ハローモーニングコール
太陽の光が窓から差し込み、窓辺のベッドで横たわる魔王の顔を照らす。
「魔王様、朝です、起きて下さい」
「う、む……うぅん」
うるさすぎず、小さくもない、絶妙な大きさ加減で起床を促してくるメイドの声に、魔王は瞼を擦りながら上半身を起こす。
「おはようございます、魔王様」
「……おはよう」
「朝食が届いておりますので、スープが冷めない内に顔を洗ってきてくださいね、後、寝癖がひどいですよ」
「うぅむ……わかった」
モゾモゾと、眠らない程度、しかし出来るだけゆっくりベッドの温もりを貪りながら魔王はベッドから這い出る。
ネグリジェのまま立ち上がり、背伸びをしながら大きく欠伸をする。
仕切りの向こう、食事用のテーブルが置かれた方ではメイドが細々と動いているのが覗ける。
高級な宿ではないので一々部屋部屋に分かれているわけではないが、それでも一般的かそれよりも上のランクの宿らしい、立て板のようなもので仕切りが作られている。
メイドの影をぼんやりと眺めた後、魔王はとりあえず顔を洗うためにトイレの横に備え付けられた洗面台へと向かう。
うがいをし、顔を洗う。
冷たい水に当てられ意識が急速に覚醒していくのを感じる。
……あ、タオル持ってきてない。
「どうぞ、魔王様」
目を瞑ったまま、どうしようかとフラフラさせた手に、その思考を読んでいたかのようなタイミングでタオルが渡される。
「おぉ、すまぬ」
思わぬ助け舟に感謝しつつ渡されたタオルで顔を拭く。
タオルの中から顔を上げ一息、鏡で自分の顔を見る。
……む、確かに寝癖が……。
後ろ髪や所々がピンピンと跳ねている。
それを手でいじりながら、ふと感じる違和感。
……あれ、さっきの声メイドの声じゃなかったような?
そしてその違和感の主を鏡の中に見つける。
鏡の端に映る、ニコニコとした表情を浮かべるカルの姿。
魔王は振り向き、カルを確認し、一瞬で顔から血の気が引き、そして次の瞬間には逆に血が昇る。
「ななな何故貴様がここにいる!?」
叫びながらベッドへ走ると全身を隠すように頭から上布団を被る。
「素早いですねー、普段の身のこなしもそれくらい素早くできるのでは?」
「やかましいわ! だから何故お前がここにいるのだ!」
柔かな表情のままからかってくるカルを流して、ベッドの中から怒鳴る。
そう、本来カルと魔王は別室なのだ。
正確に言うとカルが向かいにある小さめの個室、そしてメイドと魔王が中部屋にと別れている。
最初は贅沢なので三人同じ部屋で、という話をしていたのだが、どうしても魔王が嫌がった為この部屋分けになった。
「いえ、メイドさんに魔王様の朝の日常が見たいので、と言ったら快く入れて下さいましたよ」
あっさりとカルが犯人をゲロる。
「メイドォォォオオ!」
血管が切れんばかりの怒号を魔王は上げた。
「なんですか魔王様朝から、他の部屋のお客様に迷惑ですのでお静かにお願いします」
「誰のせいで叫んでいると思っているのだ!?」
仕切りの向こうから顔をだし、飄々とした口調で魔王をたしなめてくるメイドに、更に魔王の語気が荒くなる。
「……? まだベッドの中だったのですか? 早くお着替えになられて下さい」
眉根を寄せると苦言を呈してくる。
「カルが居るから着替えれる訳ないんですがぁ!?」
「いえ、私の事はお気にせず」
「そんな事出来るわけないだろうがぁああ! 良いから出て行けえぇ!」
「見られても大した事ない体系だと思われますが?」
「さっきのネグリジェ姿見る限りでは――」
カルが言葉を言い終わる前にその顔に拳がめり込む。
「出て行けと言っているだろうがぁあ!」
怒号と共に、いつの間にかベッドから抜け出した魔王の右ストレートが、カルの顔を正確に捉えていたのだ。
そのままカル錐揉み回転をさせながら、仕切りの隙間を抜け、部屋の扉をぶち破って外に吹き飛ばす。
「……今の肉体強化は完璧だったかと思われます」
魔王を見、吹き飛んだカルの方向を見、再度魔王を見たメイドは、しかし表情を変えず淡々とそんな事を言う。
「知るか馬鹿者が!」
顔を真っ赤に染めながら、朝から何度目かわからない怒号を魔王は上げた。




