の家を使ってくださって構いませんよ?
お部屋なら余ってますし」
「いや流石にそれは……」
「遠慮しなくていいんですよ、困ったときはお互い様ですから。
シズメさんも、行く場所が無いならどうですか?」
「良いの!? おお、我が女神よエリシアさん……!」
いやいやしかし、静女はともかく俺はなぁ……。
ほら、若い女性の家に身元が分からない怪しい男が泊まるとか、世間体とかどうなのよソレ。
やっぱり此処は丁重に断っておこう。エリシアさんの世間体の為に。
「いやエリシアさん、やっぱり俺は……」
「ダメです。この世界のことを何も知らないシノミヤさんがカッコつけても、シズメさんのように行き倒れになるのが目に見えてますよ」
「そーだそーだ!」
「なに同意してんだ、お前ちょっとは恥じろ!」
「とにかく、この世界に慣れるまでは許しません。嫌でもウチで過ごしてもらいますよ!」
なんだろう、もしかしてエリシアさんって頑固だったりするのだろうか。
腰に手を当てながら頬を膨らませて怒ってはいるが、身長の関係で俺を見上げる形になってまるで怖くない。
「わ、わかったよわかった。
じゃあ、部屋を一つ使わせてもらうことにするよ」
「よろしい」
「ようやく観念したか小僧」
「誰が小僧だ誰が! そしてなんで偉そうなんだお前は!?」
「いひゃひゃひゃひゃい!」
静女の頬を左右に引っ張る。おお、伸びる伸びる。
というかコイツには危機感ってもんが無いんだろうか。無いんだろうなぁ。
「しかし、エリシアさんこんな大きな家に一人で住んでるの?」
「はい、この家は魔法で私が造ったんですよ」
「へぇ、すげぇな……」
どうも魔法というものは汎用性が凄まじいらしい。
家まで造っちまうのか。流石に手間がかからない訳では無いだろうが、建築業のあの大変な仕事を知っていると尚更驚きだ。
「エルフという種族は魔法に関する知識が豊富な種族なんです。
他の種族が同じ事を真似しようとしても、スムーズには出来ないと思いますよ」
「そういや、この世界って他にはどんな種族がいるんだ?」
「獣と人との混族である【獣人種】、大きな翼と強靭な肉体を持つ【竜種】、その竜と人の混族の【竜人種】、魔獣を体内に宿す【魔人種】……この他にも沢山の種族がいますよ?」
予想以上に多かった。
何、ドラゴンとかいるのかこの世界。怖すぎるでしょう。
「―――あ、そう言えばまだ言ってませんでしたね」
種族の話もそこそこに、エリシアさんは唐突に……たった今思い出したような声色で急にそんなことを言い始めた。
「うん? 何をだ?」
「言ってないこと?」
「はい、一番言わなきゃいけないことです」
そう言ってエリシアさんはニッコリと笑顔を俺達に向け、こう続けた。
「我が家へようこそ、シノミヤさん、シズメさん。
これからよろしくお願いしますね!」