#01
物心付いた時には、俺には他人と決定的に違うことがあった。
異様に傷が治るのが早かったり、身体能力が周りよりも格段に良かったり。
なんでそうなのかは分からない。もしかしたら生まれた時からそうだったのかもしれないが、既に確かめることは出来ない。
しかし、今はこの常人ならざる身体能力も立派な仕事道具だ。この間も屋根の上を逃げ回る依頼人の猫を追いかけまわして……って、アレ?
なんで俺、こんなことを思い返しているんだ?
---
「う……?」
真っ暗な視界に景色が色づいていく。
いや、これは俺が目を開けただけに過ぎない。なんだろう、なんでか自分について少しばかり思い返していたような気がするが、よく思い出せない。
「んー……?」
とりあえず体を起こして周りを見渡す。なんだか何処かの民家のような部屋だ。よく見れば自分の下には布団が敷いてある。
―――確か、あのエレベーターで辿り着いたフロアの中をずっと進んでいたら強烈な睡魔に襲われたことだけは覚えている。だが、何処かの部屋に入った覚えは無い。
あんな所で倒れていたから誰かが運んでくれたとか?
いや、そんな訳は無い。そもそもあの異様な空間には俺だけしか居なかったのだから。
「あ、目が覚めましたか?」
「へ?」
思考を巡らせていると唐突に掛けられる声。
顔を上げると、部屋の扉の前に一人の女性が立っていた。
金色の髪に緑色の眼。それよりも目を惹くのはその耳だ。
異様に長い耳。なんかゲームとかで見たことがある気がする。
「あらあら、お連れの方は目が覚めてないようですね」
「連れ?」
「其方の女性も貴方と一緒に倒れていたので、てっきりお連れの方かと思ったのですが……違うのですか?」
道に倒れてた? 俺が?
しかも連れって誰だよ。と俺が反対方向に顔を向けると、そこには確かにもう一人の人間が布団に寝かせられていた。
茶色の長い髪に整った顔。目を瞑っているので確信は持てないが何処かで見たような顔だ。そう、何処かで……。
「ああああああああああ!!」
「ど、どうしたんですか!?」
「わ、悪い。驚かせちまったか……」
そうじゃないそうじゃない!
この少女、何処かで見た顔だと思ったら今回行方不明になってる依頼人の娘だ!
依頼を受けた時に写真で見せてもらったが、その顔立ちに良く似ている。起きてもらわなきゃ確定はできないが。
「えーっととりあえず……」
「はい?」
「今の状況を教えてもらっても、いいっすか?」
---
それから少しばかり状況を聞くと、どうも俺とこの少女は道のど真ん中に倒れていたそうな。
行き倒れかと思った女性は俺と少女を自宅に運び、こうして介抱してくれていたらしい。菩薩のごとき優しさよ……。
「まずは介抱してくれて有難う。
そう言えば名乗り遅れたな。俺の名前は篠宮蓮と言う。行き倒れてた訳では無いんだが、自分でも状況がまだ分からなくてな」
「此方も名乗り遅れました。私の名前はエリシア・ハーミットと言います。
それで、シノミヤさん……もしかしたら貴方は、いえ貴方達は【異邦人】ではないですか?」
異邦人?
貴方達って言い方をしたってことはこっちの少女もそれに含まれるんだろうけど、もしかしてエリシアさんは何か心当たりがあるんだろうか。
「私達のこの世界では、よく共通した境遇を持つ人間が現れる時があります」
「共通した境遇?」
「ええ、それはよくわからないうちに此処に居た、というものです。
そうして全員から話を聞いていくと、どうも私達の知っている文明とは異なる道を歩んだ世界から来た人間である、と」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。じゃあ異邦人ってのは……」
「はい、【別の世界からこの世界にやって来た者】を指して私達は使用する言葉ですね」
いや、確かに異世界に行く方法を試した結果がこうなってるけどね!? 同じことやった奴も隣に寝てるけどさぁ!
