SNOW & DANCE
「まぁ予想はしていた事なんだが――」
魔王は椅子にもたれかかり、手持ち無沙汰な手で髪をくるくるといじりながら口を開く。
「暇だな」
言葉と同時に、列車が軽く揺れた。
魔王の言葉に反応する事なく、カルは外の景色を、メイドは手に持った本をそれぞれ見ている。
三人は今、ソシラーヌの町から次の都市、メルウスへの魔列車に乗っている。
魔列車が通常の移動速度より早いと言っても、それは馬車やそういった物と比べての話だ。
メルウスに到着するにはまだ二時間弱の時間がある。
魔王は部屋に掛けられた時計を見ながら机に突っ伏す。
「暇だのぅ……」
しかし二人の反応は無い。
「なぁ、暇だな二人共」
「……」
「……」
反応は無い。
「無視するな! 暇だぞ、何かないか!」
「五月蝿いですよ魔王様」
「子供じゃあないんですから……」
メイドは本で魔王の頭を抑えながら、カルは溜息を付きながら魔王を見る。
「ぐぬ……、しかし暇なのだから仕方なかろう」
「まだ列車が走り始めてから一時間も経っていませんよ」
「外の景色でも見られてはどうです? 普段見れない光景ですから楽しいですよ」
「見飽きたわー!」
魔王は頭を押さえられたまま手足をジタバタと動かして暴れる。
完全に駄々っ子である。
ふぅ、とメイドのため息が魔王の耳に入る。
頭を押さえていた本がどけられ、魔王は頭を上げるとメイドが少し考えるような素振りを見せていた。
「そうですねぇ、暇と言われましても、列車の中でやれる事は限られていますし、どうしましょうか」
「メイドさんの昔話とかどうですか?」
「……昔話をするほど老けてはいないと思っておりますので」
一瞬空気がひやりとするが、特に表情を変えること無くメイドはカルの軽口に答える。
……この二人は笑いながらこういうやり取りをするから怖いわ……。
魔王は半目になりながら二人を交互に見る。
と、その時魔王達の居る個室のドアが乱暴に開かれる。
そこから現れたのは、二本の角を生やし灰色の肌をした厳つい魔人族の男だった。
「テメェら外に出ろォ! 俺達は泣く子も黙る銀色の翼だァァアア――アイダアアァ!?」
男の怒号が途中から悲鳴に変わる。
「なんですかこの礼儀を知らないヒトモドキゴリラは」
扉側にいたメイドの手が男の額を掴んでいたからだ。
ギリギリと男の頭蓋を軋ませる音をさせながら、次の瞬間にはテーブルにその頭を叩きつける。
派手な破砕音を響かせテーブルを破壊しながら男は頭から地にひれ伏される。
メイドが男の額を掴んだ時点で身を引いていた魔王とカルは、跳ね上がったテーブルの被害をそれとなく避ける。
「せめて何か一言くらい合図があっても良いのではないか……?」
「それくらいはお察しいただけるかと、現に問題ありませんでしたので」
メイドは淡々と告げると立ち上がり、スカートの上、フリルのついたエプロンの埃を手で叩いて払う。
「フロイド何の音だ――ってなんだ手前ェは!? 死にてぇの――ォォオンギャアアアア!?」
フロイドとは先ほどメイドに叩きのめされた――今は踏まれているが――男の名だろうか、テーブルの砕ける派手な音に反応したのだろう、別の男が同じように部屋に入ってきた瞬間メイドに頭を掴まれた。
「……なんと言いましょうか、逆に危機感が足りないというか、サル以下ですかあなた方は」
傍から見ていると、現れた瞬間連続してアイアンクローされている光景は中々シュールなものがある。
「ちなみにその右手の銃を使った場合、あなたの頭が同時に弾けますのでご注意下さい」
「ひぃっ!?」
メイドの脅迫に額を掴まれた男は悲鳴を上げる。
「あぁ、本当だ、そいつら魔法銃なんぞ持っていたのか」
魔王は二人の男の手の中にある銃を見て呟く。
「しかしアレだな、これは列車ジャックとかいうアレか」
「何がアレかわかりませんがそうでしょうね」
カルが頷くと、掴まれている男がニヤリと口の端を上げる。
「へへ、その通りだ、既にこの列車の機関部は我らのリーダーが抑えた、て、テメェらがいくら足掻いたところでひぎぃ!?」
「随分と余裕そうですね、もう少し力を入れてみましょうか?」
メイドの言葉と共に男が、なんとも気持ち悪い悲鳴を上げ白目を向く。と言うか失神した。
見ている分にはさして力を入れているようには見えないと言うか、メイドの表情は全く変わっていないが、既に男の足は地面から離れており、メイドのその細腕一本で空中に支えられている。
「おや、これくらいで失神するとは……全然ダメではないですか」
手を離すと、男は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。
