魔王の品格
四角いテーブルを囲むように置かれた三つの椅子に三人は座っている。
それぞれの目の前には簡単なパン一つと肉と野菜のスープが一つずつ、そして中央にサラダの入ったボールが一つ置かれている。
それをそれぞれが好きなように食べている。
城で食べていたメイドの料理には劣るし質素だが、それでも悪い味ではない。
そんな事を思いつつ魔王はパンを口に運びながらチラリとカルを見やる。
本来は別部屋なのだが、朝食や夕食の時はいつも魔王とメイドの部屋に来て一緒に食べている。
「……寂しがり屋なのか?」
「ブフッ!」
つい思っていた事が口に出ると、スープを飲んでいたカルが吹き出す。
器を持って飲んでいたので机に撒き散らすという惨事はまぬがれたようだ。
「ゴホッ、いきなりなんですか、ゴホ、びっくりするじゃないですか」
何度か咳き込みながらカルが魔王を見る。
「いや、すまぬ、つい思った事が口に出てしまった」
「はぁ」
「で、カルは寂しがり屋なのか?」
「別に違いますよ……」
メイドは二人の会話に加わる事なく黙々と食事をしている。
「まぁただ、皆で食事ってのは良いものですよ? 一人で食事なんて味気ないものですから」
吹き出した割には冷静な返答に、魔王はふーんと鼻を鳴らす。
「そうか、てっきり一人は寂しいからいつもこっちに来るのかと思っていたぞ」
「……まぁ、こちらですと退屈しないのは確かですね、いろんな意味で」
カルが含みを持たせた微笑みを見せる。
……ウザ。
「お二人共、きちんと食事をして下さい」
メイドがここに来て口を挟んでくる。
行儀等にうるさいメイドにここで言い返したところで得なことは無い、そう判断すると魔王は渋々、カルは飄々とした表情で食事を再開する。
「ところで魔王様、これを」
食事が終わったタイミングを見てからか、メイドが魔王に一枚の紙を差し出してくる。
「ん?」
ちらりと見やると、依頼内容、等と書かれた部分が見えてくる。
……ゲ……。
露骨に嫌な表情で魔王はその紙を手に取る。
「昨日の内に魔王様様にクエストを受けておきました」
淡々と告げられる言葉を聞きながら、食後に出された――これはメイド手製の――紅茶を口に運びながら紙を見る。
依頼内容、ゴブリン三十匹の討伐。
「対象がゴブリンなのはどうでもよいが、三十はちと多くないか? 逆に探すのが面倒だぞ」
思ったそのままを魔王は口にする。
「魔王様の索敵魔法があれば問題ないでしょう、数は本来パーティ用のクエストですので多めですが、魔王様でしたらゴブリン程度に遅れを取る事等……」
メイドはさも当然の様に言う。
「それに、魔王様は肉体強化の魔法をまだ完全にモノにしておりません、理屈は教えた通りですので、後は反復練習あるのみです、可愛そうですがゴブリンにはその練習台になって頂こうかと」
メイドの言葉に魔王は唸る。
道理も通っているし理にも適っている、ついでに魔王の冒険者ランク上げにもなると考えれば損は無い。
余談だがメイドは魔王の知らないうちに冒険者ランクが五にまで上がっていた。
本人曰く、魔王の世話や買い物の合間合間にこなしていたらそうなったそうだ。
……どこまでホントなのやら。
「あぁ、それなら」
横で一緒に紅茶を飲んでいたカルが言いながら何やら紙を出してくる。
……嫌な予感しかしない。
「私も魔王様にと、これ受けてたんですよ、丁度いいですから一緒にやられては?」
魔王は紙を受け取る。
内容、薬草二十房集め。
「小間使いか!」
言って紙をパシリと机に叩きつける。
「あぁ今のも肉体強化が出来ていれば紙が四散してもおかしくなかったのですが……」
「まだまだですねぇ……」
メイドとカルがやれやれと首を振る。
「それはコントロール出来てないから問題であろうが!?」
もう一枚の依頼票を机に叩きつけ、四散させながら魔王は吠えた。
●
朝の会話の後、魔王は一人で町の外に来ていた。
森の入口付近で薬草を集め、森の中でゴブリンを倒してクエスト終了、という心算でいたのだが。
……どうしてこうなった?
