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最終話 自らが信じる正しさ

「見つからない? 何を言っているカル」

「何を言っている? 本当にわかりませんかね」

 石碑に腰掛けたカルは首をかしげながら逆に魔王に問いかける。

「聖王国の彼らが、あんな力で何故大層な野望を持てたのか。あのアルエラとかいう小娘が賢者と言う位置に着き、あれほどの魔力を得れたのか」

 語りながらカルは座っている石碑を手で軽く叩く。

 膨大な魔力の雫、それを大量に湛えた溝。

 姉妹の石像自体にはもう魂を感じない、ただその胸の剣から滴る雫には未だ膨大な魔力が宿っている。

「まさか、これがそうだと言うのか?」

「止めろぉお! 僕の神に触るなあああ!」

 カルが答えるより先に、背後からの叫び声に魔王は振り返る。

 そこには両腕の肘から先を失い、這いつくばる様な姿勢で氷に捕縛され、メイドに連れられたアルエラが、必死の形相で叫んでいた。

 ……神? これが?

 確かにそう、確かに此処に封じられていたのは神の欠片を魂に持つ者だった。

 だがこれは既に魂の枯れたものだし、神そのものでもない。

「どこで、私の心臓……魔力で復活が出来る等と聞いたのだ?」

 魔王はアルエラを見つめながら問いかける。

「そこの碑文を、ウチの魔術師団が解読したらそう書かれていたと……」

「馬鹿な、そんなものを信じたというのか?」

 石碑、そこに生える石像の下には、確かに今は使われていない古い言語で何かが書かれている。

「ここにいる者は神などではない、私と……私と同じ神の欠片を封じられたただの生贄に過ぎない。生き返らせる事などできないし、生き返ったところで……」

「何が馬鹿な事だ! その解読通り、その血を飲んだ私は膨大な魔力を得る事が出来た! それに、もしそうだとして、何故お前にそんな事が分かる! お前がなんだって言うんだ!」