……うむ、合掌。
魔王は心の中で手を合わせる、別に死んではいないが。
「全く、魔王様が暇だなどと仰るからこのような事になるのですよ?」
「えぇー、それ私関係ないであろう……?」
「口にしなければ、という事もあるのです」
「そんな理不尽な……」
メイドはしょぼくれる魔王を尻目に、床に転がった男たちを座らせると、魔法で氷の手錠と足枷を作り出し拘束していく。
部屋の外からは、他の客室の人であろう声が列車の音と混ざりながら聞こえてくる。
その時、部屋の中と外に取り付けられた朱い結晶が光りる。
「む、これは?」
「……非常事態を知らせるための輝晶石です、光る以外に音声を伝達する事もできますがまぁ恐らくは――」
『お客様にご連絡いたします、当列車は現在我々銀色の翼団が占拠させて頂いたァ! お客様方は都市で捕まっている俺達の仲間の為の人質になってもらう! 余計な事をすれば命の保証はネェ! 大人しくしておくんだなァ!』
「予想通りですね、まぁ実際こちらの車両の占拠は失敗しているのですが」
輝晶石から響いてきた声にメイドは嘆息する。
「まぁ、客室に乗り込んだらこんなメイドさんが居たとか想像できませんからね」
「テロリストの割に危機感が足りないのではないのでしょうか」
メイドの反論にカルは苦笑する。
「では隣の機関室、恐らく先程の放送をしたリーダー格の男がいると思われますが、そこは私が制圧しますので。
魔王様とカル様は残りの後部客室二車両の確認、及び必要であれば鎮圧をお願いします」
「一人で大丈夫か?」
魔王の言葉にメイドはふっと小さく笑う。
「……それはテロリストの心配をされておられるので?」
「それもそうか」
腕を組み、呆れたように鼻を鳴らすと魔王は揺れる車内を歩き出す。
「行くぞカル。私は狭い場所での戦闘は苦手だからな、貴様頼りだ」
「はいはい、と言うかそれ威張って言うことじゃありませんよ魔王様」
苦笑で返しながらカルが魔王に続く。
「――カル様」
その背後に、メイドが声をかける。
「はい? なんでしょう?」
「人死がない方向でお願いいたします」
「勿論、わかってますよ」
薄く笑ったカルの表情を見た後、メイドは踵を返すと先頭、機関室へと向かう。
●
メイドが機関室に入ると、そこには六人の人影があった。
一人は正面中央、魔力炉の操作パネルの前椅子に座っている。恐らくこの列車を直接操作している機関士だろう。
その左横、魔法銃を機関士の頭に突き付けている男、反対側には同じく運転士か、パネルを操作している女と、その足元に崩れて座るロープで縛り上げられた男。
そして部屋の両脇にそれらを監視するように立つ、やはり魔法銃を持った男が二人。
「何だお前?」
脇に立つ二人の内一人、左の男がメイドの姿を確認してつぶやくと、同時に中央の一人も視線をメイドに向ける。
両脇の男達が手に持った銃をメイドに向けようと上げる、その刹那。
金属的な硬質音を響かせ、手を上げようとしていた男達の手は完全に止まる。首元までを氷に拘束されていたからだ。
音と同時に、メイドを中心に機関室の床は完全に氷に覆われていた。
ほぅ、とメイドの口から白い息が吐き出される。
「敵対の可能性が高いものは先んじて無力化する、口を開くのはその後からで構いません。戦場の定石ですが、随分と練度が低いのですね」
小さく呆れを含ませたような言葉を放つと、同時に男達を包んでいる以外、床を包む氷が砕けて消える。
「な、何もんだテメェ……?」
「……ただの一介の冒険者ですが、下衆に名乗る名前は持ち合わせておりません」
「クソ……!」
三者三様に忌々しげな顔をする男達とは対称に、操縦を行っていた二人は緊張していた表情を緩める。
「た、助かったのか……?」
「そうですね、少なくともこの程度の相手でしたら三人だろうと問題ありません」
「そ、そうか……」
機関士であろう男が安堵の表情を浮かべる。
「調子に乗ってられるのも今のうちだ、すぐ他の車両の仲間たちが――」
「そうですね、そちらも今頃は対処されている頃かと」
リーダー格と思しき中央の男の言葉を遮りながら近づくと、器用に魔法銃を持った手の部分だけ氷を砕くと、それを取り上げる。
「テメェ、一人じゃなかったのか……!」
「逆に一人だと思われる方がおかしいのでは? まぁ私一人でもこの程度でしたら全て鎮圧する事も簡単だとは思いますが……」
「なんっだと、テメェ……!」
歯噛みしながら睨みつけてくる男の視線を、軽く流しながらメイドは手の中で銃を一回転させ持ち直すと、男の額に額に銃口をピッタリと合わせる。