「君は僕の後ろに隠れているんだ、トリス、周囲の警戒を怠るなよ!」
そう言って仲間に激を飛ばす軽鎧を来た男。
魔王の目の前に立つ男は自称・勇者のケルエと言うらしい。
そして魔王を中心に円陣を組み、周囲を軽快する残りの二人。
ローブに身を包み、トリスと呼ばれた女性、魔王が見る限りでは恐らく魔術師だろう。それに僧侶らしきもう一人の女性。
どうにも、外でたまたま通りかかった三人組に話しかけられ、「こんな少女一人にそんな危険な事をさせるとは!」と、正義感に駆られ手伝ってもらう事になってしまったのだ。
魔王は断ったのだが、目をギラギラさせた自称勇者の勢いに負け、厚意を受ける形となってしまった。
……しかしマズい、このまま彼らにゴブリンを狩らせていては、見ているメイドに後から絶対何か言われてしまう……。
「三人は勇者とその一行らしいが、こんな僻地一体何の用があって来たのだ?」
「ん? そうだな」
ケルエが魔王の問に反応しながら飛び出してきたゴブリンを一体切り伏せる。
魔王の不遜な物言いには特に反応が無いようだ。
三人で既に二十体近いゴブリンを討伐している、さすがに自称勇者達と言ったところか。
「この付近に魔王の住む魔王城が有ると聞いて来たんだ」
「ブフッ!」
魔王が吹き出す。
「ま、魔王城に何用があって来たのだ?」
「決まってるじゃない」
トリスと呼ばれる女魔術師がケルエの代わりに答える。
「勇者が魔王城に来てやる事と言ったら魔王討伐しかないでしょう?」
自信満々のキメ顔で魔王にそう言う。
……私がその魔王なんだが……。
「お二人共、そう物騒な事を言わずに、出来れば話し合いで解決を……」
残る一人、神官の服に身を包んだ女性がおどおどと言葉を口にする。
「うむ、この平和な世の中で、あえて魔王を討伐する意味もないのではないか?」
魔王は努めて平静に言う。
「何を馬鹿な!」
ケルエが声を上げる。
「魔王といえば悪を司る王、全ての諸悪の根源! これを討伐せず平和だなんて言えるものか!」
固く拳を握りながら熱の篭った言葉を口にする。
……正義狂人って魔王より質悪い気がする。
ゲンナリとした表情で魔王はそんな事を考える。
「そうだ、貴女」
トリスが魔王に話しかけてくる。
「魔王城の事に関して何か知らない? この町の近くとは聞いたのだけど、細かいところがわからないの」
「うむ、その為に町で情報を聞こうと思っていたんだが、そんな時に君と出会ったのでね、よければ知っている事を教えて欲しい!」
魔王は眉間を押さえると一時考え込む。
「……魔王城と言うか、私がその魔王なのだが」
一拍の後そう告げる。
「……?」
三人が三人とも、頭の上に一瞬ハテナを浮かべた後、小さく笑う。
「ははは、おいおい嬢ちゃん面白い冗談だな」
「他の人にそんな事言ったらダメよ?」
「……魔王はもっと恐ろしい外見をしていると聞きますが」
……どんな外見だ、私はこんな外見なのだが。
戦闘態勢を解いた三人の中、ケルエが魔王の頭を撫でる。
魔王の額に青筋が立つ。
「俗な勇者が、気安いぞ!」
腕を組み叫ぶと、電気が走るような音と共にケルエの手が魔王の頭から弾かれる。
「メイド!」
「はい、こちらに」
声と共に魔王の斜め背後、トリスの隣にメイドが現れる。
「!?」
声以外全く気配も音も立てず現れたメイドに三人が驚愕し、距離を取ると同時に同時に構える。
「何者だ!?」
「失礼いたしました、私魔王様のお世話をさせて頂いております、メイドと申します」
ケルエの声にメイドが恭しく頭を下げる。
「メイド、どうせ話は聞いていたのだろう?」
「はい、魔王様が魔王とは信じられないとの事と」
メイドの目が薄く開かれ、青白い瞳が薄らと覗く。
「あまつさえ、魔王様を討伐せしめんとしているとか」
魔王の背筋がそばだつ。
実際メイドの言葉に合わせて周囲の気温が一気に下がる。
