決意
「...!」
僕は意識を取り戻した。口の中にはちょっとした酸味と玉葱とシソの香りが残っており、食事をした記憶はないが満腹感がある。目の前には机とその上にはサラダにかけたであろうドレッシングが底に溜まってあるボウル、潰れたご飯粒が少しだけついている茶碗、ハンバーグの肉汁で香ばしい匂いを発する皿と濡れたコップなど作り覚えのある料理たちの成れの果ての姿があった。
あぁ。
僕はこの状況を瞬時に理解した。日傘が僕に憑依して食事をしたのだ。ここ半年間毎日この行為をやっているのだ、慣れてしまえば非日常も日常になるものだ。
「今日もおいしかったよお母さん」
「誰がお母さんだよ!」
僕の右後ろの壁に寄りかかっていた日傘にツッコミを入れる。日傘はニヒヒと笑った、が何かを思い出したように少し困った顔をした。
「そういや一茶、あの件どうするの?」
あの件というのは僕がこれから洗う皿たちのことではなく、もちろん七重八重さんのことだ。
僕は少し眉間にしわをよせ、ため息をついた。
「わからないよ。ジンさんが言うには僕になら解決出来るらしいけど何をどうすれば解決できるかなんて検討がまるでつかない。冷たいことをいうかもしれないけどもともと僕にはまったく関係のないことだしね。今のところは悩み中ってとこかな。」
「私は、救いたいな。」
「...!」
僕は目を少し見開いた。日傘が七重さんにもう会いたくないと言い出すのを予想していたのだ。先ほどまでに自分もああなってたかもしれないと、あれだけ恐怖し震えていたのだ。いつものわがままのように軽く拒否すると思っていた。
「おまえ、大丈夫なのか?」
「私はすごく怖いよ。幽霊だからこそなのかな?でも、偽善なのかもしれないけど私はあの人を一刻も早く救いたい。救わなきゃいけない気がするの。あんな状態を何十年も耐えられるわけがないよ。」
日傘は少し青ざめた顔をしていたが、意志が硬い、強い目をしていた。
「それに...」
「それに?」
「いつか私も...」
照れくさそうな顔をした日傘はその先を話さなかったが、僕は察した。
そう。いつか、僕は日傘を成仏させてあげないといけないのだ。日傘が僕に取り憑いたのは偶然なんかじゃない。
日傘は僕に救われるために僕に取り憑き、僕は日傘を救うために日傘の前に現れた。
「わかったよ。」
日傘は自分の恐怖に打ち勝ったのだ。僕も自分の使命から目を逸らすわけにはいかない。
たとえそれが日傘との別れに近づく第一歩になるとしても。