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異世界の請負人  作者: 瀬野 陸
プロローグ
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プロローグ

 異世界に行く方法、という都市伝説を聞いたことがあるだろうか。

 十階以上に行けるエレベーターに乗って~というやつである。

 所謂、都市伝説というやつだ。出所の分からない不確かなものだが、何故かこういった話は信憑性があるものだと多くの人間が思ってしまう。

 だからこそ、俺の所にもそういった話が来たのだがら。



---



「異世界に行く方法?」


 都内某所。

 大きな高層ビルの中で一際異彩を放つ古臭い六階建ての雑居ビル。

 その四回にて俺は自分の事務所を構えていた。

 事務所と言っても殆ど俺の自室としても兼ねているので、あくまで普通の部屋だ。応接用のソファーがある以外は、世の一般男性の一般的な部屋と何ら変わらない。

 そして、事務所と言ったのだから此処は当然俺の仕事場でもある。

 請負人、所謂【何でも屋】というのが俺の職業だ。

 ペットの散歩から浮気調査、果ては大っぴらに言えないようなことまで何でもやるのが仕事なのだが、当然その中には変な仕事も紛れ込んでくる。


「はい、私の娘が一週間前から行方不明なのです。

 警察にも届を出しているのですが一向に手掛かりが見つからず……」

「えーっと、ちょっと待ってください。それと先程の話にどういった関係が?」


 さて、今ちょうど俺に依頼を持ってきたご婦人。その内容は要約すれば行方不明の娘を捜してほしいとのことだった。それだけなら捜索する仕事になるのだが、どうも依頼人は怪しい単語を並べる。


「実は娘のパソコンを調べた時に、怪しいサイトが開かれたままだったんです。

 そこには異世界に行く方法、というのが書いてありまして……。

 お恥ずかしい話、私の娘はそういったオカルト系の話が好きなものだったのですから、もしかして試したのではないかと」

「つまり奥さんは、娘さんがその異世界に行く方法とやらを試したせいで行方不明になられたと考えているんですか?」

「はい……。あまりに忽然とだったので」

「参考に聞きますが、娘さんが居なくなられた時の状況は分かりますか?」

「それはもう! だって私……娘が居なくなる直前まで一緒に居たんですもの!」


 それからの依頼人の話を纏めるとこういうことだった。

 一週間前の夕方頃、娘と買い物に出かけていた依頼人は自分の住んでるマンションに到着した際、娘が試したいことがあると言って一人でエレベーターに乗ってしまったらしい。

 住んでいるマンションは十四階建てで依頼者が住んでいるのは八階。だがそのとき依頼者の娘は『二回、十階にエレベーターが動くまで乗っちゃダメだからね』と言われたんだそうだ。

