能力
火の無い所に煙は立たぬ
噂が立つからには根拠があるはずという意味のことわざだが、僕はこの言葉が嫌いだ。もしこのことわざが本当であるならば、龍や鬼などの想像の存在を人間が見たということになる。それはありえない。昔のある嘘つき野郎が龍や鬼などの存在しない存在を広めたのだろう。
だから僕は嫌いだ。嘘つきがいる可能性を考慮してないこのことわざにはあきらかな欠陥があるので僕はこの言葉が大嫌いだ。
...だけどこの言葉はこれから好きになれそうだ。
今、僕の目にはその根拠が、事実が映っている。嘘つきの噂なんてひろまるわけがなかったのだ。
鬼
それくらいしかこの黒いグチャグチャの化物を表現する言葉は見当たらなかった。それは太く地面につきそうなまでの長い腕を持ち、車の大きさほどの胴体にゴツゴツのジャガイモのような歪な形の頭が乗っていて、童話に登場するような鬼はさすが子供向けにつくられた姿だと心底思わせてくれる外見をしていた。
その鬼は僕らに気がついたのか右手に握りしめていた棍棒のようなものを振りかぶりながら近づいてきた。
「ジ、ジャガイモさん!じゃなかったジンさん!きますよ!」
「お、落ち着けって!ジャジャ、ジャガイモって、ななな何だよハハハハ」
こんな感じでパニクっていた僕と日傘に鬼は容赦になく棍棒を振り下ろす。完全に死んだと思った僕らは目を閉じた。
「 止まれ。 」
静かな声だったがパニック状態の僕でも聞こえる、なんというか体の中まで「響く」声がした。ゆっくり目を開けると鬼の棍棒は僕の頭上10cm程度上で停止していた。
ジンさんに目を向けるとポッケに手を突っ込んでただ立っていた。立っているだけだった。
「は?」
僕と日傘は言葉しか口にできなかった。理解ができなかった。
「いや〜ごめんね。ちょっとびっくりさせちゃおうかと思ってね。予想以上にいい反応で、おじさんとても面白かったよ。」
「ど、どういうことですか...?」
殺意溢れる目をした日傘を背中に隠し、ハハハと笑うジンさん問い掛ける。
日傘、わかる、わかるぞその気持ち。だけど今は抑えろ。話を聞いてふざけてたらあとで一緒にこのオッサンを半殺しにしよう。
「こいつが例の悪霊だよ。色んな形の悪霊がいるけど、だいたいの悪霊はこんな感じでデカくて黒い人間の形をした化物だよ。普通の霊と違うところは姿形だけじゃなくて生きている人間に一方的に干渉できることだ。悪霊となる原因になった人間か、僕らみたいな視える人間に対してね。」
動きを止めた鬼を指差してジンさんは話をつづける。
「悪霊歴200年くらいはだいたいこんな形をしているね。それ以降から霊力やデカさが上昇していって蛇やら虎やら形を変えていくんだ、迷惑なことにね。まあそんな悪霊はだいたいもう退治されているか封印されてるけどね。だからこいつはようするにただの雑魚だよ。」
その時、鬼はピクッと動きだし、ギロリとジンさんを睨んで図太い声をあげながら襲いかかる。
「危ないっ!!」
僕は声を張り上げた...がジンさんは余裕のある笑みを浮かべながら鬼を睨み返した。
「 はじけろ。 」
その瞬間、鬼は上半身からはじけて血飛沫へと変わっていき、周辺にとびちった。
まるでジンさんの言葉に従ったかのように。
「もうそろそろわかったかな?これが私の能力」
「言霊だよ」