過去、悪夢
『ねぇきみ。』
よく晴れた春の日、顔を上げると、ひとりの少女。明るい太陽のような笑顔。
『ねぇ、きみ、なんでみんなとあそばないで、ひとりでいるの?』
ぼくは・・・・
『ねぇ、みんなであそぼう?きっと、たのしいよ!』
そう言って手を差し伸べてくれた。無邪気な笑顔で。僕は手を伸ばす。一匹の黒猫が木の陰から覗いていた。
掴んだ、と思った瞬間景色が一変した。学校の廊下・・・ちょうど2年5組の教室の前だ。窓が開いてる。
教室はさっきまでの明るさが嘘みたいに薄暗くて気味が悪かった。そんな中に彼女がいた。でもあの太陽のような笑顔はどこにもない。俯いて何かに耐えているように見えた。なにか聞こえた。暗い暗い呟き。何を言っているのかはわからなかった。
彼女の名前を呼ぼうとする、が、声が出ない。手を伸ばそうとしたが体も動かない。何もできないうちに彼女は闇に飲まれていく。助けなきゃ、彼女を・・・栞を・・・早く・・・
闇は廊下に溢れでて、動けない僕をも飲み込んでいった。視界が黒く染まっていく・・・
「----ッ」
目の前にはまだ見慣れない天井が見えた。ひどく汗をかいているようで、背中が気持ち悪い。
「・・・・・・夢か・・・」
起き上がって時計を確認する、午前五時三十分。まだ起きるには早い時間だ。
『栞先輩が、いじめられてるかも・・・ということです。』
昨日の根黒の言葉が頭をよぎる。そしてさっきの夢・・・。ゾッとした。なんなのだろうかあの夢は。予知夢?それとも暗示か何かだろうか。しばらくベッドの上でぼんやりとしていたが、汗をかいたせいか喉が乾き、台所へ向かう。
「あれ?早いねぇ陽斗。どったの?」
台所では夕乃がパンの耳をかじっていた。
「別に・・・目が覚めちゃっただけだよ。それにしても姉さん、盗み食いは大概にしなよ。」
「盗み食いじゃありませーん。今日は朝からテニスの大会があるんですぅー。」
姉は僕と違って溌剌としている自称スポーツ万能少女(少女なんて言える年齢ではない)で、今は長い髪をポニーテールにしていた。
しかしカレンダーを見ると姉の欄には特に予定はない。姉の言い訳を軽く受け流して冷蔵庫に向かおうとすると、さっきまで笑っていた姉が急に真顔になって顔を覗き込んできた。
「何?・・・姉さん。邪魔なんだけど・・・。」
「あんた・・・大丈夫?顔色悪いわよ?」
「へ?ああ、うん。大丈夫。ちょっと変な夢見ただけだから。」
「Gが大量発生した夢とか?」
「違うわ!てか何それ怖!やめろよ!」
「ははは・・・。大丈夫そうね。」
姉は軽やかに笑うと
「いや、今ので余計に気分悪くなったわ・・・。」
ごめんごめんと全く悪いと思ってなさそうな謝罪をしてから姉は
「そういえば、昔もよくそうやって起きてきてたわよね。」
「そうだっけ?」
「そうよ、あの頃はおねえちゃん、おねえちゃーんって言ってひっついてきて可愛かったなぁ。」
「今僕がそんなことしたら気持ち悪いだけだろ。」
「別に今やれとは言ってないわ。今すぐ戻れって言いたいのよ。」
「余計無理だろ・・・。」
昔も僕はこんなふうに悪夢を見ていたのだっけ。全く覚えていない。でも何故かそのことがひっかかった。