再会
「・・・夢か」
そんなつぶやきと共に、僕は目覚めた。カーテンの隙間から入る春の日差しに、不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、ベッドから起き上がる。
「ここ最近、昔の夢ばっかりだな・・・。」
ぐんと伸びをしてのそのそと動き出す。「陽斗―。起きてるー?朝よー。」
と、いう母の声にはいはい、起きてますよ。と答え、やはりゆっくりと階段を下りる。食卓についても、まだ寝ぼけた顔をしているだろう僕に、彼の母は、テーブルに朝食を並べながら、呆れた様子で言う。
「陽斗、そんな調子で大丈夫なの?今日から学校なのよ?」
そんな母に調子を合わせて
「そーよ、陽斗。転校初日からそんなぼけた顔してどうするのよ。」
と、僕の大学生の姉、夕乃が食べかけのパンを片手に続ける。
「うるさいなぁ、わかってるよ。」僕はまた不機嫌そうにしながらパンをかじる「子供じゃないんだし・・・。」
「高校二年生はまだ子供よ。」
と母。
「高校二年生は大人と小人のあいだをとって中人だ。」
「何をわけわからないこと言ってるのよ全く。昔はこーんな小さくって、可愛いかったのに。ねぇ?夕乃?」
自分の腰辺りに手を置き、母はわざとらしくため息をつく。姉も同じ調子で両手を上げて首を振る。
「また昔の話かよ。」
僕は一層不機嫌そうになる。母は、ここに引っ越してきてから、やたらと昔の話をするようになった。それもそのはず、僕たち一家は、もともとこの街に住んでいた。それがたまたま父の転勤で同じ街に舞い戻ってきたのだ。
母は、この街に戻って来られたのがとても嬉しそうだった。姉もだ。
「そういえば陽斗、しーちゃんにはもう会ったの?」
「はぁ・・・?まだ引っ越してきて二日でしかもずっと家で手伝いしてたんだから、人に会う暇なんかなかっただろ。」
「あらそうだったわね。」
と呑気に笑う。手伝わせたのはあんただろう。
「ところでさ、しーちゃんって、誰だっけ?」
ほんの軽いジョークで言ったつもりが、母と姉に本気で引かれた。もちろん忘れるわけがないのだが、ゴミを見るような目で見られた。息子をそんな目で見るな。
しーちゃんとは、幼馴染だ。松井栞。とにかく明るくて、元気いっぱいで、いつも中心にいる子だった。当時、というか、今もなのだが、人見知りで孤立ぎみだった僕に、いつも笑顔で遊びに誘ってくれた。近所ということもあって、僕らはとても仲が良かった。
小四になって父の転勤で引っ越すまで、関係は続いてた。
あれからもう、六年も経った。大人にとっては“たった”七年でも、僕たち子供にとっては大きな時間だ。
当時小学四年生だった僕らが高校二年生になるほどの時間だ。長くないわけがない。
僕は、小学校のとき、よく栞ちゃんと歩いた道を歩いていた。今日から通う高校と昔通っていた小学校は割と近い。
よく遊んだ公園や、帰りに必ず寄った駄菓子屋。懐かしくてキョロキョロしていた。
そしたら途中でこけた。足元注意。初登校から不安だ。
「野村陽斗です。太陽の陽に北斗七星の斗で陽斗です。よろしくお願いします」
僕はそんなごくごく一般的な自己紹介をして、先生に言われるままに席に着いた。転校生がくるというのは、学生にとっては、いつの時代も一大ニュースなのだろう。一時間目が終わってからというもの、入れ替わり立ち替わり、人の出入りが絶えない。ちょっとしたスター気分だ。
それに、この学校でもなんとかうまくやっていけそうだ。クラスメイトも皆優しそうだ。少し緊張していただけあって、ほっとした。
結局何事もなく無事一日目を終え、僕は昇降口に向かう。まだ一日目だし、部活には入っていない。いろいろと誘われたが入る気もあまりない。
とりあえず、早く帰って予習でもしよう。今の学校はそれなりの進学校なので、しっかりついていけるようにしなければならない。まだ人の少ない廊下を小走りで昇降口に向かう。案の定、靴箱には誰もいなかった。靴を取ろうと、戸を開けた時だった
「・・・あっちゃん?」
・・・え?僕は声のした方を見る。そこには、当たり前だが、この学校の制服に身を包んだ少女が立っていた。バッジの色からして、同じ二年だ。女子にしては短めな明るい栗毛、黒目がちな大きな目。
「・・・し・・・栞・・・ちゃん?」僕はかなりのアホヅラをしていたことだろう。