 勿論、このとき依頼者は不可解に思ったそうだが、娘がそういった妙なことを好んでいるのも知っていたので好きにやらせようと思ったのだそうだ。


 依頼者の娘一人を乗せたエレベーターは静かに上の階へと上がっていく。

 依頼者が娘の姿を見たのはこの時が最後らしい。エレベーターはやけに不規則に上がったり下がったりを繰り返し、娘の言う通り二回目の十階に辿り着いた所で動きを止める。

 依頼者はエレベーターのボタンを押し、降りてきたエレベーターに乗って十階へ。

 そこに、娘の姿は無かった。先に帰ったのだろうと依頼者が自分の住む部屋に帰ると、部屋には鍵。

 鍵を持っていない娘が部屋に入ることは出来ない。つまり、先に帰ってきて中から鍵を掛けられないのだ。

 ―――そうして、依頼者の娘は行方をくらませた。


「その日のうちに全部のフロアを捜しました。警察にも協力していただいて、全居室の捜査も行ったのですが……」

「娘さんは見つからなかった、と」

「はい……エレベーターに設置されていた監視カメラを見たのですが、二回目に十階に辿り着いた時に娘は降りてしまっていたんです。階段を降りた形跡も無いようで……」


 娘さんは十階で降りているのか。

 自室のある八階に戻らずに、十階で。

 つまり目的は果たしたということなのだろう。まだ完全に線が無くなった訳では無いが、同マンションに住む住人による突発的な誘拐とは考えにくくなった。


「わかりました、色々伺ってしまいすみません。

 その仕事……請け負わせていただきます」

「ほ、本当ですか!?」

「ただし、こう言ってはなんですがあまり期待はしないでください。

 こういうのは本来警察の領分で、私も得意ではありませんので」


 嘘だ。

 いや、得意じゃないというのは嘘ではない。

 警察云々を引き合いに出したが、正直現状の情報が少なすぎる。

 得られた情報はマンションが捜査済みなことと、娘さんが十階で忽然と姿を消していること。

 そして、異世界に行く方法というオカルトの噂だけだ。

 ―――試す、しかないよなぁ。



---



 場所を移動して都内の某マンション。

 依頼人の住むマンションとは別のマンションだ。時刻は夜七時。

 このマンションはホールに誰でも入れるタイプのものだ。

 俺の住む雑居ビルでは例の方法を試せないので、勝手ではあるがこのマンションを使わせてもらおう。


「えーっと?」


 手にしたスマートフォンの画面を見る。

 表示されているのは、依頼者の娘が見ていたとされる例のオカルトサイト。サイトは依頼者に教えてもらったのだが、何というか人の嫌悪感を上手く刺激するようなサイトのデザインだ。

 さて、ともかくは肝心の異世界へ行く方法とやらだ。このサイトにはこう書いてあった。

 前提として十階以上あるエレベーター。乗る時は絶対に一人。

 エレベーターに乗って四階、二階、六階、二階、十階と移動する。この際に誰かが乗ってきてしまうと失敗するらしい。

 十階に着いたら降りずに五階へ。五階に着いたら女の人が乗ってくるが話しかけてはいけない。

 女の人が乗ったら一階を押す。そのエレベーターは降りずに十階に上がっていくらしい。


「なんというか、考え付く方も凄いよなぁ」


 依頼者の話によれば、監視カメラには最後まで娘一人しか映っていなかったらしい。

 つまり、このサイトに載ってる五階で乗ってくる女とやらが映ってないのだそうだ。

 しかし五階に着いた直後に娘が少し驚いた反応をしていたこと。そのエレベーターが十階に上がったことを踏まえるとこのサイトの通りなのだそうだ。


「とりあえず、やってみるか!」


 エレベーターに乗って四階へ。

 次に二階、その次に六階、そしてまた二階……。

 そして、一回目の十階へ。

 ここまでは順調だ。他に誰か乗ってくる様子もない。


「降りずに五階だったっけ……」


 五階のボタンを押す。緩やかに動き出すエレベーター。

 問題は此処だ。話しかけてはいけない女が乗り込んでくる、五階。

 七階、六階、と徐々に近づいてく。自然と鼓動が高鳴るのが自分でも分かった。

 そして……五階の表示ランプが点灯する。開かれるエレベーターの扉。

 そこに―――そいつは、居た。


「ッ……!」


 長い黒髪の女。俯いていて口元以外は顔は見えない。

 ボロボロの黒いコートは何故か水が滴っている。

 おかしい、外は雨なんか降ってない。なんでズブ濡れなんだこの人。

 女性はゆっくりとした足取りでエレベーターに乗ってくる。

 乗り込むその瞬間、此方を一瞥したような気がした。

 ―――今、口元が笑っていたような……?


「……」


 しかし、話しかけてはいけない。

 そもそもこの人が普通の住人である可能性もあるんだ。まだ決めつけるのは早い。

 止めておけ、と脳が警告を出すのも無視して俺はエレベーターの一階のボタンを押した。

 閉まっていく扉。少し揺れた後、エレベーターは動き出した。

 そう……上に向かって、だ。


「なッ……!」


 すぐに俺は乗って来た女性を見る。

 そこに……女性はもう居なかった。まるで最初から乗ってきていなかったとでも言うように。

 まるで最初から俺一人だったとでも言うように。

 エレベーターは止まることなく九階を通り越し、そして十階へと止まった。


「まじかよ……」


 扉がゆっくりと開く。

 その先に続くのは、果てし無いほどの暗闇だった。

 マンションのフロアなんて見る影もない。ただ、暗闇だけが続いている。

 ボタンを押しても見るが、まるで壊れたかのようにエレベーターは何の反応も示さない。


「……行くしかないってことか」


 暗闇に足を一歩踏み出す。まるで泥に足を踏み入れているような感覚。

 何故だろうか。一歩踏み入れた瞬間から、不思議と奥に進んでみようという気分になる。

 そう、奥に……ただ、奥に。

 誰も居ない、俺だけしか居ない暗闇の中、ひたすら奥に。

 段々眠気も増してきたような気もする。一眠りでもしてみようか。


「あ……」


 急激な睡魔に耐えられず、俺は暗闇の中倒れ込んだ。

 不思議と心地いい。意識はすぐに、暗闇の中に落ちて行く。

 

 ―――倒れ込む直前、あの黒い女性が目の前に立っていたような気がしたが、今の俺にはもう、どうでもいいことだった。



 

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