「ま、まぁ落ち着けメイド」
魔王より魔王のような威圧感を放つメイドを抑えると、魔王は青ざめている三人を見る。
「こ奴らも義心に駆られての事だろう」
「ではどうすると?」
メイドは目を閉じると魔王を見る。
それだけで周囲の気温が元に戻る。
「私が魔王の威厳と魔王の力と言うものを見せてやろうではないか!」
「それ絶対魔王様が憂さ晴らししたいだけでしょう?」
「では、魔王様、絶対に殺してはいけませんので、重々お気を付け下さい」
「わかっている」
今魔王とメイド、そして自称勇者等三人、合わせて五人は森から出て平原に立っていた。
「そっちのメイドはなんつーか、とんでもない感じはわかるが、お嬢ちゃんは本当に……?」
三人はいまだ魔王に対しては懐疑的な目を向けている。
ちなみに魔王が三人に魔王らしさを見せるために提示した事は二つ。
三人の誰かが一回でも魔王に触れたら勝ち。
逆に三人が行動不能になれば魔王の勝ち、魔王の魔王証明完了、謝罪としてゴブリンの角三十個を渡すというものだ。
何故角かといえば、角でゴブリン討伐依頼完了の証明になるからだ。
よくよく考えてみると三人にメリットがどこにも無いように見えるが、実際無い。
メイドの威圧する雰囲気の中で半ば強引に魔王が一方的に取り決めたのだ。
「来ないのか? 心優しいがそれでは魔王は倒せんぞ?」
魔王はニヤリと笑うと左手を神官服の女へと向ける。
「え?」
「アース・ケージ」
魔王の呟きと同時に、神官服の前と後ろの土が剥がれ、頭から勢いよく挟む。
「ぅあぁああ!?」
挟まれて潰れたのかと思いきや、挟んだ土は綺麗に女を避け周囲だけを囲む檻の様になっている。
「ちょ、メトラ!?」
「え、えぇ!?」
メトラと呼ばれた神官服の女は土の檻を掴むがびくともしない。
「く、ディスペル!」
トリスが檻に解呪の呪文をかけるが何の反応も無い。
魔王と彼女では呪文の格が違いすぎるのだ。
「おいおいマジかよ!?」
困惑の声を上げながらケルエが魔王に向かって地を蹴る。
中々早いがメイドやカルに比べると天と地の差がある。
「ソーン」
魔王の言葉と同時に地面から大量の茨が蛇のようにケルエに絡みつく。
鎧を着ているからあの程度の茨ではカスリ傷くらいにしかならないはず、とその横を炎の玉が魔王に向かって飛んでくる。
が、火炎弾は魔王に届くことなく障壁に阻まれ砕け散る。
「そんな!?」
茨に捕まったケルエの後ろでトリスが声を上げる。
「わかったであろう? これが魔王と貴様達との差だ」
トリスの周囲を冷気が覆い、一瞬で地面から生えた氷の枝葉に巻き付かれトリスも動けなくなる。
「呪文の詠唱も無しになんて、なんて事……」
「ふふふふ……」
魔王はトリスの反応にほくそ笑む。
……そう、これだ。
「ハーッハッハハハハ!」
上機嫌で魔王は高笑いをする。まるで魔王のように。
……最近はカルやメイドの相手でおかしな事になっていたが、これが本来の私なのだ!
「変な高笑いしていないで彼女たちを早く自由にして下さい」
メイドから後頭部を叩かれた。
●
「へぇ、で、その人たちどうなったんです?」
「世の平和と私の平和主義を説いて、お帰り頂いた」
町の喫茶店でカルと合流した二人は外でのあらましをカルに説明していた。
「魔王様って強かったんですねぇ」
「……分かって言ってるだろう貴様……」
ゴブリン退治と薬草集めで得た報酬で注文した焼き菓子を口に運ぶ。
甘味の中にほのかな苦味のある味に魔王は満足そうに紅茶をすする。
「働いた後の茶は格別だな」
「でもそれ、ゴブリン退治ってほとんど魔王様してないし追い剥ぎですよね?」
「ぐ……や、薬草集めはしたぞ」
「小間使いですか」
「やかましいわ!」
「魔王様がやかましいです」
「ぐぅ……」
たおやかな仕草でメイドは紅茶を飲んでいた。




