回想、別れ
「・・・ほんとに行っちゃうの?」
そこは、まだ新しい玄関。
目の前の幼馴染の少女は、栗毛の髪に、大きな黒目がちな目。今はその大きな目に涙を浮かべながら、普段からは想像できないくらいに、弱々しい声で言った。
「・・・」
僕は何も答えなかった。
なにか喋ろうとすれば、泣いてしまいそうで。とても悲しくて。
僕が俯き黙っていると、彼女は慌てて、明らかに無理しているとわかる震えた声で
「大丈夫だよ!これからずっと、会えなくなるわけじゃないんだから!ほら、前あたしのお母さんがね、小学校のどうそうかいっていうのに行ったんだよ。そこでね、転校してった子に会えたんだって!だからね、だから・・・」
最後の方は、よく聞こえなかった。どうそうかいって、僕らは、大人になるまで会えないのだろうか。僕も彼女も泣いた。
目一杯泣いたあと、僕は彼女に頼み事をした。それを聞くと彼女は
「あ・・・。じゃあ、あたし、あっちゃんのかわりに、探しておくね。見つかったらまた、あっちゃんに、知らせるから」
彼女が笑う。あっちゃん、優しいね。と笑う。
僕はこの笑顔が好きだった。太陽のように輝く、彼女の笑顔が。
外で、母の呼ぶ声が聞こえた。僕と彼女は揃って外に出た。
「じゃあね、元気でね」
彼女は、泣きながら笑って、そう言った。
僕は車に乗る。母と父が最後に近所の人たちに挨拶して、車が発進する。
「あっちゃん!」
彼女の声が聞こえた。僕は窓を開けて身を乗り出す。母に注意される。知ったことか。
「あっちゃん!あたしのこと、忘れないでね!」
僕と彼女の距離は、無情にもどんどん離れていく。幼い僕は、彼女ともう二度と会えないような気がして、必死で彼女の姿を目に焼き付ける。
いまだこちらに向かって手を振る彼女を。泣きながら必死で手を振る彼女を。
僕も手を振る。彼女に見えるように、精一杯。
どんどん遠ざかっていく。
角を曲がって見えなくなっても、彼女の声が聞こえるような気がして、僕は泣き続けた。
それが、今から七年前の話。