「だから言っただろう、神の魂の欠片、それを封じられた者だと。いわば生贄のようなものだ」

「嘘だっ、そんなの、嘘だ、だったらなんで……」

 アルエラが懇願するように項垂れる。

「ほら、言ったでしょう魔王様」

 石碑から飛び降りたカルが、魔王の隣に立つ。

「お前はこれを、知っていたのか」

「知りませんよ、まぁ魔王様の過去話を聞いた時点で、なんとなぁく察してはいましたがね」

「……ならば一言あってもよいのではないか」

「いやー、だって憶測ですから」

 そう言って方をすくめる。

 ……どこまで行っても、この男は。

 魔王はアルエラから視線を外すと、石碑、その石像に左手を向ける。

「――っ、何を!?」

 悲鳴の様な声を上げるアルエラ。

「言っても信じないでしょう、証拠を見せるよ」

 そう言って魔王は左手の平に魔力の渦を発生させる。

 その手に吸い込まれるように、溝に溜まっていた血液と、未だ滴り続けていた傷口から、血液が流れ出す。

 赤い螺旋はグルグルと徐々に手の平に収束していき、一つの赤い手のひらサイズの球体になる。

 光沢のある赤い球体が出来上がった瞬間、石碑に生えていた石像に無数のヒビが入り、そこからサラサラと砂になり崩れていく。

 ……ゆっくり休みなさい。

 それを見ながら魔王は心の中でつぶやく。

「あぁ! 僕の、神の力が……、それを、それを僕に渡せ! それは僕のものだ!」

「アホか、誰がお前のような危険人物に渡すか、それにどうせ渡したら飲むとか食うとかどうにかして、自分の力にしようとかするんだろう」

「ぐ……」

 言葉に詰まるアルエラ、まぁ現状の彼女が何を叫ぼうが、魔王に手出しする術は無いのだから無視してしまえばいいのだが。

 視線をアルエラの更に向こうにやると、聖王はトウカの前に膝を付き、他の騎士や魔術師、戦闘要員となりえそうな人間は全てリズの手によって捕縛されていた。

 既に形勢は決しており、自由にされているものは文官に当たるような人物だけだ。

「……ここまで来ることもお前の想定内か、カル」

 手の中で紅玉を弄びながら、魔王は隣のカルに問いかける。

「まぁ、そうですね、色々と手順やら何やら変わった部分はありましたが大筋は。彼女らがなんの奥の手も無かったのは意外でしたが」

 どこかつまらなそうに鼻を鳴らすとカルはアルエラを見る。

「……下らない」

 弄んでいた紅玉を一度回し、そのまま手のひらで握り潰す。

 パンッと、硬質なモノを握りつぶしたとは思えない音を響かせて、紅玉は潰れ、手を開くとそこにはなんの跡も残っていなかった。

「あぁ、あ。僕の……僕の――」

「だからお前のものではないと言っているだろうが」

 力なく項垂れた顔を上げ、アルエラが魔王を睨む。

「お前の力だって、与えられたモノのくせに!」

「そうだな、それは否定しない。だがそれがどうした」

 魔王はメイドに手招きすると、近づいたメイドと連れられたアルエラ、そしてカルを一緒に転移する。

 トウカすぐ横、聖王の目の前に。

「おわ、びっくりした」

「鎮圧と足止め、ご苦労さま」

 トウカにねぎらいの言葉をかけると同時に、メイドが聖王の横にアルエラを無造作に転がす。

「いった……このっ……」

「さて、聖王よ」

 憎々しげな視線を送るアルエラを無視して魔王は聖王に話しかける。

「貴様の娘が崇めていた神とやらは悪いが消させてもらった、これで貴様達がその力を得る事はもうできないだろう」

「そうか……」

 魔王の言葉に聖王はただ静かに頷く。

「……何か言う事は無いのか?」

「アルエラが負け、その神も失ったというのであれば我々に手立ては無い。どのような要件でも支配でも、受け入れるしかあるまい」

「支配? 何か勘違いしていないか?」

 聖王の言葉に心外そうな顔をして魔王は首をかしげる。

 それと同時に、リズの近くにまとめて転がっている騎士、無事な文官、諸々をまとめて転移させる。

 場所は最初に通された謁見の間。

 聖王は玉座に座り、その横にアルエラ。そして僅かに降りた側面には文官が並び、それはさながら最初に案内されたシーンに巻き戻ったような錯覚を起こさせる。

 しかし明らかに違っているのは、それぞれの表情に驚愕と困惑、或いは疲労の色が明らかに見えていることと、聖王含め全ての人間の衣服が、程度はそれぞれだが汚れている事。そして聖王の隣のアルエラが氷の鎖に縛られた姿とういう事だ。

 そして違和感は聖王に相対する、赤いカーペットの先にいる者達によって助長される。

 赤いカーペットの先、立つ魔王達には一切の汚れも見られない。そしてその背後には、気絶した騎士達の小山が出来ている。

 先ほどまでとは違い、この場の優位性を持っているのは完全に魔王達だった。

「さて、聖王よ、先も言ったように、私は何かが欲しいわけでも支配したいわけでもない」

 ……いや待てよ、要求する時点で欲しがってるとも言えるのか?

 そんな横にそれる思考を戻しながら、魔王は続ける。

「私が欲しているのはただ一つ、今まであった平和を、貴様達も同様に維持し続ける事だ」

「………………それだけ、か?」

「それだけよ、それ以外に望むものは無いわ」

「今までの平和を維持するだけでよいと?」

「そうだけどそうじゃないわ、維持しなければならないのよ」

「ぬ……」

 魔王の言葉に含まれる意味に聖王は顔をしかめる。

「そうだな、維持できなければ、もし他の都市との戦争行為や、そういったものをお越した場合、我々魔王側は聖王国側の不義とみなし、武力によってそれを鎮圧する事も辞さない。なんてのはどうだ?」

「……………」

 一方的な脅しだ、だが聖王国はコレを受けれるしか無いはず。

 結局のところこれも力による圧力だが、仕方のない事だと魔王は割り切る。

 綺麗事だけでは世界を平和になど出来ない、その平和も完全に綺麗なモノなどではないだろう。

 だが、汚れ役が必要というのであれば幾らでも汚れよう、それが魔王の出した答え。かつて己の父が造り上げた平和を守るための回答だった。

「……仕方、あるまい」

「なら、同意を得られたという事で、条約証も作ろうか。それが有れば、私達は対等の隣人として、付き合っていく事が出来るのだからな」

 頭を抱えた後、聖王は手近にいた文官に書類の用意の指示をだす。

「しかし、魔王殿はあくまで、平和を築くことに力を尽くされるのだな、強大な力を持って尚」

「当たり前だろう」

 聖王の言葉に魔王は一瞬の迷いもなく答える。

「それこそが前魔王から継がれた事であり、平和を愛する私の願いなのだからな」

 平和を、というところを強調した魔王に聖王は苦笑し、また魔王も、それを見て笑うのだった。

 その時、背後でリズが声を上げる。

「あれ、カルさんは?」

 振り向いたそこに、カルの姿はどこにも無かった。


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