「ご理解が遅いようで、口で言わなければお分かり頂けませんか? 死ぬか大人しくするかを」
男達を拘束する氷が軋む音を立てながらそれぞれの首に尖った刃を伸ばす。
「く、ッソ……覚えてろよテメェ……」
「……状況判断の出来なさと悪態だけは賞賛できますね。ですがまぁ、覚えておく程の価値はありませんので、お断り致します」
銃から手を離すと、それは落下するより早く氷漬けにされ、次の瞬間には粉々に砕け散った。
「さて、魔王様達のどうされているのか……」
誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
●
二人は今、車両と車両を繋ぐ為の接続部がある小さな空間に立っていた。
「で、任せられたがどうするのだ?」
魔王はカルの顔を見上げると言う。
先ほど自分でも言ったとおり、魔王の得意な魔法はどちらかと言えば大規模魔法が多い。
こういった狭い場所で、周りを巻き込まずピンポイントで狙うような事は苦手なのだ。
「魔王様不器用ですからね」
「やかましいわ」
足を踏もうとするがかわされる。
「さて、行きましょうか」
「お、おい、段取りはどうするのだ」
「面倒ですし私が全部無力化しますから、魔王様は後始末等をしていただければいいですよ」
カルはそう言うと、魔王の返事を聞くことなく扉を勢いよく開ける。
「どうもお邪魔しますよー、テロリストの方は何名様ですかね?」
カルの脳天気な軽い調子に、室内にいたテロリスト――椅子に座る乗客達に魔法銃を向けていた男二名――は虚をつかれたのか、一瞬驚いた顔をして固まる。
魔王も乗客も一緒に何事かと固まる
次の瞬間、
「二人、随分と少ない人員ですねぇ」
カルの笑顔が一瞬獰猛なものに変わったかと思うと、腕を振り抜き何かを投擲する。
「グぁ!?」
「ぎゃ!?」
投擲されたもの、ナイフが二本、それぞれ銃を持った男二人の手の甲に深々と刺さると、男達は銃を取りこぼし手を抑える。
……早い、投げた瞬間が見えなかった。
「乗客の皆様は伏せていて下さいね」
魔王が感心しているのも束の間、カルは床を蹴り跳ぶ。
そのまま宙返りをし、屋根に一瞬着地、屋根を蹴り、銃を拾おうとしていた一人の肩に体重と速度の乗った踵を叩き込む。
肩からそのままの勢いで、男は上半身を床に叩きつけられ、派手な音と共に気絶する。
「な、何だァ!?」
状況把握が追いつかない乗客ともう一人の男が悲鳴を上げる。
その男をカルは一瞥すると両手を床につき、腕の力で強引に体を男の方へスライドさせる。そのままスライドの勢いを乗せ、飛び跳ねるような勢いで男の顎を蹴り上げる。
蹴り上げられた男は、宙に一瞬浮いた後地面に力なく崩れ落ちる。
その首がマズい感じに伸びていたように見えたが、生きてはいるようなので大丈夫だろう。
微かに痙攣しながら床に伸びた二人の男と、何事も無かったかのようにナイフを回収するカルを見ながら魔王は感嘆する。
……メイドもそうだが、カルの身体能力もこうして見ると大概人外だな。
「隣の車両に気付かれますので、お静かにお願いしますね」
一瞬の鎮圧劇に湧きそうになった乗客に言葉をかける。
乗客たちも再び脅されるのは当然に嫌だろう、一様に頷く。
「魔王様、この二人の怪我の治療と拘束、頼めます?」
「あ、うむ」
頷くと気絶している男二人の手、ナイフが刺さっていた怪我を治癒魔法で回復させる。
それと同時に氷の枷で手足を拘束する。
「客室は後一車両、さっさと終わらせますか」
●
その後、残りの客室のテロリストを同じように鎮圧し、後ろの貨物室や魔力炉車を確認したが、そちらには人員は置かれていなかった。
「結局魔王様は拘束を手伝っただけだとお聞きしましたが」
全員を拘束し終え、合流したメイドが魔王に言う。
「う、ぬ……まぁ、得て不得手というものがあるだろう?」
「……」
腕を組み、顎に手をやって考える素振りを見せるメイドにどもりながら魔王は言う。
「……まぁ、いいでしょう。今回の事で魔王様も再度、自分がいかに状況によっては役立たずかという事がご理解頂けたと思いますし」
心なしか役立たずと言う言葉の発音が強かった気がするが、とりあえず見逃してもらえたので魔王はほっと一息つく。
「今後の課題が増えたという事で、よかったじゃないですか」
「そうですね、まだまだ魔王様には色々と学んで頂かないと困りますので」
カルの一言でメイドは魔王に微笑みかける。
……あぁ、別に見逃されてないかぁ……。
都市に着いてからの事を思い浮かべ、魔王はガックリとうなだれた。