―――あれ、何か心当たりしか無いぞ。
しかし言葉が通じたりするのに違う文明も何も……。
「うーん……」
そんな話をしていると、隣の奴がモゾモゾと動き始めた。
そして、さっきの俺と同じように上体を起こして周りを見渡し……俺とエリシアさんの姿を見ると、その大きな目を更に見開いていく。
うん、顔はあの時見た写真と一致。涎が垂れてるのだけは違うけど。
「グッモーニン、嬢ちゃん」
「あ、あれ? 此処は?」
「私の家ですよ。そこの男性……シノミヤさんと一緒に倒れていたので介抱していたんです」
そう言ってエリシアさんは俺に話した事と同じ事を少女に説明していく。不思議なことに、異邦人関連のことを聞いても少女は驚いたりはしなかった。
「えーっと、とりあえず助けていただきありがとうございました!
私は百済静女って言います!」
「知ってる」
「ほぇ?」
「お前のカーチャンから依頼があったんだよ。異世界に行く方法を試して居なくなった娘を捜してくれーって」
「じゃあ蓮さん……でいいのかな。蓮さんが此処に居るのってもしかして?」
「お前と同じ事してこうなったんだよ……」
「やっぱり! 成功おめでとう!」
「めでたくねぇよ!」
「あのー、お二人はお知り合いなんですか?」
ガックリと肩を落とす俺と静女にセシリアさんが問い掛けてきた。
知り合いというより、俺が一方的に知ってるだけなんだけどな。
「あー、俺とコイツは同じ世界の住人、でいいのか? とにかく同じ世界の人間なんだ。それでちょっと前にコイツが余計な事を試してな」
「余計な事?」
「余計じゃないもん!」
「……まぁ要約すると、異世界に行く方法っていう噂話が俺達の世界にはあったんだわ。それをコイツが試したわけ」
「それってもしかして……」
「ああ。まぁコイツが此処に居るってことは成功なんだろうな。
で、成功しちまったから向こうでは行方不明扱いな訳だ」
「あっ……」
「それで、コイツの母親が俺の所に捜してくれって依頼して来たんだよ」
「シノミヤさんは人捜しの仕事をしてたのですか?」
「強いて言えば何でも屋だな。
……話を戻すが、コイツが失踪したのはその噂話が怪しいって母親に言われてな。まぁ仕事上、一応俺も試さなきゃいけない訳だ」
「それで、現在に至ると……」
なんか話してて思ったが、随分厄介な仕事を引き受けてしまった感が凄い。
請負人を名乗る以上依頼は完遂したいのだが、この場合俺達の世界に戻るというのが目標なのだろうか。
いや、ここがまだ異世界と決まった訳じゃないんだ。ポジティブに行こうぜ俺!
「わぁ、セシリアさんのその耳ってエルフの特徴だよね?」
「あ、はいそうですよ。私達エルフはこの耳が身体的特徴です」
「……Why?」
あれ、なんか早くも俺のポジティブを崩しそうな発言が聞こえた気がする。
あの、エルフって何? 篠宮そんな種族自分の世界で見たこと無いんですけど。
「いや、だからここ異世界だって。私は蓮さんより一週間早くこっちに来てるんだからもう調べてるよ」
「え、じゃあなんでお前一緒に倒れてたんだよ」
「い・き・だ・お・れ」
「お前は行き倒れだったのかよ!」
「なんか道端に美味しそうな男の人が落ちてるなぁ、焼いたら食べれるよなぁって考えてたら倒れちゃってたんだ」
危険思考すぎる。もし倒れてなかったら俺はコイツに焼かれて今頃胃の中だった可能性があるのかよ。
それより、此処が異世界だと静女が自信有り気に言うところを見ると、どうやらそれは確定していいようだ。
―――よし、もう頭がパンク寸前だ。こうなったらやることは一つ。
「よし、状況を再整理したいんで手伝ってお願い!」